第80話 女の子同士じゃないですか
箕崎真衛達より夕食を終えるのが遅くなった私達は、夏祭りに参加するのも後を追う形となっていた。顔を向ければ視界には入るのでいつ気付かれるかちょっぴり気になりながらもルリトと過ごす。
「どれにしましょうか?」
たい焼きの屋台で中身の味を選ぶルリトは私と色合いの違う浴衣姿。夕食自体もあまりお腹に入れてこなかったので、私達には箕崎真衛達と違って食べ歩く余裕があった。
「そうね……カスタードクリームにしようかしら」
「それならわたしも同じのを。すみません、クリーム二つお願いできますか?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね、お嬢様」
メイド服を着た屋台の店員というのにまだまだ違和感を拭い去れない私だけれど、自然に対応しているルリトにとっては当たり前のことなのだろう。やがて袋に包まれたたい焼きをルリトが受け取り、ひとつを私の方へと差し出してくる。
「どうぞ食べてください、リシアちゃんっ」
ちなみにこのたい焼きはルリトに買ってもらったもので、最初は断ろうとしたのを押し切られた経緯を持っていた。素直に受け取ろうとした時、ふと視界の隅に箕崎真衛達が映る。なんとたこ焼きを食べさせ合っていたのだ。その状況、たこ焼きを差し出すしぐさ。普通に考えれば違う可能性の方が断然高いのに、もしかしてという考えが頭をよぎってしまった。心なしかたい焼きが私の口元に近いような気がする。
時折目線を後ろの方に向けながら戸惑う私を不思議に思ったみたいで、振り向き同じ光景を見たルリトは私が何を思っていたのか察したようだ。
「あ、えっと、そ、そういうつもりではなかったんですけど……」
「そ、そうよね……ごめんなさい、頂くわ」
やはりルリトは可能性の高い方の意思を示し、私も低い方の選択肢を排除しようとする。
「えと、でも、わたしは構いませんよ? このままでも……」
「えっ……?」
少し目を丸くする私が、ルリトには映ったかもしれなかった。
「真衛さん達とは違って、わたし達は女の子同士じゃないですか。恥ずかしがる必要は真衛さん達より少ないはずです。あとはリシアちゃんの抵抗感次第ですね……」
苦笑いの表情で微笑むルリト。もちろん今まで接してくれた、身体は小さくとも私を包み込んでくれかけているルリトには抵抗感など抱かない。恥ずかしさという面でも、さっきの言葉がいくらか緩和してくれた。ルリトの差し出す手の先にある元々私の口元に近いたい焼き。私はそのまま何も言わずさらに近づき口を開く。噛み切る時に少し軽快な音がして、とろりと口の中に広がるカスタードの味。何も持っていない自分の手の状態と食べかけになったたい焼きの断面が、ルリトにたい焼きを食べさせてもらったという実感を深めてきた。
「お味はどうですか?」
「おいしい……わ」
それを聞いてルリトはにっこり笑う。私も改めて嬉しさに包まれるけれど、この後はどうしよう。お礼を言って、食べかけのたい焼きを受け取るべきだろうか。それとも二回目に突入して――
「ふふっ、何よりです。この後打ち上げ花火を予定していますから、リシアちゃんも楽しんでくださいね。時間もそろそろのはずですよ」
ルリトの言葉で私の悩みは打ち切られた。頷き自然に食べかけのたい焼きを受け取った時、突然今まで耳に入って来なかった音が響き渡る。私とルリトを含めお祭りを過ごしていた大部分の人達がその音に反応して空を見上げた。打ち上げられ続ける大きな花火。見つめることを一旦やめてちらりと隣に目を向けると、同じく花火を見ているルリトが特に輝く瞳を私に印象付けながら七色に照らされている。
「きれいだね~、花火もあるなんてさすがだよ~」
話しかけられた声に振り向くと、箕崎真衛達が私達に気付いたらしく、側へと歩いてきていた。
「打ち上げるのにある程度距離が必要なので、都会ではきっと難しいはずですよね。楽しんで頂けているようで何よりです」
「うんうん、最高に楽しんでるっ。ありがとうルリトちゃんっ」
抱き着く真実と慌てるルリトをちょっぴり微笑ましく見つめる私。
「楽しめてるのかな、リシアちゃん」
そんな私にも話しかけてくる人がいた。ルリトと逆方向の隣に歩いてきた箕崎真衛だ。
「気安く話しかけないで。連れてきてもらったことには感謝してるって言ったけど、だからと言って私があなた達の家に行った時のこと、なかったことになったわけじゃないんだから」
棘のある言葉に苦笑いしか返せない様子の箕崎真衛。勿論私の気持ちを受け止めてもらったり許してもらった恩を忘れているわけじゃないけれど、あんなに慌てふためいて罵詈雑言を浴びせる出来事があったのだ。今更素直な物言いなど出来るはずがないではないか。
「ご、ごめん。でも……良かった、今のリシアちゃんは本当に楽しめてるみたいで。学校にいるときも今日ルリトちゃんの家に初めて来たときも、何だかずっと考えているっていうか、思いつめてるような顔をしてたから……」
「っ……」
箕崎真衛は苦笑いのまま呟いた。確かにその時考えていたことを私はルリトに吐露し、ルリトは解決とまではいかずとも、辛さを和らげてくれた。落ち込む表情はしなくなったと自分でも自覚できる。だけど、私の懸念がすべて消え去ったわけじゃない。
「きれいですね、リシアちゃんっ」
感想を私に述べてくれるルリトへ頷く。ルリトに私がしたことを言い出せないのもそうだけど、もう一つ。まあこの懸念も、もとはといえばすべて私が原因なのだ。我儘かもしれないけれど、まだこの綺麗な花火を純粋に楽しみたい。気持ちを受け止めてくれた箕崎真衛。気持ちを楽にしてくれたルリト。この二人に挟まれながら、心地よく花火を眺めることが出来るのだから。もう少し、もう少しだけ、この秘めた思いを解き放たず、幸せな時間を感じさせてほしい――。
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