第79話 その言葉を口には出さないけれど
「さすがに夕ごはん結構食べちゃったから、遊べるお店がいいかな~」
「それなら確かもう少し先に――」
「わ~金魚すくいっ。夏祭りに来たら定番だねっ」
夏祭りの一本道を時々両側のお店を視界に入れつつ一緒に歩く私達。真実は金魚すくいのお店を見つけると我先にと走っていった。私は一人いったん離れ、近くのたこ焼き店のたこ焼きを買うとそのまま一つ食べ始める。
「このみちゃんっ」
肩を叩かれ振り返ると何故かついてきたらしい円香さんが目の前に。
「やっぱり夕食食べ足りなかったの?」
「そ、そういうわけじゃありませんけど……」
「なるほどね~、正直私も箕崎君に浴衣を褒めてもらえなかったやけ食いがちょっぴり入ってるって思ってたわ。私だって何回も話題をふってあげないわよ? せめて真実ちゃんのように尋ねないと」
「っ、私の心情を勝手に解釈しないでくださいっ。プールの時だって別に、頼んでいませんっ」
言いながら真衛君達の元へと戻っていく。遠目から真実が金魚すくいに挑戦している姿がより鮮明にわかってきた。跳ねる水しぶきをまともに受けていた真実が、純粋にこの状況を楽しんでいるがよくわかる。もちろん私だってこの雰囲気がなんだかんだ心地良い。
「きゃっ、もうっ、つめたいっ」
「真実ちゃんがはしゃぐ姿、箕崎君にはかわいく見えてるんでしょうね~。ゆずはちゃんと並んで微笑んでいる今もすごくお似合いだし」
「何が言いたいんですか何が……」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんも一緒にやってみようよっ」
真実に促され真衛君は姉さんのところから水槽へと近づく。微笑ましい光景でもあるので二人の奮闘する姿をしばらく見ていた。
「そろそろこのみちゃんも今食べているたこ焼きすすめてみれば? 夕食後でも一個くらいなら食べてくれると思うよ? 私が真衛君呼んできてあげるからっ」
「えっ、あっ、ちょっ……」
私が止める間もなく円香さんは真衛君へ声をかけに行ってしまう。私には聞こえないやり取りの後来てくれた真衛君にとりあえず安堵して、別のつまようじをたこ焼きに突き刺した。
「食べる? 真衛君」
「あ、う、うん」
「じゃあ、はい……」
しかし真衛君はなかなか受け取らない。確認を取ったから夕食後故に遠慮しているという訳でもなさそうで、何だか頬が赤いように見える。
「えっと、このみちゃんがたこ焼きをこのまま食べさせたいからって聞いてきたんだけど、ほんとなのかな……?」
「!?!??」
なんてことをのたまってくれるのだ。私はすさまじい勢いで円香さんの方を向いたけど、円香さんは涼しい顔。ジト目を向けるその反応で真衛君もどうやら察してくれたらしく――
「ご、ごめんね。やっぱりこのみちゃんが僕にそんなことするはずなかったよね……」
「!」
謝りつつ私の手からたこ焼きを受け取ろうとする真衛君。真衛君に悪気はないのだろうけど、今のはちょっぴりカチンときた。
「――のまま」
「えっ……」
「嫌じゃなかったら、その、このまま食べても別に……」
「っ、で、でも……」
「このみちゃん、あ~ん、あ~んって言わないとっ」
「ぜぇったい言いません!!」
円香さんに強く念を押してから真衛君に再び向き直る。私に不安げな視線を向けられた真衛君は戸惑いつつも私の持っているたこ焼きに顔を近づけてきた。真衛君の小さく開かれた口。かみついた時の力が伝わり、私の手が少し震える。
「のっ、残りは自分で食べてねっ!」
即座に真衛君へ食べかけのたこ焼きを手渡し背を向ける。咀嚼する真衛君の顔を見続けていられるほどメンタルが強くない。今のたこ焼きよりも熱くなっているんじゃないかと思うくらい顔が火照っているのが自覚できるから。
「いいな~お姉ちゃん。ぼくもお兄ちゃんにそうやって食べさせてもらったりしたい……」
いつの間にか金魚すくいを終えた真実が姉さんと共にこちらへとやってきていたらしい。真実の要求を聞いた真衛君は私に確認を取ると新しいつまようじでたこ焼きを突き刺し、真実に持っていく。
「あ~んっ」
大きめに口を開けた真実にたこ焼きを食べさせてあげる真衛君。真実にもう片方に持っていた食べかけのたこ焼きを渡してもらえるよう催促され、スムーズに食べさせ合いを成し遂げていた。
「ほらゆずはちゃんもっ」
円香さんは私の買ったたこ焼きを当然のごとく無許可で姉さんに手渡す。姉さんは私の方を確認の意味を込めて見たのだろうけど、私が軽く頷くと真衛君の前に渡されたたこ焼きを差し出した。
「真衛さん、その……よろしければ、どうぞ……」
「あ、えっと、い、いただきます……」
「ん~、髪をアップにした巨乳の浴衣美少女にたこ焼きを食べさせてもらえるなんて、箕崎君も羨ましいわね」
わざとらしく言い表す円香さん。今度は私の後ろに回り、
「大丈夫、最初にしてあげたっていう事実は箕崎君の印象としてしっかり残ってるわ」
円香さんが面白がるためさんざん振り回された気がする。これからどんなことがあってもさっき促された言葉を円香さんの前では絶対に言わない、絶対に――。
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