お泊りin藍方院家、夏祭り&温泉編

第78話 お披露目はやっぱり浴衣が映える場所で

 夕食を済ませた僕達は夏祭りに行く準備のため浴衣に着替えていた。一人でいる洋室で夏祭りのことも事前に伝えられていた故に持参した浴衣を何とか着こなし部屋を出ると、偶然にも円香さんと鉢合わせ。

「っ、箕崎君ベストタイミング。今部屋に行こうとしてたところなの」

「……今回は僕が先に行く理由ないですよね?」

「もう、警戒しないで。プールの時みたいな理由はないけど、今回も箕崎君には先に行っててもらいたいかな」

 既視感を感じた僕の発言に対応して話す円香さんはまだ普段着のままである。

「どうしてですか?」

「もちろんこんなところでお披露目するより浴衣姿が映えるから。私達は今まで秘密にしてきた効果を最大限に生かしたいし、箕崎君も味わいたいでしょ? どのみち私達の方が時間かかっちゃうんだもん、先に雰囲気をある程度楽しんでくるのも悪くないと思うよ?」

 言い方はともかくとして、円香さんの意見自体には僕も賛成だった。ある程度お店の種類や場所を把握しておけば、ゆずはさん達の好みにも応えやすくなるだろう。ゆったり歩く場合は僕が合わせれば良い。

「わかりました、それじゃあお店を巡りながら待っていますね」

「あっ、ちょっと待って箕崎君」

 後ろ姿を見せた途端、円香さんに呼び止められる。立ち止まって振り向くと、浴衣を整えられた。

「浴衣、全然着こなせてないよ」

「っ……ありがとうございます、円香さん」

「ふふっ、箕崎君のそういうところ、まだまだかわいいっ」

「っ、か、からかわないでください……もういきますね」

 円香さんに背中を再び見送られる。今度はもう少し、着こなせるようになっておおきたい。


            〇 〇 〇


 ぼんやりと光るオレンジ色の光へ歩を進め歩いてきた。遠くからだとぼやけていた光は僕が近づくたび鮮明になってくる。藍方院家敷地内で催される夏祭り、僕が立つ入り口から左右に立ち並んだお店の数々が、外には出さないまでも僕の期待を否応なしに膨らませてくれた。お店を切り盛りするのが洋風の服装であるメイドさんというのにちょっとばかり違和感が残るけれど、藍方院家独自の特色ととらえておけば新鮮に思える光景だと思う。たくさんのお店を練り歩く方のメイドさん達は浴衣姿の人もいればメイド服のままお店の周りに集まっている人もいた。

 道のりは一直線なので何となく大体のお店を把握して来た道を引き返すと、ちょうど入り口辺りでゆずはさん達を認識する。

「おにいちゃ~ん!」

 表情を明るくして飛び込んできた真実を受け止め後から歩いてくるゆずはさん達を視界に収めた僕。星が瞬く夜空の下夏祭りの淡い光に照らされた浴衣はみんなとてもよく似合っているけれど、特に印象的なのはゆずはさん。さらさらとした普段の長い髪を横の部分だけ残し、アップにまとめている。髪型でこんなにも違うイメージに変化する事実を実感しつつ、立ちつくしたことを認めざるを得なかった。

「箕崎君やっぱり見惚れちゃった? 変化した髪型って強いわよね」

「また姉さんを変な目で見てる……」

 ゆずはさんが恥じらいこのみちゃんにはジト目を向けられる。

「ねえねえぼくは~?」

「う、うん。ゆずはさんとは違ったかわいさだと思うかな……」

 このみちゃんの視線から少しでも逃れるためという意図もあったけれど、とっさに出てきた言い方としては変化をつけられたのではないだろうか。もちろん真実の動きやすさを重視したミニ浴衣がかわいらしいというのはまぎれもない本心なのだけれど。真実はそれを聞いて満足そうに微笑む。

「それじゃあどこいこっか? お兄ちゃん」

「お店は大体巡ったから、行きたい場所の要望には対応できると思うけど……」

 手を引く真実に先導される形で僕達は人混みへと紛れていった。

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