第77話 食事する僕達、景色を眺める私達
僕と真実が椅子に座り、それに続くように次々と席が埋まっていく。
「食べ始めていても構いませんでしたのに」
そう言葉を漏らしつつ最後に座ったゆずはさんを確認すると、揃っていただきますの声を合わせ僕達は思いおもいに箸やスプーン、フォークを動かし始めた。
「やっぱりお皿に乗ってる料理で個性が出るわね~」
「うんうん、お姉ちゃんなんてアイスばっかりだし」
大量にあるメロンの一切れを最初に食べながら他の料理に手を付け始める真実。真実の選び方もあんまり普通じゃないとはちょっぴり思う。
「でもアイス以外の料理、さすがに少なすぎると思うけど……。それで十分なんだこのみちゃん」
「っ、そ、それは、その……」
「体重気にしてもアイスばっかり食べてたら意味ないと思うわ。それか食べ放題でたくさん食べるイメージを箕崎君に持たれたくないんでしょ? 好きなアイスだけは我慢できなかったみたいだけど、アイスならまあ人並外れた量食べなきゃあんまり大食いのイメージには結びつかないし」
「っ! ち、違います! ……ほ、ほらっ、夏祭りの食べ物あんまり食べられなくなるから……」
「なら協力してあげるわこのみちゃん」
「っ! それ私のっ……」
「じゃあぼくにも頂戴? この料理見つけられなかったんだ」
「真実までっ。か、返してっ」
さっきよりは騒がしくなったテーブル。苦笑いしていると、同じくたった今僕の方を向いた正面のゆずはさんと目が合う。ゆずはさんは少し和風ということを除けばいたって普通のレパートリーだ。
「静かには食べられそうにないですね、ゆずはさん」
「嫌いではないですよ。この雰囲気を見ながら真衛さんと会話するのも、結構気に入っていますから」
微笑み合う僕達の横から隣に座る真実が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、ゆずはお姉ちゃん本当はぼくより食べるんだよ」
「えっ……?」
「食べ方は速くないけど、お腹いっぱいのぼくを差し置いてぼく以上の量を涼しい顔で食べ終わるんだから」
「そ、それじゃあどうしてたくさん食べないんですか?」
このみちゃんと同じような理由だろうか。ゆずはさんは戸惑った後、小さく口を開く。
「えっと……必要が、ないですから……」
うん、すごく真っ当な答えを返された気がした。たくさん食べられる人はたくさん食べるという一種の固定概念に縛られていたのか、今考えると自分で言ったさっきの質問にどことなく覚える違和感。
「ふふっ、正論で返されちゃったわね箕崎君っ。あ~むっ」
お皿から奪った料理を円香さんに食べられたところでこのみちゃんは力なく料理を諦めたらしかった。同じ料理、さっきより多く持ってきてあげようと思う。
〇 〇 〇
「良い景色ね……。私のお屋敷にはこんな場所、存在しないわ」
床に接しているほど大きな窓が開かれ、私とルリト、二人だけのバルコニーには満天の星空が広がっていた。このお屋敷の表側はここからほとんどが見渡せる。
「はい、星を眺めるときにはここへ来ます。リシアちゃんのお家もお屋敷なんですか?」
「ええ……規模はここの足元にも及ばないし、住んでるのも私とメイド一人だけだけれど」
「二人……ですか? ご両親は――」
「ねえルリトっ、あの場所が夏祭りの会場なの?」
屋敷内の光が窓を通って照らされた噴水のほか、斜め向こうの方に色味の違う別の光があった。少し話題の変え方が露骨だっただろうか。
「っ、はい。こういった洋風な場所で過ごすのも良いですけれど、あのような和風のお祭りも趣があってわたしは好きですよ」
「お祭りを楽しむためにはあんまり夕食、食べ過ぎないほうが良いのかしら」
「夕食前や食べずに参加する方もいますし、食べ物以外のお店もあります。真衛さん達、特に真実さんは気にしてなさそうですね」
ルリトは後ろの箕崎真衛達が楽しそうに食事しているテーブルを見つめる。
「ルリト……」
「? 何ですかリシアちゃん」
言ってしまおうかと思った。もう十分だからと。関わった最初はルリトの対応がただただ嬉しかったけれど、やがて考える余裕が出来た。ルリトは純粋な瞳を私に向けている。星空の下だからか、彼女の瞳はより透き通った宝石のよう。決して煌びやかでも派手でもなく、静かに輝くような。ルリトは私の言い方から箕崎真衛達にかけた迷惑がたいしたことのないものだと思っているだろう。箕崎真衛達も言いふらさないし、まさか箕崎真衛にナイフを突き立てようとしたなんて、きっと考えもしない。
「……なんでも、ないわ」
「もう、どうしたんですか? わたし達も何かお腹に入れましょう」
天使の片鱗を覗かせる微笑みも、私の心を揺さぶってくる。もし告げてしまったら、この笑顔も向けてくれなくなってしまうのだろうか。でも私がいなければ、ルリトは箕崎真衛達と同じ場所で、私に向けた笑顔より何倍も多く微笑むのだろう。私さえいなければ――。
「リシアちゃん?」
それでも私は言い出せない。隠し続ける申し訳なさを感じつつも、ルリトがもっと楽しめる、幸せに感じる場所があると知りつつも、唯一肩ひじを張らずに過ごせた同年代でたった一人の存在が向けてくれる微笑みを無くしたくない。そう思ってしまうのだ。私はルリトに頷き、ただ彼女に導かれるまま後をついていった――。
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