第74話 気持ちを吐露する私、受け取るわたし

 ガラス張りの大きな窓からプールが確認できる管理室に和葉さんを連れてわたしは足を運びました。プールを水着で巡回しているメイドさんの他に、ここでもメイドさん達がプールを楽しんでいる人達を見守っています。

「問題ありませんか?」

「っ、お嬢様っ。はい、箕崎様達も楽しんでいらっしゃるようですよ」

 ここから姿が見える真衛さん達も、どうやら有意義な時間を過ごしてもらえているようで良かったです。

「お嬢様もご一緒されてはいかがですか?」

「っ……?」

 和葉さんから出た突然の提案に、わたしはちょっぴり驚いてしまいました。

「せっかくお嬢様が箕崎様達をご招待したのです。楽しんで頂けるのを見守る立場ではなく、ご友人として同じ時間を共有してくださいな。私はここで他のメイド達と共にお嬢様を見守らせていただきます。お嬢様にとっては慣れ親しんだこの場所でも、きっと新鮮な時間が過ごせると思いますよ」

「で、ではお言葉に甘えまして……」

 正直わたしもそうしたかったのは内緒ですが、和葉さんには見抜かれていたのかもしれません。更衣室で着替えを済ませ、視界いっぱいに広がる広い空間へ。何も履いていない足に伝わるプール特有な床の感触が伝わってきます。着ているフリルのついた水着は少し子供っぽすぎるでしょうか。でもわたしの身長とスタイルで大人っぽい水着が似合うかというと、厳しいと思います……。

 すぐに真衛さん達のところへ行こうとしたら、楽しそうに会話している真衛さん達より気になることを発見しました。他の場所より薄暗めな隅っこでたった一人、壁に寄り掛かりながら真衛さん達を見つめている女の子です。名前は確か、リシアちゃんと言ったはずですよね。黒に近い藍色の、私のとは違うフリルの付き方をした水着を着ています。真衛さん達と一緒にわたしの家へと来てくれてたはずですけど、いったいどうしたのでしょうか……。わたしは真衛さん達へと向く足の進路を変え、まずは彼女に声をかけてみることにしました。


            〇 〇 〇


「どうかしましたか?」

 唐突にかけられた声に、私は俯いていた顔を上げた。そこにいたのは私より身長の小さい女の子。それに合わせた明るい配色の水着は彼女の可愛さをより映えさせているように思える。箕崎真衛達はたしかルリトと呼んでいただろうか。箕崎真衛達含め私をここに招いてくれた本人。箕崎真衛達とのやり取りを見ていた限りでは明るくて、礼儀正しく、おしとやか。メイド達からの信頼も厚そうで、同じお嬢様と呼ばれる立場なのに、私とは何もかも対照的な女の子。

「何でもないわ。この度は招いてくれてありがと」

「ごめんなさい、あんまり楽しめなかったみたいで……」

「そんなことないわよ。すごく良いプールじゃない。十分楽しめてるわ」

 彼女は悲しそうな表情を戻さない。私は何を言っているのだろう。どう見ても楽しそうに見えないから彼女は謝っているというのに。

「真衛さん達とは、遊ばないんですか?」

「箕崎真衛達には、おなかが痛いって言ってるの」

「……何か、事情があるんですか?」

「……」

「本当にお腹が痛いのであれば、そんな言い回しはしないんじゃないでしょうか。単純にお腹が痛いと伝えればいいんですから。真衛さん達のことも、羨ましそうに見ていたじゃないですか。本当は真衛さん達の中に入っていきたいのでは……。真衛さん達はきっと受け入れてくれますよ?」

 これは彼女なりの親切なのだろう。思いやりも併せ持つなんてますます私との違いを感じる。受け入れてくれるだろう。誘われてもいるのだから。だけど――

「……入れないでしょ」

「えっ……?」

「私ね、箕崎真衛達に――迷惑をかけたことがあるの。勝手な思いをぶつけて、傷つけた負い目がある。箕崎真衛達はそれでも許してくれて、あまつさえ私を受け入れようとしてくれるけれど、それではいそうですかって厚かましくあの仲良さそうな輪の中に入れると思う? 学校で入れてもらったこともあるけど、箕崎真衛達がお人好しで、一生懸命受け入れようとしてくれる輪の中にいても辛いだけ。箕崎真衛達に感謝もしてるしあの中で気兼ねなく遊べたらって思うけど、私には叶わない願いなのよ……」

「…………」

「もういいでしょ? あなたはあの中に入っていける資格があるんだから、私なんかに構ってないで遊んでくればいいわ……」

 おせっかいな彼女へ事情と共に言葉を吐き捨て、再び俯く私。詳しくは内容を語らなかった、語れなかったけど、蔑まれたかもしれない。プールの床ばかりの視界。その隅に何かが映る。まだ彼女は用事があるのだろうかと再び顔を上げ――

「それなら、わたしと一緒に遊びませんか?」

「っ……?」

 彼女はもう悲しそうな表情をしていない。とても素直な表情だった。視界の隅に映っていたのは、彼女の差し伸べられた手。

「……言ったでしょ、箕崎真衛達とは……」

「真衛さん達とではなく、わたしと二人で遊びませんかと言ったんです」

「っ、あなた、何言って……」

「わたしは真衛さん達と違って迷惑をかけられてもいませんし、傷つけられてもいません。負い目を感じる部分はどこにもないはずですけど……その、わたしとでは、いやですか……?」

 さっきまでしていた表情に口元は微笑んだままちょっぴり不安を入り混じらせる彼女。もちろん私自身に遊びたい気持ちが無い訳じゃない。本当はこのプールを楽しみたい。私は戸惑いつつも、彼女の手の上に自分の手をそっと乗せる。

「その、じゃあ、フルネームを訊いてもいいかしら……」

「名前ですか? わたしの名前は、ルリトです」

「っ、あの、名字……」

「る~り~と、ですっ」

「っ、ル、ルリト……」

「はいっ。リシアちゃん……でしたよね? どうしてもというのであれば、教えても構いませんけど……」

 これ以上誘ってくれたルリトの微笑みに不安を混じらせる理由が、私には見つからなかった。

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