第72話 僕が呼ばれた本当の意味

 通路を通った後の開けた空間にたどり着いた時、景色が一気に明るくなった。吹き抜け構造のプールは仕切られているガラス越しで前に見かけていたバルコニーも含めて一番高い天井を見通せる。よく見るタイプの長方形なプールの他に、水流のあるプール、波が出るプール、噴水のように水が吹き出るプール、泡が湧くプール、ウォータースライダーなどプールの種類も一通り揃っているのが、ルリトちゃんの自宅ということを考えればものすごい設備だと考えるべきだろう。

 子供っぽい女の子達はほとんどが特殊なプールで水しぶきをあげながら遊んでいて、大人の女性達は思い思いに普通のプールで泳いだりビーチチェアに寝そべったりしていた。みんな水着姿なのでよくわからないけれど、ここにいる人は全員藍方院家のメイドさんなのだろうか。前を通り過ぎる人達に視線を向けられ自分の場違い感をひしひしと感じずにはいられない。

「来ましたね~箕崎様~」

 どのプールに入ってもメイドさん達の中に混ざることになる故入り口付近から動けなかった僕に間延びした声がかけられた。隣にいたのはいつも送迎をしてくれていた運転手のメイドさんだ。

「そんなところにずうっと立っていたら不審ですよお~? 良かったらこちらにどうぞ~」

 連れられてきたプールは他のに比べて小さめで、特に変わった点もないかなと思いつつ足を入れたら温かい。顔だけ出しつつ全身浸かった僕は、脚だけを入れる運転手のメイドさんを見上げる形となっている。

「へえ~あなたが今日来るって聞いてた――」

 同じく脚だけ浸かった反対側にいる女性もきっとメイドさんなのだろう。ふわふわした髪型の運転手メイドさんと違ってさっぱりしたショートカットがよく似合う女の人だ。二人共スタイルの良さに加えて滴るしずくがほぼ肌を流れ落ちる大胆な水着なので、目のやり場が見つからない。

「えっとその、いつも送迎してくれたメイドさんはまだしも、どう考えても場違いなのに初めて会ったあなたも含めて誰も怪しまないんですね、僕のこと……」

 さっき向けられていた視線も別に鋭いものではなかった。優愛ちゃんが言っていたように、一応僕のことは伝えられているのだろう。

「ん? あははっ、そりゃあ色々あなたのことは訊いてるから」

「それでも……」

 疑問を拭いきれない僕に、短い髪の女性は少し言葉に重みを増して話し始める。

「もしかして、ただなんとなく藍方院家に呼ばれたと思ってる?」

「えっ……何か、僕がここにいてもメイド服を着させても違和感ないくらいだからとは聞いてます……」

「そか~そんな風に言われてるんだね~。それももしかしたらどこかしらあるのかもしれないけど、本質はそうじゃない。あなた、ここに入るまでに試されてるんだよ」

「……? 特にこれと言って試験らしい試験は受けた記憶がないんですけど……」

「事前に教えたら対策されちゃうもの。確認したいのは普段のあなた、心の奥底。だから試験は抜き打ちだし、あなたに気付かれないようにされてたってわけ」

「は、はあ……」

「力を振るうものには責任が付きまとう。私達もここにいるみんなもしがないメイドだけど、そんな私達でも無碍にしない性格の人に力を手にしてほしい。私はそう思うけどな」

 運転手のメイドさんの方もうんうん頷いているけれど、僕はいまいち素直に頷けない。話が突飛すぎるというか、突然こんなことを言われても実感が湧かないのだ。とりあえず外見で信用されているわけではないと受け止めればよいのだろうか。

「まあ、あんま不安がらなくても良いってこと。さて、そろそろ待っていた女の子達が来たんじゃない? 私には見慣れない顔ぶれだから」

 ショートカットのメイドさんに視線を奥に向けられながらそう言われ、僕は背を向けていた入り口付近へと振り向いた。


            〇 〇 〇


 僕の視界にはこのプールに対して反応を示すゆずはさん達四人の姿が見えている。水着姿がまぶしいゆずはさん達の一番前、大きめの反応を見せていた真実が真っ先に僕へと気付き、みんなをつれてこちらへと歩いてきた。

 そんな真実の水着は――えっと、スクール水着を少し派手めにしたものと表現した方が正しいだろうか。白色の混じるひらひらを胸周り、そしてスカートのように腰回りにつけた紺色のワンピースタイプだった。

 次に続く円香さんはやはりというか、露出が激しい。胸元の大きく開いたビキニで、中心の水着を固定しているリングがより大胆さを際立たせているように思う。

「お兄ちゃんお待たせっ」

「プールに来て早々女性を捕まえてたの箕崎君?」

「ち、違います円香さんっ。いつも僕を送迎してくれてた運転手のメイドさんに誘われて……」

 円香さんと繰り広げるやり取りは、ショートカットのメイドさんには少々面白く見えたようだ。

「ふふっ、それじゃあ私達はお邪魔みたいだし、この辺で失礼しようかな」

「箕崎様~ごゆっくり~」

 手を振る運転手のメイドさん。二人は遠くにあるプールへと向かっていった。

「お兄ちゃんぼく達もいこっ。ここのプールぜ~んぶ遊んでみたいからっ」

 真実に手を引かれながら促され、僕は頷いて温水プールから上がろうとする。その後ろにはゆずはさん、このみちゃん、円香さん――

「……?」

 そういえばリシアちゃんが見当たらない。辺りを見回す僕の意図を真実が汲み取ってくれた。

「リシアちゃんなら少し遅れるって。着替えに時間かかってるみたい」

 それなら遊んでいるうちに合流できると思う。リシアちゃんのことを待ちつつプールを満喫することにしよう。僕が離れようとしている隣で温水プールに腰を下ろし脚だけを中に入れるのはゆずはさん。

「ゆずはさんはここにいるんですか?」

「はい……。あまり泳ぐのが得意ではありませんし、こうしてゆったり過ごす方が私は好きです。真実さんの勢いについていけるかもわかりませんから……」

「それより訊かなくていいの? ゆずはちゃん。箕崎君に水着のかんそうっ。更衣室でもその話したでしょ?」

 寝そべった体勢で肩から下を浸からせる円香さんに話を振られたゆずはさんはほんのり頬を染めつつうつむいてしまう。

「っ、そのっ……円香さんから話題を出されただけでして……」

「でも気にはなるわよね? みんなちゃんと新品の水着を用意するくらいは箕崎君も意識されてるんだから、私に言われなくても何か答えてあげないと」

「え、えっと……」

 ゆずはさんの水着は肩から肘にかけての二の腕を胸ごと覆うもので、横以外のお腹周りも下半身の水着に固定されているであろうたれ下がった布に隠れていた。腰回りから下にかけても長めの布を巻き、あまり積極的に泳ぐ格好ではない。

「その……似合ってると思います、すごく……」

「っっ……あ、あまりじっくり見られると……」

「あっ、ごっごめんなさいっ」

「あんまり姉さんをいやらしい目で見ないでほしいんだけどな真衛君っ?」

 僕とゆずはさんが照れた表情をする中に不機嫌そうなジト目を送ってくるこのみちゃん。

「ほら箕崎君、ゆずはちゃんばっかり褒めるからこのみちゃんが妬いちゃって不満そうだよ? 気を付けないと」

「なっ、ど、どうして私に飛び火させるんですかっ!」

 このみちゃんは上下別れたビキニスタイル。下は外から見ると真実と同じようなスカートに見えるショートパンツタイプの水着にしているらしい。スカート部分の丈が短めなので、時々ちらりと中のショートパンツが確認できていた。

「こ、このみちゃんも似合ってると思うよ……?」

「っ……私は真衛君のえっちな視線から出た感想なんて全然嬉しくないからっ」

 僕の言葉を聞いたこのみちゃんは座っている僕に対してジト目のまま前かがみになり顔を近づけてくる。その体勢だと視線を上の方に固定しなくてはいけないので早く元に戻ってほしい。

「このみちゃんそんなに胸を箕崎君の前に持ってきて谷間を強調して、箕崎君戸惑ってるみたいだけど」

「っっ……! や、やらしいっ! 言ったそばからっ!」

 谷間を手で隠しつつ即座に体勢を戻したこのみちゃんに僕は頬をかくことしか出来ないでいた。

「お兄ちゃんぼくはぼくは~?」

「うん、真実もその、かわいいと思うけど……」

 真実はその場で一回転。似合っているとかわいいしか表現方法の無いことが気にはなるけど、かといって具体的に感想を述べるボキャブラリーも僕には存在していない。

「えへへっ、円香さんにこういうスクール水着っぽいのが好きって訊いてたんだ」

「気が利くでしょ箕崎君? ゆずはちゃんにもその体型を生かしたもう少し露出の多めなきわどいのを着せたかったんだけど、これ以上は恥ずかしいって抵抗されちゃって。でも何とか谷間は見えるようにゆったりとした胸元部分にしといたからっ」

 そういった水着が好きだとも一言だって言った覚えはないのだけど……。頼んでもいない配慮を誇らしげに語る円香さんには苦笑いを返しながら、ようやく解放されたので色々なプールを巡ろうと思う。

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