第71話 すんなりとは入れなさそう

 僕達が宿泊する部屋は隣同士の洋室と和室が一つずつ。この階層には他にも扉があれど、休める部屋はここだけなのだそうだ。

「別の階にある部屋は住み込みのメイドさん達が使用しているんです。入居を希望する方がたくさんいて飽和状態になっているので現在新しい受け入れ先をどうするか少々困りぎみなんですけど……」

 苦笑いするルリトちゃん。洋室にはベッドが二つしかないらしいので、僕が洋室でゆずはさん達が和室という部屋割りになるだろう。

「それじゃあ箕崎君、また後でねっ」

「お兄ちゃん荷物置いたらプール行こうよぷーるっ。夏祭りも含めて思いっきり楽しもっ?」

 微笑みと一緒に頷いて、僕はみんなと一旦別れ洋室の扉を開けた。

 部屋は落ち着いた雰囲気を放っている。さすがルリトちゃんの家ということなのか細部に至るまで高級そうなものばかりで、ベッドに腰を落ち着けるのもためらわれるくらいだ。置いてあるものはいくらするのかわからないけれど、特にこれといって注目するようなものも見当たらなかったので、僕はベッドに座って身体の力を抜き、少しずつこの後の身支度を始める。

 荷物を置いてしばらく過ごしていると誰かが訪ねてきたことがノックの音で分かった。真実かなと思って開けてみると、どうやら予想が外れたらしい。でも真っ先に訪ねてくる人の一人ではあると思う。

「箕崎君準備できた~?」

「っ、はい。たぶん女性よりは時間もかからなかったかと……」

「いいな~箕崎君は。こんな部屋を一人で占有するなんてさっ。せっかくベッドも二つあるんだし、私こっちに来ても良い? おんなじベッドの中でいちゃいちゃしてる仲でしょ?」

「えっ、遠慮しておきます……」

「あらざ~んねんっ。でも箕崎君の染まった頬を見れたから我慢しとこっかな。このみちゃん達はもう少しゆっくりしてから来るっていうから、真実ちゃんと一緒に私達で向かいましょう? どのみち箕崎君は私達と先に行ってないとみんなを待たせちゃうわよ? ルリトちゃん達も気にかけてくれてたけど、こっちで上手くやるからって言っておいたわ」

「??」

 いまいち要領の得ない円香さんの話に疑問符を浮かべる僕。

「まあ行けばわかるよ箕崎君っ。ちょ~っと覚悟しておいてね」


            〇 〇 〇

 

 ひとつしかない。着替えをする場所が。たった今お休みの日であろうはずの女性が中に入っていくのを呆然と見送りながら、下の階に降りてプール前へとやってきた僕はこの重大な事実に打ちひしがれていた。もっと早くに気付いていれば事実を整理する時間が取れてこれほどショックを受けなかったのだろうか。僕自身で何かしら対策がとれていたかもしれない。考えてみれば女性しかいない藍方院家でわざわざ男性の更衣室なんて設けない訳で……。隣では円香さんがにやにやしながら僕の状況を面白がっている。

「覚悟しておいてって言ったのに」

「えっと……近くにある別の部屋を借りて――」

「入る時はいいけど出る時は床を濡らしちゃうわよ? 結局通り過ぎたり荷物に用事がある時不便だったりするんだから、盗難防止のためにもここを使用した方がいいんじゃない? 箕崎君だけ荷物が無防備なのかわいそうだよね? 真実ちゃんっ」

 円香さんの表情を見ていると純粋なアドバイスという気がしてこない。隣にいる真実も苦笑いというか、何とも言えないような顔をしている。

「ですけどその、着替え中に鉢合わせしたら大変ですし……」

「そこは私と真実ちゃんで入り口と出口を見張ってる。箕崎君が入ったりする時だって他の人がいないか私達の確認が必要でしょ? その間にゆずはちゃん達も来るだろうし」

「ええっと……まかせてよ、お兄ちゃん」

 円香さんに軽く抱き着かれた真実。僕も仕方ないといった感じで円香さんの案に納得した。円香さんが気まぐれで誰かを通したりしないことを祈ろうと思う。


            〇 〇 〇


 おそるおそる入った更衣室には誰もいなかった。ううん、いてもらっては困るのだ。真実と円香さんに確認してもらい、真実がいることで円香さんの仕組まれた鉢合わせなどの可能性も低かった訳だけれど、更衣室に満たされた慣れない香りが僕を普段ここに縁のない存在だと伝えてくるようである。あまり長く占有するのも気が引けるので、僕はすぐに隅っこの方で着替えを始めた。いくらこの更衣室に今僕一人しかいないといっても、中央部分を使う気になどなれない。女性らしい香りと雰囲気が、余計にその気持ちを抱かせている。身体を覆いながら着替えることのできるタオルも完備済みだ。普段から堂々と着替える方ではないので使用しているし、円香さんが突然扉を開け放つことに何の不思議もないのだから。

「箕崎く~ん?」

 案の定開け放たれ――はしなかったけど、円香さんの声だけが響いてきた。更衣室にいる僕に語り掛けてくる。

「更衣室の香りを堪能するのもいいけど、あんまり長居しないようにね~?」

「っっ、そ、そんなことしてませんっ。着替えの手を止めてる訳でもありませんし、そんなに時間かけてないと思いますけど……」

「一応の確認かな? ゆずはちゃん達含めて私達もそこで衣擦れの音と共に一糸まとわぬ姿になって時々いちゃいちゃふざけ合いながら水着を着用するんだから、箕崎君に早く済ませてもらいたいな~と思って」

「どっ、どうして必要なさそうな台詞まで入れて具体的な説明するんですかっ。言い方に他意があると思いますっ」

「あら? どんな他意があるのかしら。思うって言った限りは具体的にどこがどう他意を含んでいるのか説明できるはずだけど」

「っ、そ、それは、その……」

「ふふっ、私の一字一句なんか気にしないで着替えを続けたほうがいいわ箕崎君。もしかしてだけど、今は手も動いてないんじゃないの?」

 円香さんに図星をつかれた僕は火照り気味の頬のまま慌てて再び着替えを進め始めた。水着を履き終わったので、真実と円香さんに着替えが終わった旨を伝える。幸い他の人を待たせることもなかったようだ。

「それじゃあ、僕は先に行ってますから……」

 そう言って更衣室を出ようとしたら、真実に軽く手をつかまれる。気付いて振り向いた僕。

「お兄ちゃんその……あんまり、考えちゃだめだよ?」

 真実に言われたからという訳じゃないけれど、なるべくプールの新しい景色の方に意識を向けようと思う――。

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