第70話 期待の膨らむ宿泊日程
「やっぱりルリトちゃんの家っていつ来ても見渡しちゃうなあ~」
感嘆の声を漏らす真実の言葉に僕は心の中で同意していた。お屋敷には何度か来ていて見える景色が頻繁に変化するはずもないのだけれど、それでもこの大きな建物と敷地にはつい視界を広くしてしまう。
慣れ親しんできたのにそれでも沸き起こる新鮮な気持ちは、いつも一人でやってきていたこの場所にゆずはさん達がいるからだろうか。僕を含めたみんながキャリーケースなどの大荷物を持っているからかもしれない。送ってもらった高級車を降りた人は僕、ゆずはさん、このみちゃん、真実、円香さん、リシアちゃん、そして、セリアさん。招待されたのは六人だけど、セリアさんはお付きのメイドとして留守番しているわけにはいかないという理由で話を通したらしい。とはいえいつもそばにいる訳ではなく、部外者なので邪魔にならないように影ながらお嬢様を見守っていると言い残し、すぐに姿を消してしまった。僕達も招待者ではない一人――いや一匹であるリリムの参加を認めてもらっている。
「せっかく誘ってもらったんだから、楽しんで帰らないとね」
「ほんと箕崎君さまさまよね~っ、この家の人、どうやって
「そ、そんなことしてませんから……」
このみちゃんと円香さんが話す中で円香さんの軽口をいなしながらも僕はみんなと歩きだした。入り口前で待ってくれていた和葉さんに扉を開けてもらうと、今回のお出迎えはルリトちゃん本人。
「ようこそ皆さん。今回はどうぞごゆっくりとくつろいでいって下さいね」
「ルリトさん、お世話になります」
ゆずはさんがお辞儀をするのに合わせ僕達も頭を下げる。
「そ、そんなにかしこまらないでくださいっ。ゆずは先輩達はお客さんなのですから、気を楽にしていただければ……」
「にゃはは、何となくゆずはお姉ちゃんにつられちゃって……。ルリトちゃんももうちょっとやわらかい感じで大丈夫だよ。ぼく達は友達のお家にお泊りに来てるって認識でいいんでしょ? 元から先輩って呼び方も必要ないって思ってたんだ。学校も変わったから良い機会だと思うんだけど……」
両隣に目を向け確認をとる真実。了承の意を示すゆずはさんとこのみちゃん。
「は、はい……ありがとうございます」
ルリトちゃんはちょっぴり縮こまりながらも、嬉しそうにお礼を述べた。
「それでは皆さん方、こちらにどうぞ」
後ろで待機していた和葉さんの一声がかかる。僕も含めきっとみんな、このまま中に入っていくのだと思っていただろう。だけど、促されたのは意外な方角だった。
〇 〇 〇
「宿泊場所は本館ではなく、別館となります。施設としては、別館の方が充実しておりますゆえ……」
再び扉が開けられ僕達は外に出て、前を歩くルリトちゃんと和葉さんが向かう先は上から見てコの字型に見えるであろうシンメトリー、左右対称な建物。ルリトちゃんが普段住んでいる本館と呼ばれる方より規模は少しだけ小さいが、それでも一般的な家とは比べ物にならないくらいの大きさで、色合い的には白を基調としている。本館が決して派手な色合いという訳ではないけれど、暖かみを感じられる外見で人に見せる建物が本館だとすれば、こちらは身内用のすっきりとした雰囲気を醸し出していた。
「今宵開かれる夏祭りはこちらの敷地で行われます。よろしければ夜にはここへと足をお運びください」
「お~、ほんかくてき~」
途中に通り過ぎる広場には真実が言うようにかなり本格的な屋台などの準備が進められており、メイドさん達が慌ただしく最後の仕上げに取り掛かっている。ルリトちゃんは簡易的と言っていたのだが、感覚の違いなのか僕にしてみれば謙遜としか捉えられないレベル。どうしてもこの後の日程に期待を持ってしまうのだけど、同時にちょっとずつ気になりだしたことがあった。だけど今は、もう少し様子を見てみようと思う。
たどり着いた別館にもやはりというかたくさんのメイドさんがひしめいており、その中で僕の記憶に残る女の子がいた。
「っ、箕崎さんっ。お久しぶりですっ」
そう、ルリトちゃんの家へ二度目の訪問時、僕を案内してくれたり和葉さんに引きずられていったりした優愛ちゃんだ。あの後も何度か出会っていたけれど、その機会は偶然の産物なので最近は期間が空いてしまっていた。
「話は聞いていますよ。箕崎さん達の参加はメイド一同把握しておりますっ。今日の夏祭りも楽しんでくださいねっ。あっ、後で地下室の私が使ってる秘密部屋見ます?」
僕の微笑みを返答と受け止めた優愛ちゃんが一気にまくしたててくる。戸惑い気味な僕との間に割って入る和葉さん。
「優愛、お話は箕崎様達が荷物を置き終わった後ということにして、今は箕崎様達を解放してくれますか?」
「あっ、すみません。ではではまた会いましょう。皆さんごゆっくり~」
優愛ちゃんと別れた後エレベーターに揺られている間、僕はさっきの話題について尋ねてみた。
「あの、秘密部屋って――」
「地下室の使わなくなった部屋を優愛が占領しているのです。集めることが好きと言いますか、最初は貯金だったのですが、だんだん安易に手に入る適当なものを集め出しまして……」
和葉さんのため息に僕は苦笑いを返すしか答え方が分からない。
「宜しければ関わってあげてください。喜びはすると思いますので」
頷きながら廊下を歩いていくと、途中に確認できたバルコニーらしき場所。その先には開けた空間が広がっていてステンドグラスなども見えるけど、決して外に面しているわけではないようだ。
「ここは吹き抜け構造で、天井がガラス張りになっている室内プールを上から見下ろせるようになっております。一応貸し出し用の水着はご用意してありますが、皆さん水着は持参してもらえました?」
あらかじめプールの存在を教えてもらえていたし、誰も慌てる人はいなかった。
「何よりです。しかしここのバルコニーは現在老朽化によって手すりが脆くなっているんですよ。後々の修理を考えておりますので、今は近づかないようにしてくださいね」
よく見たらそれを示す看板が円形の支柱に支えられバルコニー前に置かれている。
「皆さん長めに歩かせてしまって申し訳ありませんでした。宿泊部屋はもうすぐです」
別館の構造も周りを見渡しながらある程度把握できてきた。なるべくなら迷ったりしないようにしたい。そして僕はここでようやく気になっていたことを確認するために行動を起こしてみる。
「リシアちゃん」
「…………」
「リシアちゃん?」
「っ、えっ?」
「大丈夫? ずっとうつむいたままだけど……」
「っ、べ、別に何でもないわ……何か話さなくちゃいけないって訳じゃないでしょ? 誘ってくれたことにも感謝してるから」
「そっか……。夏祭り、楽しみだね」
「ええ……」
考え事でもしていたのだろうか、今までずっと口を開かないリシアちゃんを気にかけていたのだ。リシアちゃんの返答を聞き、僕は再び前へと向き直った。
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