第69話 渡される長方形の紙

「そうですか、そんなことが……」

 あれからも藍方院家、ルリトちゃんの家に訪れ続けてこの天蓋付きベッドも見慣れてきた僕。事情を知らないルリトちゃんに僕はこの前の少し危険な出来事を話していた。

「サングラスとマスクで顔を隠してたけど、片方は男性で片方は女性の二人組だった……。まだこの近くにいるかもしれないし、ルリトちゃんにも気を付けてもらった方がいいと思って……」

「わかりました。わたしには外出の時にも基本和葉さんがついていてくれますので」

 ルリトちゃんが和葉さんへと目を向ける。和葉さんは小さなお辞儀だけを返していた。

「わたし自身も気を付けてみようと思います」

「うん。それじゃあ今日はこの辺で」

 時刻はもう夜になろうとしている。藍方院家で教えることが少ないながらも一緒に勉強したり、映画を見たりなどして一通り過ごした後、帰り際にさっきのことを伝えていたのだ。一応依頼で来ているわけなので、期待されていなくても勉強の時間は取るようにしていた。今日は初めてシアタールームで映画を見たけれど、慣れてきたとはいえこの家には未だに驚かされることがある。

「お待ち下さい箕崎様」

 いつもは何も言わず僕の前を歩き出す和葉さんに今日は呼び止められた。また新しい弱みでも握られてしまったのだろうか……。

「もうすぐ箕崎様に依頼していた全日程が終了いたします。箕崎様もだいぶ藍方院家に慣れ親しんで頂けたご様子ですし、終了した暁にはそのお祝いもかねまして箕崎様をご友人の方と共に改めて我が藍方院家にご招待し、泊りがけでおもてなしをと思いまして。紗絵璃様、お嬢様ともお話を進めております」

 言いながらルリトちゃんに目配せする和葉さんを確認しつつ僕は心の中で安堵する。どうやら余計な心配だったらしい。

「是非招待状を受けとってもらえると嬉しいです。ゆずは先輩達にもお泊りしてもらったことは無いので……。予定の日には簡易的ですが敷地内で夏祭りも開くんですよ」

 せっかくのお誘いを断る理由はどこにも見つからなかったので快く了承の旨を伝えると、和葉さんから長方形の紙が六枚手渡された。

「招待者の確認をお願いします。お持ち帰りの際にはこちらの封筒をお使いください」

 書かれていた名前は僕とゆずはさん達三姉妹。円香さんも入っている。そして最後の紙には――。

「っ、和葉さんはリシアちゃんのこと知ってたんですか?」

「はい。秋坂家とは紗絵璃様を通じてご交流があるのです。多忙であったり紗絵璃様の容態等の事情が存在して現在は電子機器による文通が連絡手段のほとんどを占めておりますが。そんなリシア様と箕崎様がご友人だと小耳に挟みましたので。もしかしてこちらの手違いでしたか?」

 リシアちゃんが僕達を友人と思っているかどうかはまだわからないけど、だからといって招待状を突き返す気にはなれなかった。誘えるだけ誘ってみようと思う。そして僕にはもう一つ気掛かりなこと。

「いえ、それに関しては大丈夫です。あの、僕には翼っていう親友がいるんですけど……」

「……お嬢様の都合上、本来招待者は女性のみなのです。箕崎様はお嬢様と関わりのある例外枠として話を通しているので、申し訳ありませんが……」

「そうですか……」

 本当は翼も連れてきたかったけれど、謝っておかなければならないだろう。僕は封筒の中に招待状を収めると、見送りのために歩き出した和葉さんへとついていった。


            〇 〇 〇


「構わねえよ、どの道行けなかったしな」

 授業を終えた放課後に翼へ断りと謝罪を述べると、そんな言葉が返ってきた。

「っ、そうなの?」

「ああ。まあ行けないっつうか、行かせてもらえないっつうか……。そんな感じだ。俺のことは気にせず、楽しんできな」

 翼にも都合があったみたいだ。楽しんでくるように言われたので、言葉に甘えさせてもらうことにする。ゆずはさん達には快く返事をもらったし、気まぐれさが気になる円香さんも来るらしい。後はリシアちゃんの返答だけなのだけど……。

「…………」

 リシアちゃんはいつも通りにカバンを持ち、教室を出ようとしている。迎えが来ているから一人というのはわからなくないけれど、その雰囲気に明るさという言葉は全く似合わなかった。

「疑似転入生ブースト、そろそろ切れてきちゃったかもしれないな~……」

「っ、円香さん……」

「リシアちゃんは最近まで同年代の子達とほとんどコミュニケーションをとったことが無いみたいね。疑似転入生として質問に答えるばかりで、クラスメイトとしては認められても中々友達の輪の中に上手く入っていけなかったんじゃないかしら。箕崎君達の輪以外に入ってるとこ見たことないし」

 確かに普段のリシアちゃんは休み時間一人でいるか、僕達の輪の中に時々何気なく入ってくるかのどちらかがほとんどだった。質問に答えるばかりというのは的を得ていて、リシアちゃんの方から話題を振られた記憶がない。

「リシアちゃんの気持ちや本音を受け止めたことのある箕崎君達だからこそ、彼女自身が少しずつでも歩み寄ってきてくれるんだと思うわ。これからもよろしくね、箕崎君」

 円香さんの言葉に何も言わず頷いて動き出した僕は、遠くなっていくリシアちゃんに歩くスピードを速めて追いついた。気付いたリシアちゃんに長方形の紙を差し出しながら、参加の意思を訪ねる。

「リシアちゃん、良かったらこの招待状、受け取ってくれないかな……」

「……私は、この人に会ったこともないわ」

 招待状の内容を読み取りながらつぶやくリシアちゃん。

「招待してくれた人に言われたんだ。も連れてきてくださいって。だからゆずはさん達も一緒に行くんだけど……」

「っ……」

 一瞬大きく目を見開いたように見えるリシアちゃんは悩んでいたのか伏し目がちのまま少し時間をおいた後、口を開かず招待状を受け取ってくれた。そのまま踵を返して僕の視界に映る背中を小さくしていく。僕もその背中を、しばらくの間見ていたい気分だった――。

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