第67話 願わくばこのまま――。

 心水学園校舎裏で戻ってきたセリアさんの腕の中に飛び込んだリリムは、頭を撫でられながら一部始終を見てきたセリアさんに経過報告を求めようとしました。

「あの様子なら、この学園に溶け込め始めたと言えるのではないでしょうか。とりあえず、一安心出来ます」

 目的をお互いに共有していたからか、リリムが尋ねる前にセリアさんはつぶやきます。

「順調そうですね。セリアさんが水島家玄関の床に頭をつけた時は、さすがに驚きましたけど……」

「別の目的があるとはいえ、行動に示した気持ちは本心で間違いありませんよ。お嬢様に出席の是非は問わないので心水学園高等部への転入だけでもと納得頂けていたことが功を奏しております。お嬢様の方から行ってみようかなとの声を聞けたのは、私自身も少々予想外でしたが」

「マモルさんに気持ちを受け止めてもらえた影響、確かにあらわれているみたいで良かったです。今まで対人関係的に縁遠かった学校にも、所縁が生まれたんですね」

「ええ。このままお嬢様が心水学園に行き続け、ご友人が出来、他の皆さんと変わらぬ日々を送ってくださればと……あなたもそう願って下さってはいませんか? 円香」

「そうね。私としてもその方が助かるんだけど……」

 声がした方にリリムとセリアさんが振り向くと、マドカさんがゆっくりとこちらに歩み寄ってきていました。セリアさんと違ってリリムは会話に夢中だったので少し驚きつつもマドカさんを交えた会話を途切れさせるつもりはありません。

「何か素直に期待できない理由があるんですか? マドカさん」

 リリム達と違って表情を緩めないマドカさんに問います。

「一つ言えることは、優しさや思いやりの結果お互いの仲が進展するとは限らないということ」

「?? リシアさん、マモルさん達に受け入れ始められていると思いますけど……」

「基本的にはそれで正しい認識よ。私達もそれにのっとって動いてきた。でも、人間の心は大部分の人にある程度法則性があれど、そんなに簡単な因果関係だけじゃ説明つかないわ。このみちゃんが箕崎君の優しさのせいで悩んでしまった時のように。もちろん基本通りスムーズな関係進展であれば何も言うことはないし、私の考えすぎで杞憂だったって笑われる結果になれば平和なんだけどね」

 肩をすくめるマドカさんに、リリムとセリアさんはちょっぴり不安の混じった表情を見合わせます。願わくばこのまま――リリム達の思いは、みんな同じです。


            〇 〇 〇


 私にとっては初めてだった高校生活。その初日の授業を終え、一人で帰り支度をしていると、私よりも小柄な女の子が近づいてきた。その方向にいるグループの中からいったん抜け出てきたらしい。

「リシアちゃん、その、良かったらぼく達と一緒に帰らない?」

 箕崎真衛のグループから抜け出てきた彼女、名前は確か真実といったはず。誘われることは純粋に嬉しいが、私には断らなければならない理由がある。

「えっと、ごめんなさい、セリア――メイドが迎えに来てくれているの」

「そっか……それならしょうがないね」

 少し残念そうな笑顔を浮かべる真実という女の子。用件だけ断るというのも味気ない会話なので、私は箕崎真衛がいるグループに関する気になっていたことを問いかけてみた。

「一人……足りないみたいだけど」

「つばくんのこと? つばくんは迎えに行く人がいるっていっつも先に帰っちゃうんだよ」

 グループに目を向けながらそう言った私に対し、彼女は意図を理解し答えを返してくれる。

「それじゃあばいばいリシアちゃん、また明日」

 彼女は箕崎真衛がいる輪の中へ戻っていく。また明日――クラスメイトに言われたのは何年ぶりだろう。顔には出さない嬉しさを噛み締めながら私の事情を共有しているのであろう箕崎真衛達を少しの間視界に入れると、私は教室の外へ歩き出した。彼女を含め箕崎真衛の周りが賑やかなのは、真昼間から女性といちゃつく変態でもやはり他の魅力があるからなのかもしれない。一言も話さず無言のまま廊下を進み、階段を降り、校門前までたどり着くと、セリアがちょうど黒塗りの高級車を運転してきてくれている。開いている扉から乗り込んだ私を確認したセリアが運転席に座り、ほどなくして窓から見える景色が流れ出す。

「どうでしたか? 今日一日のご感想をお聞かせください」

 初めての高校生活で私がどう思ったか、やはりセリアも気になるのであろう。走り始めてすぐに話しかけてきた。

「……思ったよりも、悪くなかったわ」

 私が答えた感想はそれだけ。セリアはそれに対して何も返さず、私も特に新しい言葉を発しようとしない。静かな走行音だけが聞こえる中、私は景色を眺めながら揺られていた――。

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