第66話 入ってきた少女はいわくつき
消しゴム問題も無事解決し、最初の授業が終わって休み時間となった。円香さんが話していた通り早めに切り上げてくれたので、いつもより長めとなっている。
そしてこれはリシアちゃんにとってこの学校で初めての休み時間でもあるし、僕達にとってもクラスメイトが増えてから最初の休み時間ということだ。もしかして円香さんが授業時間をずらしたのは、そういう意図があったのかもしれない。つまり、今日からクラスメイトとなるリシアちゃんと始めに触れ合う時間が長くなったという訳なのだから。
このみちゃんの席を中心とした翼やゆずはさん達の輪の中に入っている僕が視線を向けた円香さんは澄ました顔、まるでそれが当然と言わんばかりの自然体だ。席を立った当初に思っていたことだけど、これから新しくやってきたリシアちゃんの周りには人だかりが出来、質問攻めを受けたり彼女を中心とした会話が繰り広げられるのだろう。そう、本来ならば――。
「………………」
クラスメイトの様子から察しをつけているだけだけど、正確に言えばリシアちゃんに関しての会話は実際に繰り広げられていた。しかし、それはリシアちゃん自身に向けられてはいない。それぞれ仲の良い友達とだけだ。リシアちゃんもいきなり立ち上がって校内を我が物顔で歩くことは出来ないらしく、席にちょこんと座ったまま視線だけ色々な場所にきょろきょろと動かしている。特にすることもなく話し相手もいないので手持ち無沙汰となってしまったらしかった。
こうなった原因はたぶんリシアちゃんの置かれている境遇にあると思う。リシアちゃんの席は僕達が高等部になってからずっと置いてあった。故に心水学園には転入していたが今まで学園に来ていなかったということを表しているのだ。それが海外留学であったり何かプラス面の事情であれば、円香さんがその部分にも触れているはずである。だけど、円香さんは『事情』としか言わなかった。となれば、マイナス面の事情が頭の中によぎるのは仕方のないことなのかもしれない。現にクラスメイトの女の子達もリシアちゃんに話しかけようかどうか迷っているみたいで、教室にはリシアちゃんを中心とした密度の低い大きな円が僕達とクラスメイトの立ち位置によって描かれているのだから。
「箕崎君……」
近くにいる円香さんがリシアちゃんに視線を向けながら僕の名前だけ呼ぶ。曇った表情のゆずはさん達を背にして、僕はもう視線を動かす場所さえ無くなりうつむきながらただ自分の机をじっと見つめているリシアちゃんへゆっくりと近づいていった。
「リシアちゃん、この前はごめんね? せっかく僕の部屋まで来てもらったのに……」
「っ……」
顔を上げたリシアちゃん。語り掛ける僕の声はそれほど小さくない。一番近くにいたクラスメイトの女の子達が尋ねてくる。
「えっ? 箕崎君って彼女と知り合いなの?」
「というか、部屋に訪ねてくるほど親しいってこと?」
「うん、結構仲良くさせてもらってると僕は思ってるけど……」
僕の言葉を聞いた女の子達はお互いに顔を見合わせる。そして――
「あの、リシアちゃん……だっけ。まだ学園のこと良く知らないかもしれないし、案内してあげよっか?」
「好きな食べ物とか、そういうこと訊いても良い?」
女の子達が話し始めたら、その影響は光景を見ていた他のクラスメイト達にも伝播されていく。自然とリシアちゃんの周りには人が増え、囲まれていき、大きかった円は小さくなって密度も急激に増えていった。
ぎこちなく問われた質問に答えるだけで精一杯なリシアちゃん。密集する女の子達の隙間から目が合ったリシアちゃんに対し、僕は口に人差し指を当てる仕草を見せる。僕が肩身の狭い思いをしていた時の解決法と似たようなやり方だけど、その効果は僕自身が体験していて実証済みだ。ゆずはさん達の方に目を向けると、真実やゆずはさんは微笑み、他の三人もすっきりした表情を僕に返してくれていた。
リシアちゃんがこのクラスに溶け込むきっかけは与えられたはず。僕はそう思いながら、元いたゆずはさん達の輪の中へと戻っていく――。
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