第64話 何気ない会話の中でも考えは交錯する
屋上でこのみちゃんの手をとったあの日に少し懐かしさを感じてきた。晴れて高校生となった僕は順調に学校生活を送れているわけだけど、これもひとえにこの学校へ入ってきたゆずはさん達のおかげである。僕が前まで肩身の狭い思いをしてきて、一貫校故にクラスメイトの顔触れもあまり変わらないため同じ状況が続くと考えていた。しかし、予想に反してクラスメイトの女の子の方から話しかけてきてくれたのだ。理由として、前までは僕自身が内面を出さなかったせいで女の子達の方も踏み込む勇気が出なかったらしい。ゆずはさん達との会話で僕との関係性や内面などを聞けたため、女の子達も心を開いてくれたということのようだった。
まあゆずはさん達と同居していることを問い詰められたり等日常の一幕として一波乱あった出来事なので、過去となった今では詳しいことをもう一度思い出す必要もないだろう。
「真衛、最後のテスト、何点だったんだ?」
そしていくら学校生活が順調になったとはいえ、僕達学生は授業だけ受けていれば良い訳ではない。定期的に学力を試される立場でもあるのだ。僕は口角をあげた困り顔に近い表情をしながら最後に返却された国語のテストを隣の席に座る翼へと見せる。
「くっ、負けか。総合点でも敗北だな。勝ててる教科もあるにはあるが……」
「授業中に眠ったりしなければ、翼もっと良い点数とれるんじゃないかな……」
「全部の授業真面目になんて受けてられるか。勝者の余裕ってやつか?」
「そ、そんな……」
僕は翼のからかいに対して前に出した両手で否定の意思を示しながら、斜め前の方角、比較的近くでテスト用紙を見ていたゆずはさんにも声をかけてみた。
「ゆずはさんはどうでしたか?」
「?」
ゆずはさんが振り向いた時、偶然にも点数が一瞬見えてしまう。単純な方の数字だったこともあるけれど、何より僕の記憶に焼き付いた理由はその数字が三つ書かれていたからだろう。
「…………」
「…………」
翼も僕と同じ表情をしているから、きっと視界に入れてしまったんじゃないだろうか。小さく開けた口が塞がらない僕達の心情に気付いたのか、ゆずはさんは慌てて謙遜の言葉を述べた。
「そ、その、得意な科目だっただけですから……。満点なのも、雅坂学園より難しくなかったということと偶然が重なっただけで……」
やはり生粋のお嬢様学校である雅坂学園はここよりハイレベルなようだ。改めてゆずはさん達の先生だったという事実が僕の中で違和感と共に揺らぎかける。
「苦手な科目の方は、散々でしたし……」
前の日に配られて見せてもらったゆずはさん達の数学のテストは確かにお世辞にも高い点数と言えなかったけど、得意分野がこの実力ならば総合点は申し分ないであろう。受験用の成績が大丈夫かなんて無用な心配どころか僕の方が危うかったかもしれない。ここに入ってくる時の試験も苦手な数学を他の教科で補って合格したと考えれば十分納得がいくのだから。
「ゆずはお姉ちゃんさっすが~」
何人かで集まったグループの中心で可愛がられながらテストの結果談議に花を咲かせていた真実がようやく解放されたらしい。僕達の輪の中に入ってきた。
「ぼくはこんな感じだったよ?」
真実の総合点は大体翼以上、僕に追いつかんとしている。もし体育に点数がついていればきっと超えられていたはずだ。このみちゃんとゆずはさんに関しては比べるのもおこがましいくらい。
「次はお兄ちゃんを超えられるかな~」
「あはは……無理はしないようにね」
「お、
「そ、そんなんじゃ……」
「いいんだ、気にしなくて。自業自得でもあるんだが、この中では最下位なんだから
ちょっぴり落ち込む翼をフォローするゆずはさんと真実。僕もすぐ後で加わろうかと思いながら、翼の席と反対側の空席を見つめる。こんな何気ない会話が出来たら彼女の心もちょっぴり軽くならないだろうか――。僕は授業中も座られることのないたった一つの空席に、どこか物悲しさを感じていた。
〇 〇 〇
私は自分の席に座って90以上の数字が並んだ数枚のテスト用紙を眺めている。雅坂学園よりも難しくない気がしたというのもあったけど、一応確かな手応えは感じていた。これで今出していない数学も良ければ完璧に近いのだろうが……むしろ真衛君に教えてもらっていた分マシになったと考えるべきだろう。雅坂学園では数学であの点数などとったことがないのだから。
「このみちゃんすごいよっ、数学以外じゃ私全然届かないや……」
「苦手分野も親しみやすさに繋がってるからね~。これからも勉強教えて下さいお願いしますっ」
「このみちゃんの解説わかりやすいから助かってるよ~」
「うん、私も数学のことに関しては訊くことあるかもだからこれからもよろしくね」
「またまた~、数学のことなら箕崎くんに訊けば良いでしょ? お近づきになるチャンス自分で失くしてどうするの?」
「あ、もう同棲しすぎて十分近づいてるから大丈夫ってこと?」
「このみちゃんっ、健全にだよ、健全にっ……」
「そ、そういうんじゃないから……同棲でもないし」
否定しながらも意識させられた真衛君を見る。真衛君は姉さんや真実と一緒に落ち込み気味の翼君をフォローしているようだった。今の状況から考えて、点数があまり芳しくなかったのかもしれない。
真衛君を視界の中心に入れながらふと考える私。確かに成績が優秀な方なのは私の誇りだけど、私には苦笑いする今の真衛君の方がまぶしく見える。捕らえられた私を助けに来てくれた真衛君。部屋の前で私の気持ちを受け止めてくれた真衛君。私が真衛君と同じ状況だったとして、同じ立場だったとして、真衛君のような行動が出来たのだろうか……。
そして姉さん達と楽しそうに、時折困り気味の顔をしながら過ごす今の真衛君は、あの時の雰囲気を欠片も見せない、どちらかといえば少し頼りなさそうな、女の子みたいな姿を私の瞳に映している。
「見つめる時間が長いですな~このみちゃん?」
「もしかして私達、おじゃまだった? 気にしないで箕崎くんのところに行ってもいいんだよ?」
「健全で甘い展開を期待したいな……」
「もう……」
ちょっぴり染めた頬を膨らませる。まあ少なくとも、箕崎君を見つめながらこれからも関わっていきたいし絆を深められたら嬉しいと考えていることは、私の中で確かなことだった。
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