第61話 引きずられていってもきっと仲良し

「体育館や外の広場みたいな敷地では藍方院家でのイベントやお祭りごとが行われますっ。もちろん運動する場所としても使えますよ。自慢は広さも厚さも十分なこの特大マットですねっ。入ってきた大きな扉をさらに大きく開けないと出せないくらいギリギリの大きさですっ」

 体育館に案内された僕。優愛ちゃんは隅に置いてある今紹介したマットに飛び込む。ボフッと空気が抜ける音がして、マットが優愛ちゃんの体重分沈み込んだ。

「和葉さん、前に見せてもらったのお願いしますよ。バク転とか」

「本来見せるために習得したわけではありませんが、特技として一度披露したばかりに……。では、僭越ながら。箕崎様は下着が見えることに期待しちゃだめですよ?」

「っ……」

「何言ってるんですか。見えても良いやつ履いてるんですよ、箕崎さん」

「あら、男の人の期待とロマンを壊したらかわいそうじゃないですか」

 そう言いながら和葉さんはマットに座る僕と優愛ちゃんから距離をとる。披露されたのはバク転の他に、前方宙返りや側転からの後方宙返り。これをメイド服を着たまま床でこなすのは相当難しいのではないだろうか。最後の着地を決めた和葉さんに優愛ちゃんが称賛の拍手を送る。

「さすがですね~。私も逆立ちくらいはできないとかもです」

 マットの上で倒立しようとした優愛ちゃん。しかしそれは数秒も持たずに崩れてしまう。ふわふわなマットの上ではどのみち難しいと思うけど、優愛ちゃんは何度か挑戦しては倒れてを繰り返した。僕はそんな光景を微笑ましく思いながら戻ってくる和葉さんに近づいていく。

「優愛ちゃん、素直でとっても良い子ですね」

「ええ。しかし悩みなど何も無さそうに見えるかもしれませんが、彼女にも事情はあるのですよ」

「……?」

「いずれ詳しく話す時が来るかもしれませんし、彼女がここに来た経緯にも関係するのです。今はこれだけで大体察してください」

 和葉さんが優愛ちゃんに向ける悲しげな視線には何の理由が込められているのだろうか。詳しい内容はまだわからないけれど、少なくとも倒立を諦めて僕達へとやってくる優愛ちゃんを微笑ましい感情だけでは見ていられなくなった……。

「やっぱり和葉さんのようになるのは夢のまた夢です。でも私には和葉さんのような隠し事何てありませんけどね」

「え……?」

「箕崎さんは言いふらさなさそうですから教えますけど、実は和葉さんって隠れオタ――」

「ゆ~う~あ~?」

「えっ? だって和葉さんも箕崎さんのことは信用してるって――」

「勿論信用してますよ。ですが優愛には二人っきりでちょっとお話したいことがあります。すみませんが箕崎様、予定が出来ましたので今日はここまでということで。体育館からすぐ外に出られますし、もうあまり迷うこともないと思いますから」

「えっ? ちょっ、和葉さん? えっ?」

 和葉さんは優愛ちゃんの襟を掴んでずるずると引っ張っていく。引きずられながら遠くなってく優愛ちゃんは最初戸惑っていたけれど、ようやく事態を呑み込めたようだった。

「さ~て、今回はどの『初めて』を頂きましょうか……」

「ひっ、い、いやですっ。もうこれ以上『初めて』は失いたくありませんっ。たっ、たすけてください箕崎さっ、あっ、い~や~っ」

 足をばたつかせながら抵抗する優愛ちゃんと引きずりながら体育館を出ていく和葉さん。優愛ちゃん自体が和葉さんになついているのでたぶん大丈夫だと思った僕は、頬をかきつつ苦笑いのまま二人を見送った――。

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