第56話 新しい生徒との関わりは偶然と言い難い
新しい生徒と初めて顔を合わせる今日。ゆずはさん達に見送られる予定の僕は家の前で一緒に送迎してくれるであろう人を待っていた。ちなみに円香さんは外に出る格好でない故家の中に引きこもったままだ。
「送迎手段はどんな感じなのでしょう?」
「たぶん車だとは思うけど……」
「わざわざ迎えに来てくれるって言うんだから、高級車とかだよきっと。まだかな~」
「ここで待っていれば来てくれるって聞いてるけど……」
僕達が少々首を長くし始めた時、その自動車は走ってきた。なんというか――このそこまで広くない道に対して明らかに不釣り合いである。ほとんど白系統の配色であるその自動車は、素人の僕が見ても即座に理解できるほどの超高級車だったのだ。
「…………」
「高級車とは言ったけど、さすがにこれは予想外……」
正直そのまま通り過ぎてくれればこの驚きは意味のないものとなってだろう。停まった自動車から一人のメイド服をまとった女性が下りてくる。その人はある程度こういった反応に慣れているのか、驚きを隠せない僕達を気にする素振りも見せなかった。
「箕崎様~お迎えにあがりました~。ささ、どうぞお乗りください~」
やや間延びした口調のメイドさんは後部座席の扉を開けて僕を促してくれる。少し緊張気味に乗り込んだ僕に車の外からゆずはさん達が見送りの言葉をかけてくれた。
「真衛さん、お気をつけて……」
「まあ、その、いってらっしゃい」
「お兄ちゃん、帰ってきたらぼくと遊んでね?」
僕が三人への返答として頷いたことを確認したメイドさんは扉を閉め、運転席に乗り込むと自動車を発進させる。すぐに帰ってくると分かっていても、小さくなっていくゆずはさん達を見ていると、寂しげな気持ちがちょっとだけ僕の中に芽生えていた――。
〇 〇 〇
車内では自動車が走る音だけが聞こえている。僕もあえてこの沈黙を破る勇気が持てず、無言のまま座席に揺られていたのだけれど、ふいに運転していたメイドさんが話しかけてきた。
「気付いていませんか~?」
「えっ……?」
「箕崎様、誘拐されてるんですよ~?」
「ええっ……!?」
本性を現したかのように怪しい笑みを浮かべるメイドさんに対し、僕も空気を張り詰めさせる。
「これからきちょ~な労働力として、全力で働いてもらいます~」
「……要求は何ですか? 労働力って、内容は……?」
「ふふふっ、それはですね~、私達のお嬢様と、関わっていただくことですよ~」
「えっ……?」
それって今僕が果たそうとしている目的なんじゃ……ううん、もしかして頼まれた家とは違う場所のメイドさんなのかも――
「箕崎様はこのような冗談も受け入れてくれる方と聞いておりますので~。メイドさんでも毎日同じ業務だとやはり飽きと退屈がどこかしらに出てきてしまうんですよ~。今回は久しぶりにいつもと違う内容なので、ちょっとおちゃめしちゃいました~」
ようやくからかわれたのだと完全に理解し一気に脱力した僕。確かにこの程度は円香さんのに比べたらなんてことないのだけど。沈黙は破られたので、僕もメイドさんに考えていた質問をしてみようと思う。
「あの、僕の生徒になる人って、どんな人なんですか? ものすごいお金持ちだってことは今の状況からだいたい察しがつきますけど……」
「我が藍方院家のお嬢様は~、と~っても優しくて、おとなしい方ですよ~? ですから~、箕崎様も、優しく接してあげてくださいね~?」
その言葉を聞いて、安堵の気持ちを少し胸に持ち続けられる。自動車はそんなに長い間は走らなかった。その気になれば歩いても十分たどり着ける距離だ。
「…………」
お金持ちだということは予想していたけれど、着いた場所は僕の予想をはるかに超えるものだった。僕も遠めから見たことくらいはあったのだけど、四方を塀で囲まれたものすごい広さの敷地。特大の門を抜けて入ったその中は、人工的に植えられたのであろうたくさんの木々が生い茂り、林のようになっている部分まである。道中に噴水、庭園、広場、豪邸よりは小さな建物もちらほら見え、この豪邸の門前まで来ることは簡単でも、敷地内を徒歩で歩くのは気が引ける、距離的には当然敷地内の方が短いのに、そんな印象を抱かせるほどの広さだった。
豪邸の前で自動車が停まる。運転席から降りたメイドさんが、再び後部座席の扉を開けてくれた。
「私は車の移動がありますので~。扉を開ければ、後はメイド長がご案内してくれると思いますよ~」
メイドさんを見送ってから両開きの扉を開けると、内装も豪邸と呼ぶにふさわしいもので、前方には二階へとのぼる階段。一階と二階でそれぞれ左右に分かれた通路があり、大きなシャンデリアまで存在するこのエントランスは、まさに僕がイメージするお金持ちの豪邸そのものだった。唯一違ったのは、片手ですぐには数えきれないほどのメイドさんが、せわしなく働いているということである。働いているメイドさん達の中には入ってきた僕に一瞬目を向ける人もいたけれど、すぐに自分の業務に戻っていた。
そして、僕の目の前に佇む一人の女性。
「ご足労頂きありがとうございます、箕崎様。メイド長の、
〇 〇 〇
「申し訳ありません、私のみのお出迎えとなってしまって。このお屋敷の維持、管理のため、皆さんには担当業務専門で動いてもらっていますから……。今のご時世、私のように代々仕えるメイドというのも、大変少なくなっておりますので……」
和葉さんの案内を受け、僕達は廊下を歩きながら会話を交わす。確かに僕が見たりすれ違ったり時折会釈や挨拶を交わしてくれるメイドさん達は若い人ばかりだった。ずっと仕え続けるメイドさんというか、メイドさんという存在自体も、あまり普段耳にするものではない。
「いえ、そんな……。そんなに大勢で出迎えられても逆に緊張しますし、十分ですよ」
「お気遣い感謝します。さあ、着きました。ここでお嬢様がお待ちです。お嬢様、箕崎様をお連れしました」
開かれた扉の先にあった部屋は、お嬢様の部屋という言葉がぴったり似合うほどの豪華さだ。どちらかといえば上品さというより、かわいらしさ、ファンシーさが際立つ雰囲気を纏っている。ベッドを囲むようにカーテンがついているような、いわゆる
「お待ちしていましたよ、真衛さんっ」
その子は、僕が見覚えのある女の子――。
「ル、ルリトちゃん……?」
そこには雅坂学園内で僕を助けてくれた、真実より身長の小さい女の子が、僕に向かって微笑んでくれていたのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます