第2章 新たな生徒を交えて
プロローグ 心の壁はアイスのように溶け始め……
第54話 あれから数週間後……
僕が水島家に来てから数週間が経った。最初は戸惑ってばかりだった新たな生活にも徐々に慣れ始め、現に僕は今、このみちゃんの買い出しに付き添っている。
「真衛君が来てくれてほんとに助かってるよ。前は真実に手伝ってもらってたりしてたんだけど、真実は本来お風呂掃除とかの清掃面を担ってたから。その分も分担出来てるし、買い出す量や作る量は増えちゃったけど、円香さん洗濯や時々料理を作ってくれて姉さんも休めてる。結果的に1人分の負担は減ってるの。今日だってたくさん買い込めちゃった」
僕は笑顔を一度返答の代わりとした。本当なら円香さんに車を走らせてもらえば僕達が持つ必要もないのだけれど、円香さんが料理と洗濯をしているからそれ以上は面倒、何より外出する格好に着替えたくないのだそうだ。幸い食材を買い出すスーパーとの距離はほとんどないので、僕達は歩いて家へと向かっている。
「このみちゃんが水島家の家計を握ってるんだね」
「そんなところ。私自身の役目ってこともあるけど、買い物は姉さんと真実にあんまり任せておけないの」
「えっ……?」
僕の疑問を予期していたかのように、このみちゃんは話し続ける。
「真実は予想がつくかもしれないけど、つい目移りしちゃって予算以上の物を買ってきちゃうから。姉さんは――」
【試食コーナーでーす! おひとついかがですか~?】
【…………】
【そこのあなた! 興味があるならどうですか?】
【っ……は、はい】
【おいしいでしょう? 今ならお安くなってますよ】
【え、で、ですけどその……予定には無かったので……】
【そ、そうですか……】
【っっ……その、やっぱり、1つだけでしたら】
【本当ですかっ? ありがとうございます!】
【いらっしゃいませ~! いらっしゃいませ~! いらっしゃ……! あ……】
【あ、あの……】
【っ! いらっしゃいませ!】
【頑張ってるんですね……あの、お1つ頂けますか?】
【わあ……ありがとうございます!】
【いえ、このくらい何でも……】
「ってな感じで結局余計なもの買ってきちゃうの……」
「あはは……」
「勧誘その他も全部私を通してってとにかく言い続けて、あまりにしつこかったら水島流古武術で気絶させて介抱したあと追い返してって念を押してるくらい。私達の家に来たら意識を失うって噂がいつの間にか流れて、最近はそういうのほとんど誰も来なくなったけど」
「…………」
苦笑いと共に畏怖の片鱗が見え隠れしてるなと感じた僕。
「ふふっ、今日はどれから食べよっかな~アイス♪」
しかし目の前で表情を緩めるこのみちゃんは、そんな強さを欠片も感じさせない普通な女の子の姿を見せている。
「そのアイスって予算の範囲内なんだ……」
「ちゃんと真衛君達のリクエストだって同じくらい叶えてるでしょ? はあ~季節はだんだん夏に近づいていって、気持ちよくシャーベットが食べられる時期が待ち遠しいよ~っ。冬は冬でこたつの中で食べるなめらかアイスが口の中でじんわりとろけて……なごりおしいな~っ」
「……このみちゃんって、アイスのこととなると、その……」
「むっ、い~ですよ~、どうせ私はアイスに目がないし、そのせいで体重も気にするゆるゆる女の子ですよ~」
隣を歩いていた僕の前に出ながらそんな開き直り方をしたこのみちゃんはくるっと僕の方に向き直ると、
「いこっ、真衛君っ」
もうこのみちゃんに、僕に対する遠慮という言葉は全く似合わなくなっている。それを改めて実感し嬉しく思いながら、僕はこのみちゃんとの距離を縮めていった――。
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