エピローグ 台本の無い役者を導くのはなにゆえに

第52話 彼らには気づかれなかった

 星がきれいな夜、リリムは中心に大きな木がある広場で空を見上げます。マドカさんのケガも順調に回復しているみたいですし、リリムとしては一安心というか、ほっと胸をなでおろしたというか、そんな気持ちです。

「良い月光浴日和だと思いませんか?」

「っ……セリアさん」

 発せられた声の方に振り向くと、月明かりがよく似合う印象を持ったメイド服の女性が、リリムの近くに立っていました。話しかけてきたのは彼女の方ですが、その表情には愛想というものが感じられません。近づいてきたセリアさんはこの場所で一体何を語るのでしょうか。

「……話をしていたのですか」

「はい、普段通らせてもらっている彼女にも経過報告をと。ここで泣いていたマミさんとマモルさんをめぐり合わせてから、事の顛末をいち早く知りたかったみたいなので」

「私達が話し始めるのは、もう少し先のようですね」

「もうすぐですよ、もうす――きゃっ」

 突然体が宙に浮きました。子猫の身体であるリリムは両手で抱えあげられたのです。しかし抱えあげたのは今話しているセリアさんではありません。

「待たせちゃったかしら、リリム。そして、セリア」

「――――円香」

「大丈夫です。セリアさんも、今来たところですから」

 リリムをゆっくりと撫でるマドカさんは落ち着いた口調のまま言葉を続けました。

「悪いわね、ここへ来たのはリリムと一緒なのだけど、結界が張られているか確認をしてたものだから」

「一般の方が入ってきてもリリム達を見失ってしまいます。誰にも邪魔されませんよ」

「随分と用心深いのですね。誰も子猫が話してるなんて思わないと思いますが」

「まあいいじゃない、話す内容も内容だし、備えておくのは大切よ」

 マドカさんは側にあったベンチに腰を下ろして膝の上にリリムを乗せます。

「ゆずはちゃん、ちゃんと大切にしてくれていたわ、くすみもなしっ。もう少し後で直接ゆずはちゃんに見せてもらうつもりだったのだけど、たまたま機会が訪れてね。箕崎君は私が別の部分を見てると思って訝し気な顔してたな~。まあ全く見てなかったと言えば嘘になるか。あなたも成果を得られたんじゃない? リシアちゃんはどうしてるかしら」

「お嬢様がベッドに入る時間が少し早くなりました。ベッドの中で色々考えていらっしゃるみたいなので、影響を受けていると思われます」

「そう。でも少しやりすぎだったんじゃないかな、もう少し気を付けてもらわないと。箕崎君本当に刺されちゃうところだったし」

「あなたがさせないでしょう。あのようなことをする余裕まであるのですから」

「ふふっ、ついでだから好感度上げさせてもらっちゃった」

「すべて思惑通りということですか」

「そんなことないわよ? 現に隠し事してる箕崎君の独り言か何かでも聞ければなと思って箕崎君の部屋にある窓の隣にしばらく立ちながら携帯弄ってたらこのみちゃんとのトラブル報告が聞けたりしたのは偶然なんだから。その時リリムから積みゲーを物理的に崩されたりもしたし……」

「マドカさんの部屋は私にとって窮屈すぎて足の踏み場もないので、私はより遠くの地形や道を把握するためにもよく外出していました。私がこちらに来てから簡易的に建てた小屋の方が多少事故もありましたけど、居心地よかったと思います。もうすぐマドカさんと一緒に別の家へ引っ越すので撤去しましたけど、なるべくあの部屋に一日中はいたくありませんね。ユズハさん達が好意的に迎えてくれて良かったです」

「……ね? 思惑通りじゃないでしょ?」

「自業自得な部分で私に同意を求めないでくれますか。まあ、本来は迷惑を広げないように彼一人だけを巻き込む方法でしたが」

「トラブル報告を聞いて、関係を回復できるきっかけにもなるからってリリムが雅坂学園で回収したリングをついでに使える私の案を採用したんじゃない。箕崎君にちょっと怒られちゃったけど。このみちゃんの話を聞いて実感したわ。ここまでしてもやっぱり特有の悩みというのは出てくるものかってね。にしても、いくら箕崎君達のいちゃつきっぷりに興奮したからって、今度は回収作業中にそのダンボール箱落っことすなんてドジっ子属性発揮しないで欲しいなあリリム?」

「それは、はい……」

「あら、そこまで落ち込むことないわ、あなたはよくやってくれたもの。回収作業や私の治療、走っていった箕崎君の追跡と連絡、シートベルトをつけてる間に運転席の下に潜り込むところまでね。セリアもお疲れ様、リシアちゃんの監視と誘導もそうだけど、あなた自身の能力も使わせてもらっちゃって。たしか『目で見た相手と同じ目的を持つ人形を作り出す』んだっけ。仕えているリシアちゃんを悪役にするの、抵抗あったんじゃないの?」

「構いません。お嬢様には必要でした、自分の遠慮や我慢といった壁を取り払って溜め込んだ気持ちを吐き出せる状況が。そしてそれを嘘や口先の言葉という壁を取り去った、本心で対応してくれる相手が。誘導に関してもお嬢様自体がある程度ぶつけたい感情を持ち得ていたので、進めやすかったと思います」

「いいな~私も人形作ってみたい。名前まだ無いんでしょ? 私がつけてあげよっか。目視による想偶像人形イマジネーション・アイ・ドールなんてどう?」

「私特有の力、私のみが扱える能力で問題ありません。目的に反していれば動きも鈍りますし」

「そう? いいと思ったんだけどな~。それにあなただけは、固有の力に当てはまるかどうか微妙じゃない?」

「そう答えなさいと言われておりますので。人形のスペックは一般男性の平均レベルで良かったはずですよね」

「ゆずはちゃん達にとっては危機的状況の初対戦相手として妥当な所じゃないかしら。彼女達の力も確認できたわ」

「ユズハさん達の髪飾りは本来こちらで貯蓄出来ない彼女達自身の力を維持するためのものですから。貯蓄している力の源は彼女達自身の身体ですし、貯蓄自体は少しずつですが一度貯蓄出来れば彼女達の身体に適応して離れることはないので、外しても力を失うことはありません」

「外して力を失ったら髪飾りの影響だとバレちゃうってのもあるからね。ゆずはちゃん達はあの髪飾りを小さい時からずっと身に付けてたし、何も問題無いんじゃないかしら。箕崎君に関しては私生活で彼が困らないよう抑えていたのに能力の片鱗が出始めてもいる」

「思考の中で奥底にある部分は嘘や誤魔化しが混じりますけど、マモルさんは読み取れているはずですから。彼女達に存在する力は他にも、悪意や私利私欲を生物無生物問わず感知し一瞬でエネルギー源を断って機能停止させます。これは彼女達の意思とは関係なく無意識に使用されるものですけど。悪意や私利私欲のある無生物とは、こちらでロボットなどと言う名称でしたね。そういった自立行動可能な機械や生物の使う悪意や私利私欲がこもった道具などを指しています。セリアさんの人形にもセリアさんに悪意があれば反応していたはずです。リシアさんが気絶した理由がマモルさんにもリシアさん自身にも備わっているこれの影響で、ユズハさんの意思で使用している力はこれを応用し、ある程度コントロール出来るようにしたものです」

「先ほど一瞬でと申しておりましたが、お嬢様が気絶するまで時間があり、その間お嬢様は普通に行動していたように思いますけど、どれほどの範囲に及ぶのですか?」

「一応確認したいんだけど、私がやりたいゆずはちゃん達とのスキンシップは大丈夫なの?」

 突然二人から同時に来た質問に、リリムは少し焦りながらも答えようと頑張りました。特にマドカさん、質問は前の質問が終わってからにしてほしいです。

「え、えっと、有効範囲は力の貯蓄が増える度彼女達を中心に拡大していきますが、少なくてもこの広場はすっぽり覆われてしまいます。それと、悪意や私利私欲があってもそれを所持者に実行しようとしない限りは反応しません。リシアさんにすぐ影響が出なかったのは、彼女自身に葛藤が存在したこともありますが、彼女が女性体で私達に近い存在だからですね。リシアさんが気絶したせいで、リリムがコントローラーをリシアさんの手から弾き飛ばして奪い取る準備の意味がなくなってしまいました。マドカさんの言う同性間のじゃれあいやふざけたり程度では大丈夫だと思いますが、ユズハさん達の嫌悪感も関係していることを気に留めておいてください。考えているという事実は心の中に存在するので自分自身に嘘ついてもダメですよ」

「ふ~ん、了解りょうかい。ゆずはちゃん達もそうだけど、より確かめたいのはやっぱり箕崎君かな。今までずっと見守ってきたしね」

「見守ってきただけですか?」

「ごめんなさい、全部ひっくるめてよ。極限状態の時だけじゃない。それ以外の時だって彼を導き、試してきたつもりだもの。まあ目的が無かったら箕崎君が女性ばかりの学校に入ることも無かったし、私と二人きりのアパートに来ることも、普通はないはずでしょう?」

「そうですね……」

「外因的に渡したユズハさん達と違ってマモルさんやリシアさんのように内因的に所持した目的の根幹を司るもう一人とマモルさんも、これから本格的に関わらせていく予定です。ただ、私達ではこういった心に関係する部分でしか力になれません。事故や災害、悪意や私利私欲が介入しない不意な物理現象や自然現象までは対応できないんです」

「十分じゃない。全く、水島流古武術なんてこちら側で通じそうな名前よく考えたものだわ。勝利した時の対応も勿論だけど、極限状態な敗北時の対応。強者になるべきか否か、私達は見極めないといけないわ。物理的に私達はおろか大部分の人が可能でも、精神的には難しいし、私はやりたくないもの。でももうちょっと箕崎君がその気になってくれたら、箕崎君に男を認識させられちゃうおねショタ展開が期待できたのにな~」

「お、おね……?」

「あはは……」

「悪くはないけどちょっと面倒でもあるか~。やっぱり自分自身が当事者になるより、サラダな男の子と女の子のラブコメをからかう方が何倍も面白いでしょ?」

「それには全面的に同意します!」

 円香さんの問いかけにリリムは少し身を乗り出し気味で目を輝かせながら頷きます。

「……やはりこのまま彼らには事情を話さずにいるのですか?」

「ええ。あの子達の夢がまだ無いことは何度か確認してるけど、もしかしたらあの子達の将来を多少なりとも、下手をすれば全部削っちゃうなんてことになるかもしれない……」

「今は力を得るからという理由でリリム達の望む行動をしてほしくないんです」

「箕崎君には意識せず、英雄に相応しくなってほしいからね――」

 マドカさんがそう言葉を漏らした後、少しの間静寂が漂いました。やはり、皆さんそれぞれ思うところがあるのでしょう。もちろんそれはリリムも同じです。

「ま、『あなた達の趣味を蔑みも流布もしないゆずはちゃん達みたいな男の子が学校に訪ねてくる』なんて情報だけわざわざ流す必要は無かったと今でも感じてるわ」

「反応を確認したかっただけかと」

「あの人なりの歓迎だったんですよ……」

「何かに役立てては来るんじゃない? とにかく、まずはセリアの望みであるリシアちゃんのことから解決に努めましょう。いずれ話す時も、謝る時も来るはずよ。他に話しておきたいこととかあるかしら?」

「あっ、報告があります。マモルさん、仮雇用体験で先生を辞めるそうです。真衛さんに何故自分が雇われたのか理由を聞かれてしまったので、真実に近いことも混ぜたもっともらしい嘘で誤魔化しておいたって言ってましたよ」

「あら、そうなの。正直そこまで箕崎君にやってもらおうと期待してなかったんだけど。私達の目的はまあ多少方法を修正すれば問題ないかな」

「何故でしょうか。何か不満が?」

「いいえ、たぶん箕崎君の真意は別にあるのよ。それはたぶん――」

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