第49話 Don't mind
「う~んっ、とりあえず今度こそ、一件落着かな?」
円香さんが伸びをしたと同時に、僕達の周りを包んでいた緊張感は一気に解かれた。ゆずはさん達も、それぞれ大きく息を吐きながらぺたりと座りこむ。
「さっ、私達も帰ろっ。乗ってきた自動車とってくるから、待っててね」
何度見ても心配になるほど生々しい傷なのに、円香さんは平然とした足取りで倉庫から出て左に曲がり、見えなくなった。
(とりあえず、大丈夫みたいだけど……)
僕は円香さんの容体を心配しながらも、ゆずはさん達と円香さんが自動車をとってくるまで待つことにした。
「ところで、ゆずはさん達どうして皆、あんなに強いのかな?」
僕の問いにゆずはさんと真実が答えてくれる。
「私達は、母から武術を学んだんですよ。」
「うん、みずしまりゅーこぶじゅつ……だったかな。こんな時なんて初めてだから、今まで使った事はなかったけど」
真実の言う通りだ。こんな体験そうそう巡り合えるものじゃない。出来れば体験せずに一生を過ごしたかった。
「と、とにかくみんなありがとう。助けに来たのに逆に助けられちゃったかな……」
「そんな事、ありません……」
「お兄ちゃん、かっこよかったもん」
「…………」
(このみちゃん……?)
ゆずはさんと真実が微笑む中、事態が落ち着いてから、何か言いにくそうなことを言おうとして、でも結局言い出せないような感じで何だかちらちらとこちらを見ながらも今まで沈黙していたこのみちゃん。
「あ、あの……」
だけどようやく決心を固めたからか、不安そうな表情を残しながらもその口を開く。
「真衛君、その……やっぱり私は、ついでだったよね? 姉さんや真実を助けたついで……」
「えっ……」
突然の問いに一瞬少し戸惑い、言葉を漏らしてしまった。
「っ……」
「っ……」
ゆずはさんと真実が悲しそうに見つめる中、このみちゃんは言葉を続ける。
「あはは、ごめんね。私、姉さんや真実のように、良い生徒じゃないもんね……」
うつむいていくこのみちゃん。僕はすぐに笑みを――いや、自然に口元が上がる。その質問になら、すぐに答えが出せたから。
「ううん、そんな事、考えた事も無いよ?」
それは今の僕の表情と同じ、意識しなくても、自然に口から紡ぎ出されるような、当たり前の答えだった。
「で、でも私、真衛君に一人にしてなんて言って……素直でいる事も出来なくて……」
涙目になりながら、どんどん自虐的になっていくこのみちゃん。
「ひっ……すん……」
僕は、このみちゃんにゆっくりと手を差し伸べる。こぼれた涙が雫となって僕の手に落ちてきた。
「っ……?」
そしてそれに気付いて僕を見上げるこのみちゃんに向かって僕が選んだ言葉。
「Don,t mind」
「えっ……?」
「これ、僕が初めて知った英語。えっと、『mind』って、【心】っていう意味もあるけど、【気にする】っていう意味もあって……。 だから、『Don,t mind』で、【気にしないで】。僕は気にしてない。ゆずはさんや真実と一緒で、このみちゃんも僕がここに来たかった理由の一つだよ……」
「……………………」
僕の言葉を聞いたこのみちゃんは少しの間無言で僕を見つめていたけど、やがて……、
「ぷっ……」
掌で口を覆い、笑いをこらえ始めた。
「えっ? あれ……何か間違ってたかな……?」
予想外の反応が返ってきたので、僕はこのみちゃんにそう問いかける。
「ふふふっ……ううん、何でもない。ありがとう、真衛君」
涙が混じったせいで少し震える声、そして指しこんでくる月夜の光で輝く微笑みと一緒に、このみちゃんはそう言った。このみちゃんが笑いをこらえた時点で何も無いわけはないのだろうけど、このみちゃんが笑ってくれたことに比べれば、気にしなくても良いくらいのことなのかなと思い直す。ふと、ゆずはさんはそんなこのみちゃんと僕を見て、真実の耳元でひそひそと何かささやいた。真実はそれを聞いてゆずはさんに頷く。
「あの、すみません、私ちょっと外で新鮮な空気を吸ってきます」
「ぼくも一緒に行くよ、ゆずはお姉ちゃん」
出て行く時に二人とも意味深な視線を送ってきたけど、僕にはその意図がさっぱりわからなかった。
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