第48話 僕だけの判断じゃ決められない
「なんだったんだろう……」
「う~ん……わかる? ゆずはお姉ちゃん」
「いえ、私にも……。ですが、あの方が言うには円香さんの容体、もう大丈夫みたいですけど……」
「……ん、あれ……?」
「っ、円香さん……」
「箕崎……くん? なんだか私、動けるみたいだね……生命力ゴキブリ並み?」
かっこ悪いけど、僕は涙の跡がついた顔で微笑んだ。張り詰めた糸を緩めると、また悲しみとは違う涙が出てきそうである。
「ゴキブリ以上でもいいです。二度と目を開けてくれないよりは、ずっと……」
「む、自分で言っておいてあれだけど、何だかあんまり嬉しくないなあ……。それにしても、子猫から女の子が出てきて助けられるなんて、未だに信じられないよ。助けてくれる理由も私には思い付かないし……」
円香さんはもう結構少なくなってきている桃色の粉を片手にすくいながら、もう片方の手でピンク色の子猫をなでる。気持ち良さそうな子猫も円香さんの手に擦り寄った。
「本当ですね。僕も理解が追いつきません……」
「まあいいよ。無事に助かったことには変わりないんだし、結果オーライっ。さっ、みんな帰ろう――って、言いたいところだけど――」
立ち上がった円香さんはそのまま言葉を切って、僕から目を離した。その視線が向かう先は、心に大きなショックを受けて、気絶した女の子。円香さんのことが原因で、すっかり頭から離れていた。僕も、ゆずはさんもこのみちゃんも真実も、円香さんに導かれるように顔をそちらに向ける。
「ん……んん……?」
ちょうど気絶から目覚めたみたいだ。僕達が見ていることを認識した瞬間――。
「っっ!」
まだ状態の把握に至っていないようなぼ~っとした表情は、一気に驚愕と恐怖のそれに変わった。座った状態のままで、必死に後ずさる。立ったほうが早いのに、それを考える余裕すら無いのか、それとも、腰が抜けて立てないのか。まあ、無理もないと思う。さっきまで敵対し、ナイフを突き立てまでした存在が、数人の仲間を引き連れてたった一人である自分を見ているのだ。僕達はどれ程の恐怖を与え、女の子を押しつぶそうとしているのだろう。
「……箕崎君」
「わかりました……」
僕はゆっくりと、リシアちゃんに歩み寄る。
「っ……いや、来ないで…………こない……で……」
リシアちゃんの後ずさりに合わせるように、僕は近づいていく。こんなに怯えた女の子の声を無視したことなんて、あっただろうか。
「真衛さん……」
「真衛君……」
「お兄ちゃん……」
ゆずはさん達の不安げな声も、僕の耳に届いてくる。
「こない……あ……」
ついにリシアちゃんは後ろの壁にぶつかった。僕との距離は少しずつ短くなり、ようやく目の前に辿り着く。円香さん達が待ちくたびれる程、長い時間だったかもしれない。今僕の眼前で涙ぐんでいる少女がどう思ったかはわからないけど、少なくても僕は、そう感じた。そのまま僕は彼女に手を伸ばす。
「っっっ!」
そして目をぎゅっとつむったリシアちゃんの――頭に手を置いた。そのまま手を左右に
動かす。撫でたリシアちゃんの髪は、とても心地よい感触だった。
「っ……え……?」
自分自身の感じる感覚に疑問を感じたのか、弱弱しく、意外そうな声をあげるリシアちゃん。
「気絶しちゃうくらいなら、こんなことしなければ良かったのに。それほど、追いつめられてたってことなのかな……?」
「?……??」
リシアちゃんはまだ事態がうまく呑み込めないらしく、表情がはっきりしないまま、僕に撫でられ続けていた。
「もう~、箕崎君はほんと、女の子に甘いんだから~」
リシアちゃんの疑問を解くためなのか、タイミングを計ったのか、円香さんが雰囲気を一瞬で変える快活な声でそう言った。そのまま僕とリシアちゃんに向かって歩いてくる。
「私、箕崎君を庇ってナイフ突き立てられたんだよ? もう少し怒ってくれるかと思ってたのにな~」
「すみません、僕はこういう解決しか出来なくて……。やっぱり、いけなかったですか?」
「むう……箕崎君にそうやって頼まれたら、嫌とは言えないよ~」
僕達の会話を聞いて、ゆずはさん達もやわらかな表情で小走りに近付いてきた。
「びっくりしたよ~。お兄ちゃんかた~い顔で近づいて行くんだもん」
「ほんと、少しお人好しすぎるとも思うよ真衛君」
「途中で気絶してしまいましたし、だいぶ無理をしていたんだと思います」
確かに怯えている女の子を責められないという気持ちもあるけれど、もしここで僕が逆転した立場を使ってリシアちゃんを責めたら、きっと彼女は心を閉ざしたままだ。それでは、僕が何のためにここに一人で乗り込んだかわからなくなってしまう。
「リシアちゃん、家はどこ? 一緒に帰ろう」
「あ……」
僕は撫でていた手を、微笑みと共にリシアちゃんの顔の前に――。
「あれだけのことをしたお嬢様に対し、何を咎めることなく許すとは、あなたには怒りというものが存在しないのですか?」
その声と共に僕の右手は止まる。足音と一緒に入口の方から聞こえてきたのは、透き通った無機質に近い女性の声。ゆずはさん達が臨戦態勢になったことを、僕は音と視野、雰囲気から感じ取った。
「質問の答えが聞きたいのです、争う気はありません。3対1では少し厳しいかもしれませんし、かよわい人質も取られていますから」
それを聞いたゆずはさん達は警戒したまま臨戦態勢をゆっくりと崩したようである。
「無いと言えば嘘になります。僕にしか用が無いのなら、出来ればゆずはさん達を巻きこんでほしくなかった。でも、僕がリシアちゃんのぶつけてくれた本心に影響を受けたように、リシアちゃんにも僕達の対応が伝わって、影響を受けてくれたと思うので、今回僕はそれで十分なんです。もっとも、僕だけの判断では決めることが出来ないんですけど――」
僕は顔を動かさず迷い無く答え、言葉の最後にゆずはさん達の方を向く。
「えっ? ええっと、ぼくはお兄ちゃん達と違って特に怪我とかもしてないし……」
「一番ひどい目に会った人の判断に従いますっ」
「もう二度と、このようなことが無いのであれば……」
ゆずはさん達の答えを聞いた後ゆっくりと振り向いた僕は初めて女性の姿を目視する。機敏に動きまわる事には適さない主に仕えるための見慣れない服装、いわゆるメイド服を身に纏った彼女は目を閉じ、再び口を開いた。
「――今は素直にその言葉に甘えさせていただきます。元々リシア様に行動をけしかけたのは私です。お嬢様の責めるのはお門違いなので、咎めるならどうぞ私を――と、言いたかったのですが……」
女性はゆずはさん達を見渡したけど、誰一人、口を動かす人はいなかった。女性は薄い笑みを浮かべる。
「お嬢様は私が連れて帰ります。度重なるご無礼、誠に申し訳ありませんでした。そしてお嬢様と私に許容の心を示してくれたことに感謝の意を。それでは」
メイドさんはリシアちゃんをお姫様だっこの要領で抱きかかえると、倉庫の入り口を通り過ぎ、夜闇へ消えていった。
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