第47話 この状況を想定してた訳じゃ決して……

「円香さんっ!!」

 体力が少し回復し、顔についている血を袖で拭った僕は、すぐに円香さんの下から抜け出し、円香さんを抱き起こした。

「…………」

「円香……さん……」

 一呼吸おいたゆずはさん達も駆け寄ってくる。円香さんは僕の声には答えてくれない。ナイフで背中を突き刺されれば、無理もない事はわかっていた。

「んっ、んん……」

「えっ……?」

「箕崎君……勝手に殺さないで……ほしいな……」

「円香さん!」

 円香さんは手をついて起き上がると、自分の力で立ち上がろうとした。

「どうやら、急所ははずれたみたいだね……っ!」

 しかし傷の具合からみても立ち上がれる状態ではない。今度は仰向けに倒れそうになる円香さんを受け止める。

「わかりました、わかりましたから。病院に行くまでしゃべらないで下さい。じゃべったら僕、円香さんのアパート出て行きます」

「それは……勘弁してほしいなぁ……。あと、もうしゃべらないから、今じゃべったのは、見逃してね……」

「はい。ありがとうございます、もう一度、目を開けてくれて……」

 僕の目から、今流したい雫が落ちていく。

「……馬鹿だなぁ、箕崎君は……。女の子の前で涙を流すなんて、かっこ悪いぞ……」

 結局しゃべっている事を、僕はもう気にしない。円香さんは微笑んで、僕の顔に軽く触れた。

「にゃ~ん」

「っ……」

「っ?」

「えっ?」

「ね、猫……?」

 鳴き声に気付くゆずはさん、真実、僕、そしてこのみちゃん。いつの間にか一匹の子猫が円香さんに近付き、頬を舐めている。・

「あっ、この子猫、前に私が助けた……」

 そう、その子猫は前、僕とこのみちゃんが瓦礫の中から助け、今日僕が頭をなでた、あの子猫。

「――皆さんの命が無事で何よりです。微力ですが、私もこの出来事が良き終幕として終わるための一片となりましょう」

「っ……」

「子猫が……」

「しゃべってる……?」

 突然子猫が柔らかな光に包まれると、毛並みがピンク色に染まり、子猫の上に女の子が表れた。桃色の光を放っている半透明な、でも確かに僕の目に映る女の子。

「っ……皆、上に浮かんでいる女の子、見えるかな……?」

 ゆずはさんも真実もこのみちゃんも、そろって頷く。女の子は微笑んでいるだけで、口を動かしているのは子猫の方だ。

「いろいろと説明しても良いのですが、それには時間が足りないのです。それよりも、今はマドカさんを助ける事が先決です。マモルさん、マドカさんをそこに置いて下さい」

 僕が子猫の言うとおりに円香さんを置くと、子猫もとい女の子は円香さんに近づいて、手をかざし目を閉じる。

 円香さんが桃色の光に包まれた。光る桃色の粒子が集まったみたいな感じのそれは、円香さんを中心にゆっくりと回っている。

「……これで、マドカさんはとりあえず安心です。マモルさん、マドカさんに刺さっているナイフ、抜いてください」

「っ、そんな事したら傷口が……」

「大丈夫です。抜かないと傷口が塞がりません」

 僕は恐る恐るナイフをつかむと、ゆっくり引き抜いていく。ナイフはすんなり抜け、抜いた所から血も出ない。

「マモルさんの傷は軽い方なのですぐ治りますよ」

 半透明な女の子が今度は僕の頬に触れると、円香さんよりは少ないピンク色の粒子が周りに浮かび、痛みがすっと無くなった。痛みがあった部分に触れてみても、傷の感触を感じない。

「えっ、えっと……君は、いったい……?」

「リリムは疲れてしまったので、もうこの姿をマモルさん達に見せているのも限界なのです。

 さっきも言ったように今は説明する時間がありませんけど、でもきっと、そのうちわかってくると思います」

「…………」

「それでは、この姿で会える時が来ることを。あっ、最後に一言だけ付け加えさせて下さい」

 女の子は僕達の中の一人に視線を向けた。

「二度も迷惑をかけてしまってごめんなさい、コノミさん」

「えっ……?」

 このみちゃんが戸惑う中、女の子は最後に申し訳なさそうな頬笑みを残しながら子猫の中に吸い込まれるように消えていく。

「にゃ~ん……」

 女の子を囲んでいた桃色の光が消えると、そこにはもうピンク色の子猫しかいなかった。

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