第46話 戒めが解かれたら――

「真衛……さん……」

「おにい……ちゃん……」

「いや……真衛くん……」

 真っ赤な鮮血は滴った。だけど、刺された感触が僕には無い――。僕が刺されたと思ってその光景を直視できず、目を背けているゆずはさん達の顔もはっきりと認識できる。

「あなた……誰……?」

「ふふっ、正義の味方、登場かな……」

 僕に覆いかぶさり、かわりにナイフの一撃を受けた女性。

「っ、真衛さん?」

「真衛君……?」

「お兄ちゃん……え? どういうこと?」

「……まど……か……さん?」

 荒い息を繰り返している円香さんは、声を出すのも辛そうなのに、僕に向かって口を開く。

「箕崎君……君があの時行ってきますって言わなかったのは……さっきの状況を……予想、してたから……?」

「っ……いえ、そんなことは……」

「嘘つき……箕崎君、私が覆いかぶさった時、悔しそうな顔してなかった……。この状況を全部受け入れるような、諦めた顔してた……。この女の子のために消えてもいいって、少なからず思ったんじゃないの……? 優しいのは箕崎君の一番良いところ。だけど……はあっ……あなたが思っている以上に、あなたの命には価値があるの。だから、もう自分が消えてもいいなんて思わないで……?」

 円香さんの表情は、微笑み。口元からは、赤い液体がゆっくりと口元を伝っていた。

「あ……ああ……いや……」

 ナイフを振り下ろしてしまい、半ば錯乱しているリシアちゃんに向かって、円香さんが口を開く。

「っ、はあっ……箕崎君には彼を大切に思ってくれる人がいるの。だから、あなたには殺させない……」

「ああ……あ……」

 リシアちゃんは真っ赤に染まった自分の両手を見た後、ふっと意識を失い、倒れてしまった。

 持っていた機械が、小さな音を立てて床に転がる。

「箕崎君……」

 円香さんはまだ懸命に口を動かしているけれど、小さくしか動かないその口から本来出てくるはずの声が僕の耳に届かない。もう円香さんに話させるわけにはいかないと、僕は思った。

(円香さん……)

 人の心を読む力。はっきり言えば、僕にはそれがある。だけど、僕はこの力をすごいとも、魅力的だとも思っていない。何故かと言えば、僕の力はとても弱いからだ。のだから。だけど――今は違う。

 その力を使い、僕は円香さんの言いたいことを読んでみた――。

【箕崎君、私のことはいいから、ゆずはちゃん達を解放してあげて……。リシアちゃんが持っていた端末を操作すれば、きっと――】

 僕は無意識に人間がかけているリミットを外すような気持ちで身体を動かして、円香さんの視線の先にある端末に手を伸ばす。表示されていた操作法通りに動かした途端、カシャンと音が鳴り、ゆずはさん達を縛っていた器具が外れた。

(みんなっ……はやく、逃げ……て……)

 最後のは言葉にならなかったけど、僕に出来ることはもう、そう願うことだけ。満足して目を閉じかけた時、満身創痍の中自分に出来ることをやり遂げた時のフィルターというものなのか、僕の瞳に映ったゆずはさん達は悪に整然と立ち向かう女神様の姿に、一瞬だけ重なったような気がした……。

(……………………?)

 僕は疑問を感じた。逃げるために必ず聞こえてくる音、走る足音がしなかったのだ。閉じた目を開けると、ゆずはさん達の姿はまだそこにある。見間違いでは無かった。ゆずはさん達は逃げるのでもなく、恐怖に震えるのでもなく、本当に整然とした後ろ姿を僕に晒して、堂々と目の前に立っていたのだから。

「まったく、これじゃあぼく達を完璧に助けた事にならないよ。助けるなら最後までかっこよく助けてほしかったな、お兄ちゃん」

「……ありがとう、真衛君」

「後は、私達に任せて下さい」

 振り向きながら話すゆずはさん達の声もしっかり聞こえる。勝てる訳がないと思った僕だけど、もうゆずはさん達に届くほどの声を出す気力は残っていなかった。

「…………」

 座っていた男の人の一人が立ち上がった。他の人達も立ち上がるところを見ると、どうやら彼らは簡単に僕達を帰すつもりはないらしい。

「このみさん、真実さん、準備はいいですか?」

「こういう時では使った事ないけど」

「お兄ちゃんが作ってくれたチャンス、無駄には出来ないよ」

 ゆずはさんの言葉に真実とこのみちゃんが頷く。ゆずはさんはゆっくりと奴らに近づいていった。

 戦う構えをとる男性の一人に対してゆずはさんは歩くスピードを変えず、その横を通り過ぎながら相手の肩に手を添える。その途端、

「……!?」

 驚愕の表情が見て取れた。ゆずはさんの行動に戸惑っていた男の人はひざから崩れ落ち、力が抜けたみたいに倒れたのだ。僕は何が起こったか理解できない。

 奴らがゆずはさんに気を取られていると、今度はこのみちゃんが走りながら奴らに近づいていく。

 仲間の一人がこのみちゃんに気づいて殴りかかってきたけど、このみちゃんは相手の服をつかんで、

「ふっっ!」

 足を払ったのだろうか。まるで重力を無視したかのように、このみちゃんは相手を宙に浮かせた。相手はそのまま地面に叩きつけられる。他の仲間も動揺した表情を隠せずにいる。

「前だけ見てていいのかな」

 いつの間にか真実が倉庫内の物を踏み台に天井高く跳んでいて、

「だあああっっ!」

 落ちてくる勢いも利用したキックが彼らの一人に突き刺さる。

「み、皆は……いったい……?」

 かすれかけた声だけど、何とか出てくれた。ゆずはさん達は相手を捉えたまま、僕の問いに返事を返す。

「私達……ですか?」

「私達は」

「普通の女の子だよ」

 真実が僕の方に少しだけ振り向いてくれた。僕は思い出す。昨日真実が言っていたこのみちゃんを守るという言葉は、決して根拠のない無邪気なだけのものでは無かったのだ。奴らは僕の時と同じように一斉に襲い掛かってくる。だけど今回は、僕の時と同じ結末にはならなかった。

「動きが大振り過ぎますよ……」

 ゆずはさんは相手の攻撃を軽々とかわしながら、やっぱり相手の肩に手を置いただけで相手を倒している。

「やっぱり、男の人はちょっと重いかな……」

 このみちゃんは相手を投げる時、周りの人達も巻き込んでいた。

「はっ! だあっ!」

 真実は一人ひとり確実に突きや蹴りを食らわせている。手が空いた時、即座に周りを見渡しゆずはさんの背後から忍び寄る相手へのフォローも忘れない。お互いの死角を補い合うようにゆずはさん達が背中合わせで纏まった時、戦っていた一人がゆずはさん達に背を向けて走り出した。その瞬間、他の人達も倒れた仲間を引き連れながら後を追っていったのだった……。

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