第44話 漆黒は片鱗から降りかかる

 時は夕刻から夜、場所は薄暗い倉庫。ここで、ゆずはさん達はずっと待っててくれていた。

「ごめん、遅くなっちゃって……」

「謝る必要なんてありません……」

「遅いよ、お兄ちゃん……」

「真衛君……」

 ゆずはさん達が無事で安堵した僕は、ゆっくりと、そこにいる、もう一人の、ゆずはさん達とは雰囲気が違う女の子を見つめる。

「リシアちゃん……」

 冷たい目、視線を合わせる中、僕はそう感じた。単に場所の、雰囲気の違いだけだろうか。初めて会った会社ではまだ残っていた緩み、余裕と言ったものが、今の彼女からは微塵も感じられなかったのだ。彼女に向けて出た第一声は、月並みな一言。

「リシアちゃん、どうして……」

「どうして……?」

 リシアちゃんは僕の言葉を一度繰り返すと、一旦俯く。そして、再び淡々と話し出す。

「その言葉、私をさらに怒らせるのには十分ね」

「っ……」

「答えてあげる。あなた達が、行った行動で気持ちを、苦しみの度合いを測るからよっ!! どれだけ大きなものを胸に秘めていたって誰も気づかない、関わらない! 結果が起こってから注目するわ、たとえそれが取り返しのつかないことでもね。あなた達優等生も、そこら辺にいる大人達だってみんなそう! どこにでもいる人である限り、私に……私の心に無関心じゃないっ!!」

「リシアちゃん……」

「私のことに関するおしゃべりはここまでよ。私は今、あなたに敵対している。私を敵とみなさなきゃ、あなたはそのまま傷つくだけ。さああなた達、あいつを適度に痛めつけてあげなさい」

 リシアちゃんの掛け声で倉庫の中にあったコンテナや荷物の隙間から、何人もの男の人が現れる。全員たぶん僕と同じくらいの年だろう。

「……」

 出てきた人数は見まわした目測から十人から二十人くらい。人数差から、僕が無事に立っていられることなんて無いに等しいかもしれない。怖れが無いわけじゃない。だけど、僕の目的を少しでも達成できるチャンスがあるなら、続くなら、その可能性をゼロにする気は無い。

「……話を聞かせてほしいんだ、リシアちゃん」

 僕は真っ直ぐ、リシアちゃんを見つめる。

「っ、どうするっていうの……? まさか、この人達を倒す……なんてこと、言わないわよね?」

 リシアちゃんが戸惑う言葉を発する中、一人が僕に向かってきた。

「お兄ちゃんっ!」

 真実が思わず声を出す。

「っっ!」

 僕は相手の拳を左腕で衝撃を与え受け流し、思いっきり右ストレートを打ち込んだ。僕の拳はお腹を直撃する。

「っっ……」

 彼はそのままうつ伏せに倒れた。

「っ!?」

 リシアちゃんが驚愕に目を見開く。

 今度は後から続く二人が襲いかかってきた。僕は一人目の鉄パイプを受け止める。もちろん直撃を受けたわけじゃない。振りかぶられたバットの持ち手の部分に手を添えて受け、勢いを止めたのだ。持ち手の部分には力があまり加わらないという円香さんの一見無駄なような知識が、まさか役に立つ時が来るとは思わなかった。暇な時にダミーブックを読んでいて知り得た知識らしくて、僕はその時必要無さそうと言ったのだけど、円香さん曰く『とりあえず頭の片隅に入れておく知識は知らずに何も出来ない状況での選択肢くらいにはなる』とのこと。他にも色々教えてくれた中の一つだったので、円香さんには感謝しなければならない。なおも鉄パイプを動かそうとしている相手の鳩尾を狙って拳を放つ。

 さすがに少し感じた罪悪感を苦笑いという表情に表わしながら相手が倒れる音を聞くと共に二人目。

「っ!」

 いきなりだったので避けるには時間が足りず、真面目な表情に切り替えるくらいが精いっぱいだった。押し倒され、首に手をかけようとする相手が見えた僕はすかさず顎を引く。もみ合いになりながら相手が首を絞めることに集中している間、僕は自分から見て最も右側、相手の左足に密着するように右足を、足と足の間に左足を置くように意識し、それを成し遂げた。相手が重心を僕の首がある前方へかけているうちに、相手がもみ合いの結果起こった偶然だと思っているうちに、僕は相手の服をつかんで引っ張り、右足を軸にして左足を上げ、右側に体勢を崩させる。

 さすがに綺麗な回転はしなかったけれど、相手は僕の隣にバランスを崩した状態で倒れた。

 相手が体勢を立て直す前に 僕は起き上がり、相手の脇腹に重い一撃を見舞う。

 襲い掛かってきた人達は三人共、僕とまだ襲い掛かってきていない人達の足元に倒れ伏した。

「はあ、はあ……ふう……」

「真衛……さん……?」

「真衛君……。あれ、真衛君……だよね……?」

「お兄ちゃん、いつものイメージと全然違う……」

 元々自分にパワーが無い方だとは思っていなかった。だけど、今はいつも以上に力が発揮できている気がする。今までやってみたことがなかったのでわからないけど、僕にそこまでの力があっただろうか。

「くっ……何してるのっ!? 一人ずつで駄目なら全員で一気に行きなさい!」

 リシアちゃんがそう言うと、彼らは一斉に襲い掛かってきた。

「っ、これはちょっと……っっ!」

 目は追いつくけれど、意識は相手の行動を認識しているけれど、僕の身体は、それに対応して動いてくれない。さすがに避けきれず、受け止めきれず、僕は完全にサンドバッグ状態になってしまった。彼らの手が、足が、武器が、僕の身体の動きを鈍くしていく。

「ぐっ! くっ、う……」

「お兄ちゃん!」

「真衛君!」

「真衛さん!」

(ゆずはさん……このみちゃん……真実…………)

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