第43話 彼の声を、何より早く

「では、私が少し周辺の様子を見てきます」

「お願いね、セリア」

「はい。後のことはよろしくお願いします、お嬢様。それと、皆さん」

 会話が聞こえる――そこでやっと、私は自分が目を閉じていることに気付いた。

「ん……ここは?」

「あら、やっと目が覚めたみたいね。どう? 今の気分は」

 目を開けると、前に見たことがある派手な衣装を着た一人の女の子が私を見降ろしていた。私は足を折り曲げて座っていて、辺りを見回すと、鉄材やコンテナなどが乱雑に置かれている薄暗い場所。どうやらここは倉庫の中らしい。

「っ!? 真実っ! 姉さんっ!」

 横を見ると、真実と姉さんが、両手両足をリング状のもので纏められ、目を閉じていた。すぐに駆け寄ろうとしたけど、身体が動かない。自分の姿を見てみると、姉さん達とまったく同じ状態。

「安心しなさい。あなたの姉妹二人は気を失っているだけ」

「っ、あなた達は、いったい何者?」

「そんな事、あなたに言う必要は無いわ。私達はあなた達の先生に用があるの。あいつが来ればあなた達にこれ以上危害を加えないつもりよ」

「先生……ま、真衛君の事っ!?」

「ふふっ、先生と言われて家庭教師の方を言うなんて、よっぽど身近にいたみたいね……」

 女の子が不敵な笑みと共に、私達を一瞥した。

「真衛君が何をしたっていうのっ! それに、あなたどうみても私達と同じくらいの年じゃない、どうしてこんなことするのっ!?」

 彼女は決して友好的とはいえない眼差しを私に向け続けている。

「あいつは私にとって邪魔な存在なの。あいつが入ってきたせいで……。理由といえばそれだけよ」

「っ、つまり真衛君は、ただそこで働いてるってだけなんでしょ? そんなの逆恨みじゃないっ! 邪魔だからなんて理由で、真衛君を傷つける権利があなたにあるのっ!?」

「っっ……」

 私の言葉に女の子のきつそうな目は一瞬さらに鋭くなったけど、すぐにそれを元に戻した。

「口だけならいくらでも開かせてあげるわ。あなた達を拘束しているそれは特別製で、私の持ってる端末を操作しないとチェーンソーでも切れない特別仕様、口以外は足掻くだけ無駄よ」

「くっ……」

 どうする、どうすればいい? この器具のせいで手足が自由に動かせないし、端末だって、ここから動けなければどうすることも出来ない。このままだと、真衛君に危険が迫る。ただでさえ女の子みたいな顔付きだし、争いごとに慣れて無さそう

なのに――

「う、ううん……」

「っ――私は……」

「真実! 姉さん!」

「そっちのお二人もお目覚めのようね」

「っ! こ、これは……?」

「何でぼく達縛られてるの?」

 真実の疑問に、私は厳かに真実を伝えた。

「私達、真衛君を呼び出す人質になっちゃったみたい」

「わ、私達のせいで、真衛さんが……?」

「っ、誰だか知らないけれど、今すぐぼく達を放してよっ!」

 真実と女の子の視線が交わる。静かな雰囲気を纏う彼女と、それを見返す真実。

「おとなしくしていた方がいいわ。あなたたちはそこで、あいつが来るのを指をくわえて待っていればいいのよ。箕崎真衛はまだかしら?」

 女の子が自分の携帯電話で時間を確認したのを見て、私は叫ぶ。

「待って! 真衛君は姉さんと真実が信頼する先生だし、姉さんと真実は、真衛君にとってかけがえのない生徒なのっ。真衛君と姉さん達には、何もしないで……」

「? その口ぶりだと、まるで自分はあいつにとって大切じゃないってことみたいだけど?」

「っ……」

 認めたくは無かった。誰かに話したくだってなかった。こんなことになるなんて予想もつかなかったから、今日謝ればいいと楽観的に考えていた。逆を言えば、私はまだ真衛君に謝ってもいないし、一人にしてなんて言って突き放しさえした。本当はすぐに謝る勇気が持てなかったからだけど、真衛君にはきっと、そんなふうに受け取られている。そう、真衛君を突き放した今の私は、姉さんや真実ほど真衛君が救いたい存在なわけじゃない――私はきゅっと唇をかみ締める。

「このみさん……」

「お姉ちゃん……」

辛さに共感するような声を漏らす姉さんと真実。

「私も……私も同じ気持ちです! 私一人の犠牲で、真衛さんと、妹二人が助かるのであれば……」

「っ姉さん……」

「ぼくだって、お姉ちゃん達が助かるなら!」

「真実……。二人ともありがとう。だけど、もういいよ。二人が助かれば、真衛君もここに来なくてよくなるかもしれないし……」

「そんな事はありません、真衛さんは、たとえ捕まったのがこのみさん一人でも、必ず助けに来るはずです」

「っ……」

 思わず私の口からは、疑問や不安が入り混じった声が漏れていた。

「本当? そうかな……? 真衛君、いつも心の中に何か秘めているように見えるんだもん。話したい。真衛君ともう一度、素直に話したいよ……」

 非日常でなければ言葉に出来なかったかもしれない。顔をうつむけたせいで溢れていた涙が頬を伝う。

「このみさん、その涙は何ですか?」

「えっ……?」

「その涙は、真衛さんへの気持ちが溢れた故……私は真衛さんが、このみさんの気持ちを汲み取れていないとはどうしても思えません。認識の違いは、些細な出来事の差でしかないと思います。どうか私を信じて、真衛さんを信じていただけませんか?」

「っ……そうだね。姉さんがそこまで言うなら、待ってみようかな」

 勿論、不安が完全に消え去った訳じゃない。でも、普段物静かな姉さんが言うはっきりとした言葉は、私の心にある靄のほとんどを晴れさせてくれるには十分だった。

「……さっきも言ったけど、あなた達は箕崎真衛を呼び寄せるために連れてきたのであって、別にあなた達をどうにかしようとする気も意味も無いの。あなた達では、あいつの身代わりにはなれないわ。それにしても、どうしてそんなにあいつを信じているのかがわからない。あなた達って、昔からずっと一緒だったわけじゃないんでしょ?」

 わかってもらえるとは思っていない。むしろわかって欲しくなどない。この気持ちは、私達だけのもの。

「確かに、真衛君とは長い時間過ごしてきたわけじゃない。だけど私は、真衛君の優しさがすごく嬉しかった」

「真衛さんと過ごした日々は、私達にとってかけがえの無いものでした……」

「お兄ちゃんは、リボンをとってくれて、傷の手当てしてくれて……ぼくにとって、本当のお兄ちゃんみたいだった!」

「人が傷つくのだって嫌なのに、そんな、他人とは思えない人が傷ついていくのを、黙って見ていられる訳無いじゃないっっ!」

「っっ……」

 女の子は、私達の剣幕に一瞬押され、そして――。

「――どうして……?」

 直後に彼女の奥にしまってあった感情が、爆発したみたいだった。

「どうして、あなた達にはそんなふうに信頼できる人がいるのに、私のお父さんとお母さんは、私を見捨てたの!?」

「……」

「っ……」

「えっ……?」

 今まで冷静だった彼女が感情的に発したのは、悲痛の言葉。

「あなた達は、あいつのためにそんなに悲しめて、あいつと一緒にいて幸せな気持ちになれて……。私は……私は両親が期待を向けてくれなくなったあの日から、笑顔を捨てなくちゃいけなかった! 捨てたくなくても、そんな余裕が私には無かった! どうしてあいつには大切なものが沢山あって、私は失わないといけないの? 私は箕崎真衛が憎い! あいつの幸せな顔を、同じ居場所の中で見ているだけで、すごく苦しいの! だから、私はあいつを……」

「……」

「……」

「……」

 きっと姉さんも、真実も、言葉が出てこなかったと思う。もちろん、私も。

「すん……取り乱したみたいね。あなた達に見苦しい姿を見せたこと、謝るわ。さて、もうそろそろ夜になりそうな時間だけど――」

 女の子がそうつぶやいた、そんな時――。

「――みー……」

「っ!」

「――はさーん……」

「今、確かに声が……」

「このみちゃーん!」

「ま、真衛君っ!?」

「噂をすれば……ね」

「真衛さん!」

「真衛君!」

「お兄ちゃん!」

「な、何とか間に合ったのかな……」

 私達の目に、今一番会いたい存在が映った瞬間だった。

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