第40話 バスを待つ少女は記憶の中で微笑む

 結局さんざん迷っても一人では結論を出せなくて、それでも悩み続けながら僕は待ち合わせ場所であるバス停前へと足を進める。お腹は――すいてない。いや、空腹を通り越しているのかもしれなかった。朝食、昼食共に食べていないのだから。

 リシアちゃんの目的は僕だ。選択肢は二つ。一人で行くか、それとも誰かの助けを借りるかという事。こうして迷っている間にも、ゆずはさん達の安全が確認出来ない時間は長くなっていく。

 落ち着いて考えてみれば、円香さんにこのことを本当に伝えてもいいのかという疑問も湧いてきた。円香さんは全くの無関係な訳だし、話せばこの問題に巻き込むことになるかもしれないのだから。

「っ……」

 顔を上げると、目の前に小道が見えた。そこはゆずはさんと出会ったバス停の近く、僕があの時曲がった小道だった。僕は小走りで曲がり角に向かい、曲がった先の小道を覗いてみる。そこには確かにあのバス停があって、僕の記憶の中では、そこでゆずはさんがくすりと笑っていた。しかしそれは現実のバス停を再び見ると同時に消えてしまう。あの笑顔をもう一度見たいと、僕は心から思う。もちろん、このみちゃんや真実の笑顔も。そのためには――。

「だ~れだっ」

「っ!?」

 突然目の前が暗くなった。特有の言い方、声色、顔に触れられた感触ですぐに状況を飲み込んだ僕は、伝えにくいもう一つの感触について訴える。

「円香さん、その、胸があたって……」

「あら? 箕崎君ってば胸の感触で私のこと判断したの?」

「ちっ違います! とりあえず手を放してくださ――」

 ぐ~っ……

「あっ……」

 円香さんと会って緊張が少しほぐれたのか、僕のお腹が初めて空腹を示した。

「箕崎君、お腹すいてるんだ」

「い、いえ、僕は大丈夫です。今はそんな場合じゃむぐっ!?」

 視界を戻され、話しながら円香さんの方向を向いた僕の口が突然塞がれる。驚いた僕の口にはちょうど買ってきたばかりなのか温かいチーズバーガーが押し込まれていた。

「チーズ、嫌いじゃなかったよね?」

 押し込まれたチーズバーガーのせいで話せない僕は首を縦に振る事で円香さんの問いに答える。

「そっか、良かった」

 押し込んでから聞くのが円香さんらしい。僕は話せるようになるためにもチーズバーガーを急いで食べ終えた。

「あの、円香さん……」

「よっと」

 僕の言葉を聞いているのかいないのか、円香さんは二~三歩あるき、車道と歩道を分けるブロックの上に飛び乗ると、くるっと僕の方にターンした。

「わっとっとっ……」

 その瞬間、バランスを崩す円香さん。

「わっ、ちょっ、危なっ……」

 僕はとっさに円香さんに駆け寄ると、どうやっても戻せそうに無いところまでバランスを崩してしまい、倒れる円香さんを受け止めた。お姫様だっこになってしまったことはこの際気にしないでおく。

「話してほしいな」

「えっ……」

 見た目より結構軽い円香さん。髪からは女性特有の良い香りがした。

「お腹が空いてるのもそっちのけって事は、よっぽど大事なことなんでしょ?」

「っ、はい……」

「だったら、アパートの管理人なんかやってる私でも少しは力になりたいなって思って。それとも、私じゃなんの力にもなれない? 箕崎君にとって、私ってお荷物?」

「いっ、いえ、そんなこと……。ただ、ちょっと事態が深刻で、円香さんにも、迷惑になると思いますし……」

 言い淀む僕。円香さんはすぐに言葉を返さない。誰も通らないバス停前で流れる、少しの静寂。

「場所、変えよっか、箕崎君」

 話し方は全然変わらなかったけど、自然と円香さんの雰囲気がなんとなく変わった事に気付き、僕は一瞬驚いた。

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