第41話 泣いていた女の子に呼ばれたい呼び方

「着いたよ」

「ここって……」

 中心に立つ大木、そしてそれを囲むようにきれいに並べられている大木の子供のような木々は、ここが少し特別な場所だと僕に語りかけてくるようである。ここで一人の女の子が泣いていた。僕が、その涙を止めることが出来た。女の子の名前は――真実。

 ここは真実と初めて出会った、中心に大きな木がある広場だった。遊具など、遊ぶためのものは何も無い。

「ここに来た事があるの?」

「えっ……」

 見ると、円香さんが僕を下から覗き込んでいる。

「あっ、はい。初めてゆずはさん達の家に行く途中で……」

「ふ~ん、そうなんだ。せっかく箕崎君を少し驚かせようと思ったのになあ……」

 顔を上げた円香さんは一番大きな木の方向に視線を向けながら、残念そうに呟いた。

「まあそんなことよりも、話聞かせて? 迷惑なんて水臭いよ箕崎君、私達はもう少し間に隙間が無い関係だって思ってたんだけど、箕崎君が違うんだったら、私の方からお願いしたいかな。箕崎君だからお願いできる、私にもっと、迷惑かけて下さいって。だめ?」

 再び僕の方に向き直りながらそう言ってくれる円香さんの言葉が純粋に嬉しい。

「えっと、もしかして円香さんが僕にその……僕がため息をつくくらい関わってくれてたのって――」

 言いきる前に円香さんの拳が僕のおでこに優しくぶつかった。

「さすがに考えすぎだよ、箕崎君」


            〇 〇 〇


「ふむすん、それで自分一人で行くかどうか、迷ってるんだ」

 前に真実の傷を手当てした、ここに唯一あるベンチに腰を下ろし、僕は円香さんに話を聞いてもらっている。

「随分、落ち着いてるんですね。僕はてっきり、迷ってる暇なんてないとか言われて、最悪ひっぱたかれる事も覚悟していたんですけど……」

「むっ、箕崎君は私をそんな人だと思ってたの?」

「えっ、いっ、いえ、そんな……」

「ふふふっ、相手の目的は箕崎君でしょ? 時間指定とかもしてないみたいだし、連絡もなしにめったなことはしないはず。ここで私が箕崎君をひっぱたいたって何にもならないよ。私には、今の箕崎君も冷静に見えるけど?」

 地図に目を通しながら言葉だけをこちらに向けてくる円香さん。どうやら動揺しすぎて何も出来ない僕が、円香さんには冷静に見えるらしい。

「っ……僕は今、冷静なんかじゃありません。結局どちらも選べなくて、ただ迷っているだけですから……」

「…………」

 円香さんがうつむいている僕を無言で見つめていることが、視界の中から確認できた。

「ふう……」

 地図を見終えたのか円香さんは小さく息を吐き、そして――。

「ねえ箕崎君、今回本当に、一人で行かなくて後悔しない?」

「えっ……?」

「箕崎君は動揺していて気付かなかったかもしれないけど、箕崎君の話した内容の中で、一つ引っかかったの」

「?」

「だって箕崎君、実行した人を知っていたでしょ?」

「は、はい。リシアちゃんっていう女の子で……僕も彼女のことをあまり深く知っている訳ではありませんけど、どうしてこんなことを――正体を晒す意味だって――っ!」

「気付いた? 人質がいるから安心してるのか、そのリシアちゃんって子がすごくアホの子属性だっていう考え方も出来なくは無いけど、私だったら、何か他の意図を考えるかな。例えば……他ならぬリシアちゃん自身が箕崎君に聞いてほしい、訴えたいことがあるとか」

「円香さん、それって……」

「箕崎君、これはあなたへの挑戦状なんじゃない?。そう考えると、ゆずはちゃん達を連れ去ったのは箕崎君だけを呼び出すため、逃がさないための目的だって結論、あんまり間違ってはないと思うな。さて、箕崎君は選ぶことが出来るよ。深くは知らない子のあまりに強引な意思を汲み取るか、汲み取らないか」

「……」

 リシアちゃんの気持ち。その表わし方はすごく不器用で、向こう見ずだと僕には思えた。だけど、その不器用なりに解き放った気持ちの、目的の真実を僕は知りたい。安全な所で守られながらでは決して見せてくれない心の奥の存在。それは僕がリシアちゃんの立場だったらと考えると、より実感することが出来た。

「……ありがとうございます、円香さん。僕、いきます。円香さんに相談できて、良かったです」

 僕は広場を飛び出した。地図を正確に判断して間違えないように一歩一歩、ゆずはさん達が助けを求めている場所へ走っていった。

(ゆずはさん、このみちゃん、真実……)


            ◇ ◇ ◇


 私はもぐもぐと昼食か夕食かわからないチーズバーガーを食べると、小さなため息をつく。

「自動車、とりあえず持ってるんだけどな~。さて、私ももっともらしい台詞で無謀にも箕崎君を一人で向かわせた責任取りにいかないと。箕崎君がいないと心荘に私一人ぼっちになっちゃうし、誰も心荘の家賃払ってくれなくて私の収入無くなっちゃうし」

 そこで最後の一口になったチーズバーガーを口の中に押し込み、飲み込んだ。

「何より、箕崎君にはまだまだかっこいいままでいてもらいたいし……」

 私はベンチから立ち上がると、車を取りに行くためにこの綺麗な広場を後にした。

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