第35話 決意を再び胸に固め

 爆弾発言。ゆずはさんの言葉はこの四文字にしっかりと当てはまった。

「あの、えっと……それは、いったい?」

「それは、その……」

 その時、僕のポケットに入っていた携帯電話が震える。僕の反応を見たゆずはさんの視線はそこに移った。

「お願いします、理由は聞かないで頂けますか?」

「ま、待ってよ姉さんっ! まだ会って間もない人をいきなり家に泊めるだなんてそんなこと……」

 僕が携帯電話を開いてみると、一通のメールが届いている。その送り主は、今僕の目の前にいる人。ゆずはさんが携帯を触っていたのはさっきまでだったから、時間差があったということは、タイマー予約の機能でも使っていたのだろうか。

[やはり明るいうちはこのみさんと二人で自然に話すことが難しそうなので、夜にゆっくり話してみてください。今の真衛さんや真実さんの反応は演技ではありませんし、真衛さんの携帯がマナーモードなのを確認してなるべくこの一連の動作をこのみさんに見られないように配慮したので、このみさんも疑わないはずです。後は私に上手く話を合わせてくれませんか? 真実さんにもこのことを伝えて下さい]

 メールにはこう書かれていた。僕から見て斜め前にいるこのみちゃんがさらに前にいるゆずはさんに注目しているので、このみちゃんから僕はちょうど死角になっている。

(っ……そっか。ありがとうございます、ゆずはさん)

 きっと今までの間このことを考えてくれていたのだろう。そこにはただ僕とこのみちゃんの関係の回復を願うゆずはさんがいる。当然何も知らず、反対するこのみちゃんを諭すように話すゆずはさん。僕は後ろにいる真実にそっと携帯を手渡した。

「真衛さんは私達のためにわざわざ雅坂学園に行ってくれたことだってありましたし、夕食だって一緒に食べましたよ?」

「でも……」

「う、うん。お兄ちゃんなら大歓迎だよ」

 受け取った携帯のメールを読んで僕に返した真実も戸惑いながら賛成してくれた。

「真実まで……」

「ちょっと驚いちゃったけど、ぼくもゆずはお姉ちゃんに賛成かな。無いとは思うけど、もしお姉ちゃんが危ない目に会いそうになったらぼくが守ってあげる。ゆずはお姉ちゃんもいるし、少なくても二人がかりならなんとかなるよ。ねっ、良いでしょ?」

 無邪気な真実にそう言われ、このみちゃんはしばらく考え込んでいたが、僕をちらっと見ると――。

「……しょうがないなぁ」

 ゆずはさんと真実のお願いを断り切れなかったのか、そう言ってくれた。僕と同時にゆずはさんと真実も微笑む。

「それで、えっと……真衛さんのお返事は……」

「っ、あ、う~ん……ゆ、ゆずはさんがそこまで言ってくれるなら、お世話になっちゃおうかな……」

「ありがとうございます。それでは、夕食の準備をしますね」

「あ、僕も手伝います」

 ゆずはさんはキッチンに向かい、僕もそれについていく。しかし元々コンビニ常用者。夕食だって円香さんに作ってもらっている僕だ。

「うわっ! 魚が……」

 魚を焦がし、

「あっ、たまねぎが……」

 たまねぎを落とし、

「っ! 食器が……」

 食器を割り、料理に惨敗した。

「あ、あう……あう……」

「こ、今度はきっと大丈夫ですよ……」

 ゆずはさんは苦笑いと共にそう言ってくれるけれど……。

「いえ、おとなしく居間で待ってます……」

 結局ゆずはさんに迷惑だけかけて居間に戻ってきてしまった。

「あっ! お兄ちゃん料理できた? あれ、どうしたの? そんなに落ち込んで……」

「あ、あはは……」

 正直今だけはそっとしておいて欲しい。僕は真実に苦笑いを返して――ふと気づいた。

「っ、このみちゃんは?」

「…………」

 僕の疑問に真実は一瞬悲しそうな顔で戸惑った後――。

「――自分の部屋に行っちゃったよ。今日は夕ごはん、いらないって……」

「っ、そっか……」

 やっぱりそう簡単に、僕とこのみちゃんの溝は埋まらないらしかった。


            〇 〇 〇


 しばらくしてゆずはさんが料理を持って居間へとやってきた。僕は待っている間円香さんに連絡を済ませておいた訳だけど、当然のごとく内容を聞いた円香さんに電話越しからからかいと質問攻め、追加でわざとらしい誤解があったので、今の真面目な気持ちに水を差されたくない僕は伝えたい用件だけ伝えて早々に話を切り上げさせてもらった。それでも円香さんは必要だろうからと着替えを持ってきてくれたので、そのことについては感謝しなければならない。結局真意を知らせないまでも、円香さんには迷惑をかけてしまっている。

 今夜の献立は鍋らしい。魚を僕が焦がしてしまい、ゆずはさんが急遽メニューを変えてくれたようだ。

「そうですか……。それなら仕方ありません、私達だけで頂きましょう」

 同じ話を真実から聞いたゆずはさんは、そう言いながらテーブルの中心に鍋を置く。

「いただきます……」

「いただきます」

「いただきまーす……」

 挨拶の掛け声も弱いまま、僕達は箸を取った。

「っ、ゆずはさん、このお鍋、とってもおいしいです」

「うん、いつも通りおいしいよ、ゆずはお姉ちゃん」

「ありがとうございます」

 料理の感想をゆずはさんに述べながら、僕達は箸を動かしていく。

「…………」

「…………」

「…………」

 だけどそれ以上、会話が続かなかった。

 前にも一度、僕は水島家でご飯を食べたことがある。その時にいた女の子が今いないだけで、こんなにも、ゆずはさんや真実の表情が違う。

 やっぱりこのみちゃんは、この中にいないといけない。今までこの中にいたこのみちゃんがいなくなって、かわりにその原因となった僕が入るなんて、おこがましいにも程がある。仲直りするきっかけを作るために僕を家に泊めてくれたゆずはさんの為にも、純粋に仲直りを願っている真実の為にも、僕は僕の出来ることを精一杯やってみよう。そう再度心に決めて、僕は自分の器のスープを一口飲んだ。


            〇 〇 〇


「うわ~うう、お腹いっぱいだよぅ……」

 夕御飯が終わり、そう言いながらごろりと横になる真実――前の夕食の時に盛り付けたご飯の量はもっと多かったし、お代わりもしていたけれど。

「ゆずはさん、すごくおいしかったです。すみません、前といい、夕食までご馳走になってしまって……」

 ゆずはさんは答えとして、ただ微笑みを返してくれた。

「さてと、そろそろお風呂に入ろっかな。ねえねえ、お兄ちゃんは僕が一緒に入ろうよって言ったらどうする?」

「っ、か、からかわないで早くお風呂に行く」

「えへへっ、お兄ちゃんのえっち~」

 真実はそんな言葉を残しながら、お風呂場に向かっていった。同時にゆずはさんも立ち上がる。

 どうしたのかなと思っていると、しばらくしてゆずはさんが戻ってきた。

「このみさん、そろそろこちら側が気になっているようですし、今なら二人きりで話せると思います」

 どうやらこのみちゃんの様子を見てきてくれたらしい。僕が作った問題なのに、最後までゆずはさんには迷惑のかけっぱなしだった。

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