第34話 目的を知らなければ驚くのも無理はない

 水島家玄関を開けると、ちょうど真実が二階から降りてきて、居間へと向かう途中だった。

「あれ、お兄ちゃん? えっと、今日はたしか……」

「うん、本当は僕が来る日じゃないんだけど、少しでも早くこのみちゃんと仲直りしたくて……。迷惑だった?」

「う、ううんっ、ぼくは全然大丈夫だよっ。お兄ちゃんが遊びに来てくれて嬉しいもん」

 真実がそう言い終わった後、台所からゆずはさん。

「ゆずはさん……」

「真衛さん……歓迎します。どうぞ中に」

 僕はゆずはさんに迎えられ、居間への扉を開ける。今日から僕は勉強を教える日以外にも、水島家に訪れることにしたのだ。このみちゃんも、ずっと部屋にこもっているわけではないことを聞いていたし、今日は僕が来ることを知らないはずだから、きっと居間にいるはず。また部屋に行ってしまうかもしれないけれど、駄目で元々。もしこれで駄目なら迷惑をかけてしまうが円香さんよりも先に勉強の能率のことも問題になる山口さんに相談してみないといけないだろう。

「っ、真衛君……」

「このみちゃん……」

 僕の予想通り、そこにはこのみちゃんがいた。しばらくの沈黙。このみちゃんは一瞬戸惑っていたけど、すぐに表情を元に戻す。いや、多少無理に微笑んでいるという方が正しいだろうか。

「姉さんや真実と遊びに来たんでしょ? 私のことは気にしないで、中に入って?」

「っ……」

 やはり、その言葉からこのみちゃんとの大きな溝を感じずにはいられなかった。覚悟していたとはいえ僕はそのことに少し落胆しながらも、居間の中に入る。とりあえず、すぐに部屋へと行く気はこのみちゃんにも無いようだ。

 さて、これからどうしよう。逐一このみちゃんのことを見ていたら、さすがに不審がられるだろうし。そんなことを考えながら居間の中を見まわしていると、真実が手持ちサイズよりは少し大きい長方形の物体を手に持ちながら僕の前にやってくる。

「お兄ちゃん、ゲームしよっ」

 ゲームなら、沈んでいる気持ちの気分転換にもなるだろう。真実の誘いを、僕が断る理由もなかった。


            〇 〇 〇


 誰しも楽しいことをしているうちは時間の流れが速く感じるもので、ふと携帯電話を見ると、もうすぐ夜になろうとしていた。真実とゲームを楽しんでいるうちも、時々このみちゃんの様子を見ていたのだけれど、このみちゃんはいたって普通に過ごしていた。当然、僕とは一言も話してくれない。今日水島家に来てからここまでの間に僕が出来たことと言えば、ゲームと途中で来たゆずはさんの心配してくれているメールに返事をしたことくらいだった。

 とにかくもう夜も遅くなるし、ゲームもキリが良いところだから今日はこのくらいで帰ることにしよう。そう思って僕は立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」

「そっか……お兄ちゃん、じゃあね」

「うん、それじゃあ」

 僕は三人を見回す。真実はあいかわらず子供っぽい、だけど寂しそうな笑顔を僕に向けていて、このみちゃんは僕の方を見向きもしない。ゆずはさんは――。

「?」

 僕は首をかしげてゆずはさんを見た。たった今自分の携帯を閉じたゆずはさんは、開きかけた口を閉じたり、おどおどしながらせわしなく目を動かしたり、何か言いにくそうな事を言おうとしている様子がある。ゆずはさんは少しの間そうしていたが、やがて決意を固めたのか、顔は真っ赤だけどしっかりと瞳を僕に向けた。

「あっ、あの……真衛さん、今日は私達の家に……泊まっていきませんか?」

 ―――――――――――えっ?

「!?」

「えええええええええええっっ!?」

 真実の声が響いた水島家居間の午後だった。

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