第31話 ここにいない彼女の気持ちを考える

「それで、いったいどうしたの? お姉ちゃんの声はちょっと聞こえてきたけど……」

「えっと、実は……」

 僕はさっきの出来事を二人に話す。

「そんなことがあったんだ……確かに、ちょっと不可解だよね、お姉ちゃんの行動」

「この家には私達しか住んでいませんし、真衛さんみたいな関係の人でなければあんまり家の奥に入ることもありませんので、扉を閉め忘れる事が多いんですよ……」

「すみません、ゆずはさん……」

「っ……」

 ゆずはさんは咄嗟に口に手を当てた。

「あっ、あの、別に真衛さんを責めている訳ではありませんから……」

 ゆずはさんはやんわりとフォローを入れてくれたけれど、要するに僕がもう少し考えて行動すれば良かっただけの話なのだ。

「きっと条件反射だったんですよ。声を上げてしまってから、冷静になれたんだと思います。

 このみさんはしっかりしていてとても明るい女の子なのですが、そんなふうに少し不器用なところがありますので……」

 ゆずはさんの言葉に、真実も頷く。

「昨日ぼく、お姉ちゃんの日記見ようとしたら怒られちゃった、あはは……。でもその時ね、日記ちょっとだけ見えたんだ。僕の言葉がそのまま書いてあった訳じゃないけど、優しい先生が来てくれて良かったって。これからどんな生活になるんだろう、ワクワクするよって。そういったこと、書いてあった……」

「このみさんも優しく接してくれる真衛さんが来てくれて嬉しいはずです。もちろん、私達も。ですから、その……何とか仲直りしてもらえませんか?」

 ゆずはさんは僕にそう頼んできた。これだけで、ゆずはさんがどれほど妹思いのお姉さんなのかがわかる。同様に、真実やこのみちゃんだって、姉妹をゆずはさんと同じくらい大切に思っているはずだ。ゆずはさんに言われてさらにその気持ちが強まったけど、そんなこのみちゃんが優しくないなんて、僕には思えなかった。

「もちろんそのつもりです。でも、その、やっぱりきっかけがないと……」

 このまま無理にこのみちゃんと話して、余計関係が壊れるのはなんとしても避けたい。

「そうですね……何か良い方法があると良いのですが……」

 その後ゆずはさんと真実も考え込んでしまったので、そこで会話はぷっつりと途切れる。しばらくそうやって考え込んでいると、ふいに真実が口を開いた。

「ねえお兄ちゃん、電話番号交換しない?」

「っ……」

「?……」

 突然そんなことを言い出した真実。当然僕もゆずはさんも、真実の意図をつかめないでいる。

「ここで下を向いていても良い考えが浮かぶとは限らないし、気分も重くなっちゃう一方だよ。今日はこれくらいにして、後で誰かが良いアイデアを考え付いたら、お互いに連絡しあうってことでいいんじゃないかな? 一人で出来る方法なら問題ないけど、協力が必要なら、情報を共有してすぐに動けるようになる。お兄ちゃんが正式に僕達の先生になった時に不便だからたぶん誰かは交換すると思うし、良い機会だと思うんだ」

 確かにここでじっとしている時間としては、少々長い時間が過ぎてしまったかもしれない。

「だからお兄ちゃん、ね?」

 嬉々として携帯電話を取り出して僕に向ける真実に僕も行動で応える。携帯から特有の音が鳴った。

「それじゃあ、次はゆずはお姉ちゃんの番だよ」

 真実との番号交換を終えた僕はゆずはさんの方に視線を向ける。ゆずはさんは携帯を両手に持っていたけど、中々僕の携帯の前には出してくれなかった。

「あ、あの……ゆずはさん? やっぱり嫌でしたら、その……」

「あっ、ちっ、違いますっ。その……異性の方と連絡先を交換するのは、初めてなので……」

「っ……」

 言われて気がついた。暗い雰囲気のせいで今まで気づかなかったけど、今僕は女の子と連絡先を交換しようとしているのだ。そのことを意識しだしたら、急に恥ずかしさが込み上げてくる。

「…………」

「…………」

「もう、お兄ちゃんもゆずはお姉ちゃんも、いったい何のために連絡先交換するの?」

 真実の一言で僕もゆずはさんも本来の目的を思い出す。確かに今回の連絡先交換はこのみちゃんとの関係修復という目的があってすることだ。何も恥ずかしがる必要はないだろう。

「そ、そうですね。で、では真衛さん、お願いします」

 再び特有の音が鳴り、僕とゆずはさんの連絡先交換も完了した。

「うん、これで一応ぼく達の交換は完了っと。それで、えっと……お姉ちゃんの番号はどうする? お姉ちゃんにも伝えれば、電話でならもしかして……」

 このみちゃんの電話番号。真実やゆずはさんなら知っているだろうから、今訊くことも出来る。だけど――、

「ううん、このみちゃんの知らないところで番号を訊くのはやっぱり気が引けるし、きちんと仲直りしてから教えてもらうよ」

 本当は今、ゆずはさんか真実にこのみちゃんからの返事を訊いてきてもらうという方法もあるだろう。だけど正直言って、僕は今のこのみちゃんの返事が怖かった。今の状態なら、とても頷いてはくれそうにない。

「そっか……」

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、真実が言ったのはそれだけ、ゆずはさんも何も言わない。

 結局この日は、僕がこの後このみちゃんの姿を見ることはなかった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る