第32話 意味を失った言葉と別れの重さ
「…………」
「………………」
「あの、お兄ちゃん。ここがちょっと分からないんだけど……」
「えっ? ああ、ここはね……」
このみちゃんの涙を見てから数日が過ぎた今日、水島家居間はとても気まずい。一応このみちゃんも参加してくれたけど、ただもくもくと問題集をこなすばかりだ。そんな気まずい空気に影響されて、ゆずはさんも真実も、質問をするときくらいしか、口を開かない。このみちゃんと少しでも話すきっかけをつかもうと、悩んでいるところを教えてあげようとすると――。
「…………」
ゆっくりと合った目線をそらされてしまった。
僕は早くこの気まずい状況から抜け出したいと思いつつ時計を確認すると、終了時間十分前。今日はここらへんできりあげることにしようと考えてテキストを閉じる。
「今日はこれでおしまい。長居するのも迷惑だし、そろそろ帰るよ」
ゆずはさん達もテキストを閉じ始め、僕も帰るための準備を始めようとしていたその時、
「真衛君……」
「っ……」
今までずっと口を開かなかったこのみちゃんが、急に僕へと話しかけてくれたのだ。今日は一言も話せないかなと思っていたのでいきなり話しかけられた僕は一瞬戸惑う。
「……………………」
しかしその後の言葉はしばらく待ってもこのみちゃんの口から出てこなかった。
「え、えっと……」
今のこのみちゃんなら僕と何気ない会話をしようとは考えていないだろう。やはりさっき悩んでいた問題についてのことだろうか。そう考えた僕はこの沈んだ空気でこのみちゃんが言いにくいのかなとも考え、なるべく雰囲気が明るくなるように努めて先にその話題を持ち出す。
「や、やっぱりさっきの問題について、聞きたかった――」
「もう私に、勉強教えてくれなくていいから……」
僕の言葉が、話している合間にその意味を失った――――。
「このみさん……?」
「お姉……ちゃん……?」
俯いたこのみちゃんの、静かな言葉。
「――の……かな……」
すでに話す意味すら持たなくなった言葉が、僕の口から漏れていく。
「私もう、真衛君と一緒に勉強出来ない……」
「――あ、あのっ、このみさん。この前の出来事は、別に真衛さんにも悪意があったわけでは……」
「そ、そうだよ。お兄ちゃんだって――」
「そんなの、わかってる。この前のことは、別に怒ってない」
「だ、だったら……」
「これは、全部私のわがままだから……。だから真衛君、もう、私に関わらないで……」
「このみちゃん……」
「……さよなら、真衛君……」
このみちゃんはそう言って、二階への階段を上って行く。僕にはその言葉が、この日の別れに対してだけ言っているものだとは、とても思えなかった……。
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