たとえ仮だとしても、トビラ分の隙間を見過ごせない

第29話 僕はどんな未来を目指すのだろう

 雅坂学園の騒動から数日が過ぎて、春休みもそろそろ終わりに近づいている。

雅坂学園でリシアちゃんの事情を聞いてきたこと、それを山口さんに報告しなければならないので、今日は会社に顔を出そうとしている僕。

「こんにちは。どうだい? 生徒達との関係は」

「はい、とっても良好だと思います。今のところは、何も問題ありません。それと……リシアちゃんのこと、把握してきました」

「そうか……済まないな、君に余計な気づかいまでさせて……」

「いえ、僕も山口さんの……リシアちゃんの力に少しでもなりたいって思いますから」

「っ、ありがとう、真衛君。それで、話は変わるんだけど……」

「っ、はい、何ですか?」

 山口さんが少し表情を曇らせながら変えた話題について話し始める。

「えっと、真衛君は、将来の夢……みたいなものがあるのかな?」

「っ……」

 唐突に聞かれた質問に、僕は戸惑った。

「えっ、えっと……」

「ああ、済まない。別にあることを求めている訳ではないんだ。君の正直な気持ちを聞かせてほしい。まだ見つかっていなければ将来の夢なんて立派なものでなくてもいいんだけど……」

 将来の夢……正直にいえば、僕にはまだ定まっていないものだ。円香さんにも何回か冗談めかして聞かれたことがある。『箕崎君は将来の夢とか、そういうのはないの~?』なんて。あまり真剣に考えたことが無かったから、今まであまり変わり映えのしない学校生活を送ってきていた。今山口さんに関わってここに立っているきっかけだって、自分の意思で選んできたものとは言えないだろう。やはり、そろそろ考えなければならないことなのだろうか。とにかく山口さんの言葉もあるし、ここは円香さんの時と同じ感じで答えようと思った。

「……ありません。その、今の日常をこなすことに精いっぱいと言うか……まだ見つけられていないんです。ごめんなさい」

「いやいや、謝らなくても大丈夫だよ。学生の君がそうなのは良く分かるし、僕も君がまだ将来を決めて動くには早いと思っているから」

 山口さんは両手を前に出しながらそう言った後、表情を元に戻して話を続ける。

「だけど、もし余裕がある時があれば、大人になるまでには、ほんのちょっとした目標くらいは持っておくことをお勧めするよ。もちろん、あまり立派なことで無くてもいい、それこそ、おいしいものをたくさん食べたいだとか、色々なゲームをやりたいだとかね。真衛君の学生生活は真衛君に、学校で勉強して、色々なことを身につけて、卒業するという目標を与えているから、真衛君はそれを走っていけるんだ。でも大人になったら、どう生きるかは自分で選択していくことになる。その時に何も目標が無かったら、まずやる気を維持するのが困難になるし、学生生活よりも何倍も長い時間生きるうちに必ずこの自問自答にぶつかるとも僕は思うよ、『自分は何のために生きているのか』ってね」

「…………」

 その時の僕を見る山口さんは、どこか複雑な心境が入り混じった目をしていた。

「ちなみに僕の目標はこの会社で森下社長を助けること。社長の右腕になっている僕は、今の仕事を誇りに思っているよ」

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