第28話 おんなじ年でも、お兄ちゃんと呼びたい

 真実から話したいことがあると言われ、僕と真実は今水島家玄関の外側にいる。ゆずはさんとこのみちゃんには家に入ってもらい、円香さんからは案の定からかわれたので帰ってもらった。

「それで、話したいことって……?」

「うん、実はその、お兄ちゃんの呼び方に関係するんだけど……」

「っ、えっと、ごめん。本当は呼び捨てされるの、嫌だった……?」

「えっ、う、ううん、そうじゃないよ? それでいいって言ったのぼくの方からだし、別に我慢してたわけじゃないから。話したいのは、ぼくがお兄ちゃんを呼ぶときの話っていうか……」

 僕がいつも感じでいるイメージと違って、少し顔を下に向けながらしおらしく話す真実。兄妹でもないのに兄と呼ばれることに多少違和感はあったけど、決して不満があるわけではない。違和感自体は真実も感じていただろうから、呼び方を変えたいということだろうか。その顔には不安が見え隠れしているように思えた。

「初めてお兄ちゃんに出会ったとき、お兄ちゃんの名前知らなかったり、ほかの良い呼び方が思いつかなかったりしたから、今までそう呼んでた。お兄ちゃんの方から言われないと、変えるタイミングとかもちょっぴり言い出しにくいから……」

 そう言いながら恥ずかしそうにはにかむ真実の不安を和らげようと、僕も言葉を返す。

「うん。僕も特に嫌ってわけじゃなかったけど、真実が変えたいなら――」

「ううん、今も思いついてないんだよ。他にしっくりくる呼び方……」

「えっ……?」

「だ、だからね、その、呼び方が変じゃなくなるように……」

 言い淀んだ真実は、目線だけ斜め上の僕に向けておずおずと再び口を開いた。

「ぼくのお兄ちゃんになること、受け入れてくれないかな……?」

「っ……………………」

 言葉に詰まる。しばらく続いた静寂に耐えられなくなったのか、僕が沈黙を壊す前に真実が焦りながらもう一度話し始めた。

「あっ、えっと、本当のお兄ちゃんにってわけじゃないよ? 何かしてほしいってわけでもなくてその……ぼく、二人のお姉ちゃんしかいないし、お兄ちゃんってどんな感じなんだろうなってのもあるから、呼び方を変えなくていいように、受け入れてほしいっていうか……」

 ちょっぴり早口になって、語尾の声量が小さくなる真実の感情に共感を覚える。大き目の頼みごとを相手が了承してくれるかどうか。それは僕自身も結構経験してきたことであるし、それを消し去ることが出来るのならば、なるべく早く安心させてあげたい。僕は微笑みと共に、真実の期待しているであろう言葉を話していった。

「僕には兄妹がいないし、本当の兄妹ってどういうものかわからないけど、それでも構わないなら」

「ほ、ほんと……?」

 真実が訊く確認の問いに僕が軽く頷くと、真実の顔がぱあっと明るくなった。

「よかった~。断られたらどうしようって思ってた」

 真実の安堵した表情を確認した後、今度は僕から話を切り出す。

「……せっかくの機会だから僕からも聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「えっ……? う、うん、何? お兄ちゃん」

「真実と初めて会ったあの時、どうして泣いていたのかな……?」

「っ……」

 別に絶対聞いておかなくてはならないことではなかった。でも僕が心の片隅で、ずっとひっかかっていたこと。

「最初はリボンが取れなくて、小さい子が泣いているんだって思ってた。でも真実は僕と同じ年だし、体育も得意だって言ってたよね。あのくらいの高さに引っかかっていたリボンなら自分でも取れたはず。泣いていたのは、何か別の理由があるんじゃないかな」

「…………」

 僕は無言の真実にこれ以上プレッシャーをかけないよう、言葉を続ける。

「話せないことなら、無理に聞き出したりしないけど……」

「……大丈夫だよ」

 そう言った真実は、ゆっくりと理由を話し始めた。

「このリボン、お母さんからもらったんだ。こっちの髪を纏めてるリングはお父さんから。お母さんはえっと、たんしんふにんちゅう? 離れて暮らしてるけど、お父さんはぼく達が物心つく前、お母さんは生まれてからそんなに経たないうちにって言ってたかな、もう会えなくなっちゃったって言われてる。このリングは、お父さんからたった一つのプレゼントだって、お母さんから渡されたんだ」

「っ……ごめん、小さい時の嫌な記憶、思い出させちゃって」

「気にしないでいいよ。お母さんから聞かされてるだけで、そもそもその時を覚えてもいないから。それでね、お兄ちゃんと出会った場所はお母さんが小さい時によく連れて行ってくれてたところなの。そこで結びなおそうとしたリボンが風に飛ばされちゃって、幸い木に引っかかってくれたんだけど、風に揺られるお母さんがくれたリボンを見てたら、お母さんもいつか簡単にいなくなっちゃうんじゃないかって、ちょっぴりそんな気がして……あはは、変だよね、何にも関係ないのに。その時溢れてきた涙をこすってたら声をかけてきたのが、お兄ちゃんだった」

「そっか……」

「お兄ちゃんはぼくのこと幼い女の子だって思ってたみたいだったし、すごく恥ずかしかったから、お兄ちゃんが持ってる印象のまま別れたの。まさかその時は、またすぐに出会うなんて思ってなかったから……。ちょっと後ろめたくてぼくからは口に出せなかったけど、いつか触れられるかなって思ってたんだ……その、ごめんね?」

「ううん、謝られるようなことじゃなかったから。話してくれてありがとう、真実」

「お兄ちゃん……えへへ、こちらこそ今日は時間作ってくれてありがと。それじゃあ、ぼくは家の中に入るから。またね、お兄ちゃん」

 僕は真実に軽く手を振り、玄関の扉を開け水島家の中に入る真実を見送る。これから帰ったらたぶん円香さんのからかいをまた受けなければいけないけれど、それも含めてこの平穏な日々が続くことを願いながら、僕は帰り道をゆっくりと歩き出した――。

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