第27話 勇気を出せない自分がもどかしい

 派手な格好をした女の子を見送る真衛君。私は屋台の向かい、真衛君達が座っているのとは距離が屋台の広さ分くらい離れているもう一つのベンチに腰掛けると、横にテイクアウト用の容器に入った四つのカップアイスを置いてもう一度真衛君達に目を向ける。あの女の子のおかげで真衛君におごってもらったことをネタに再び何か特別な関係じゃないかと絡まれてしまった状況から無事解放されたわけだけど、一体何者なのだろうか。真衛君は彼女を真面目な表情で見ていた。一言も話さずその場を立ち去った彼女の反応や表情から見ても、あまり友好的な関係には見えなかったように思える。私の知らない真衛君。出会って日も浅いしお互いに知らないところがあるのは当然だけど、私が抱える悩みの解決がまた一歩遠くなったような気がした。

「はぁ……」

「ど~しったのっ」

 隣に座ってきたのはさっきまで絡まれていた私をにやにやとした顔をして面白がっていた女の人。

「円香さん……でしたっけ」

「そうよ。このみちゃんが誰かに話を聞いてほしい~って感じのため息を漏らしていたみたいだから、ここで気付けるのは私しかいないかな~って思って。何のため息? あっち側のベンチに座るスペースがなくて、ハブられちゃったからとか?」

「…………」

 円香さんが見当違いな憶測を堂々と述べるので、私は口の中のアイスが完全に溶け終わるのを感じながら否定の言葉を口にする。

「別にそんなこと思ってませんし、私が困ってる状況を面白がる人なんかに相談することもありません」

「あらら気に障っちゃった? まあそのことについては謝るから。ごめんっ、これでいい?」

 いまいち反省しているのか判断しかねる態度だけど、その部分を追及するほど怒っているわけでもない。それに彼女は私より真衛君のことを理解しているのだ。このまま一人で抱え続けるくらいなら、話してみる価値があると思った。

「その、真衛君のことなんですけど……」

「あら~? 私になんか相談出来ないんじゃなかったの?」

「……じゃあいいですっ」

「嘘うそっ、このみ様のお悩みきかせてくだしあ~っ」

 やっぱり話すのは考え直した方がいいだろうか。どうも素直に好意が持てない人だ。

「……さっき円香さんが仲間外れにされてるって言ってましたけど、あながち間違いじゃないかもです」

「えっ?」

「あっ、でも別に真衛君や姉さん達が悪いわけじゃないんですけど……」

 私は悩みの詳細を語りだした。


            〇 〇 〇


「……ふんふん、つまり箕崎君との距離感がつかめないと」

「姉さんや真実はもう問題なく打ち解けてると思うんです。今まで私達姉妹が作って来た輪の中に真衛君が入って来て、勿論それが悪い訳じゃない。でも、その輪の中で私だけ一人置いて行かれている気がして……。真衛君の言葉も優しいんですけど、私、ぎこちないっていうか、今まで姉さんや真実みたいに真衛君と上手く接してきた自信がないから、もしかしたらそれが姉さんや真実と違った他人行儀の優しさなんじゃないかって、余計に距離を感じてしまって……」

「まあそういうのって人それぞれだからね、誰かの真似は出来ないか。でも、随分とかわいらしい悩みを抱えてたんだ。ぷぷぷのぷー」

「なっ……!」

 口に手を当てにやにやしながら頬を少し膨らませた円香さん。その態度に思わず怒鳴りたくなるくらいだったけれど、真衛君や姉さん達が声の聞こえる距離にいたことを考慮し何とかこらえて本来テイクアウト用のアイスに手を付ける。

「いい加減にして下さいっ、人が真面目に話してるのに。相談して損しましたっ」

「怒った? ごめんねこんなことするのが私なの。でも考えてみて、箕崎君はこんな私でも受け入れてくれてるよ?」

「えっ……?」

「私よりこのみちゃんの方が真面目で良い子だって見ている限りではそう思うし、気にしなくても良いと思うけどな~。自分が傷つきたくなくて、ある程度彼を導けるように少し上の立場を保ちたかった不器用さも伝わってくるし」

「っ……バカにしてます? バカにしてますよねっ?」

「ふふっ、図星だったの? 言い当てられたのは私の何かが秀でていたわけじゃないわ、あなたの行動の意図が分かりやすかっただけ」

「っっ…………」

 保護者としてとかなんか色々理由をつけられて訊かれたからアイスを食べにくるに至った訳を話したけれど、この時初めて私は口を滑らせたのだと自覚した。

「まあでも、誰かと同じ魅力で競い合おうとしなくてもいいんじゃない? このみちゃんにはこのみちゃんの魅力があるって箕崎君も理解してると私は思うし、他人行儀だなんて杞憂、心配しすぎだって。まあ、一番よく知ってるのは箕崎君自身だから、どうしても100%の答えを知りたいなら直接本人に訊くしかないけど」

「私の……魅力?」

「だ~めっ。知ったらあなたはどうしても意識しちゃってぎこちなくなるし、魅力が半減しちゃうから。いつも通りのこのみちゃんでいいのっ、何かは知らずに、今のこのみちゃんに良いところがあるってことだけをわかっていれば、ね?」

「……私も、真衛君と話そうとは思ってました」

「あらそう? それなら行動してみればいいじゃない、決心がついた時にさ。箕崎君は私のように、笑ったりしないんじゃないかな」

 ――正直今の言葉に勇気づけられたことは私の中で確かなことだった。でも、何だか素直に認めたくない。上手く誘導されたような丸め込まれたような気持ちで、円香さんの方も向きたくない。

「……一応相談には乗ってくれたので、お礼を言っておきます。ありがとうございました」

「一応か~、まあいっか。頑張んなさいな少女らしく。視野の狭さから来る初々しさは、女の子の特権よっ。さて、アイスが溶けちゃうからそろそろ戻ったほうがいいんじゃない? おいしかったから追加でテイクアウトしていこっかな」

 円香さんは屋台に歩いて行ったので、私は真衛君や姉さん達が座るベンチへと向かう。私が近づくにつれて話していた三人も私に気づいてくれたようだ。

「っ、お姉ちゃんそろそろ帰らない?」

「うん。真衛君その……ごちそうさま」

「あはは、二人からも言われたけど、少し恥ずかしいかな……」

 ほんのりと赤く染めた頬をかき、苦笑いを返す真衛君。いつ伝えようか。今でも別に構わないけど姉さん達が見ているので恥ずかしさから決心がちょっぴり揺らぐ。やっぱり帰り際、歩いてる時にでも――

「あっ、このみちゃん、真実が僕と話したいことがあるって言ってるんだけど……」

「っ……」

「だから、皆で一緒にこのみちゃん達の家に帰った後、ゆずはさんと先に家に入ってて欲しいんだ。いいかな?」

「お姉ちゃん達と一緒だとちょっぴり恥ずかしいから……お願い、お姉ちゃん」

 ――大丈夫、別に急ぐ必要なんてない。

「……そう、なんだ。わかった、ゆっくり話してきて」

「わーいっ、ありがと、お姉ちゃん」

 真実はそう言うと立ち上がり、真衛君の腕を軽くひっぱって一緒に歩き出す。

「うらやましいな……」

「このみさん?」

「ううん、何でもない。円香さんもアイス買い終えたみたいだし、私達も行こう、姉さん」

 疑問符を浮かべる姉さんと一緒に、私は真衛君と真実の背中を見ながらその後ろをついていった――。

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