第26話 刺すような視線は闇纏う

 このみちゃんに連れられてやってきたのは雅坂学園方面の歩いていける距離にあるフラワーガーデン。少し肌寒さが残る今、何色も咲き乱れる景色とはいかないけれど、花が咲く光景を想像すれば思わず足を止めてしまうくらいの広さを持っている。屋台があるのは入り口から直線上、入園する前から見つけられる場所だった。

「こんにちは」

「およ? このみはん。いらっしゃい~」

「まだまだ寒さが残ってますけど、お客さん来ます? 私は嬉しいんですけど……」

「今売っとるのはクリームタイプなアイスやし、案外売れとうよ。このみはんの他には、主に雅坂学園の生徒はんがお得意様やね。流石にテイクアウトする人がほとんどやけど」

 このみちゃんと親しげに話す僕からしてみれば特徴的な話し方の店員さんは眉をハの字に下げた微笑みをこのみちゃんに返すと、僕達のほうに目を向けた。

「今日はずいぶんと大人数やな、ゆずははんと真実はんと……こちらのお二人はんは?」

「えっと、真衛君と、円香さんです」

「よろしゅう。この話し方、実はエセなんやけどかんにんしてな~」

 僕は店員さんに軽く一礼。すると店員さんはニヤニヤした表情で再度このみちゃんに話しかける。

「それでこのみはん、一つ聞きたいんやけど……」

「違います」

「まだ何も言うてへんやんか~」

「言いたいことが理解出来たので答えたんです。要件が終わらないので注文言ってもいいですか?」

「もう、今日のこのみはんはいけずやわ~」

 じと~っとした目を店員さんに向けるこのみちゃんに苦笑いを向けながらも、僕は自分から注文を言い始めた。


            〇 〇 〇


「ん~このあったかい口の中でとろけて甘さが広がっていく感じ。お姉ちゃんほど夢中にはなれないけど、やっぱりお菓子やアイスは女の子にとって必要不可欠なものだよね~」

 片方の手でソフトクリームを持ち、もう片方の手で頬を包み込む仕草をする真実と、真実とは違ってカップアイスを簡素なプラスチックのスプーンで口に運ぶゆずはさん。ゆずはさんの表情にも少しだけどアイスのおいしさが表れているように感じた。屋台の近くにあるベンチに腰掛け、僕は二人の間でジェラートタイプのアイスを食べている。

 このみちゃんは再び店員さんに絡まれていた。僕が支払いを済ませた時から再び店員さんの表情が変化してたけれど、いったい何を話しているのだろう。

「おいしいね、お兄ちゃん」

 かけられた声に反応して頷く僕。向いた方向にいる真実がまたソフトクリームを食べ始めると、今まで真実を広い視野で認識していた視線がクリームのついた口元に移る。話題に出そうと思っていた矢先、クリームは真実によって舐め取られた。

「真衛さん、その、食べないんですか?」

「えっ、あっ……だっ、大丈夫です」

 少しの間視線も体勢も変えずにいたことをゆずはさんに不思議がられたようで、僕が返事を返すとゆずはさんは微笑み、カップアイスを一口分スプーンですくう。すくわれたアイスがゆっくりとゆずはさんの小さく開かれた口の中に入っていく光景にも、僕は意識を向けてしまっていた。食べ方ひとつとっても、ゆずはさんの上品さは失われていない。

「っ、真衛さん、もしかして口についています?」

 咄嗟に口へ手を当てるゆずはさん。僕の身体もびくりと反応してしまう。

「いっ、いやっ、その、み、見間違いかも……です」

 焦りと共に顔が赤くなる。意識しないように一旦ベンチから離れた方がいいのかなと思ったその時――

「っ……」

 車通りの少ないこの辺りには似つかわしくない音を響かせ、一台の車が入り口付近に停まった。黒塗りで長めの車体からは高級感が感じられ、開いたドアからは所々白が混じった黒中心のドレスを身にまとった人がこちらに歩いてくる。円香さんから教えられたから知っている、所謂ゴスロリチックなそのドレスに負けず劣らない派手な薔薇の装飾があしらわれた真っ黒の傘をさしながら。身長はそれほど高くないけど、俯きがちなことも相まって近づきがたい雰囲気を放っていた。

「うわ~すごい目立つ服だね~……」

 横にいた真実が僕やゆずはさんに聞こえるくらいの小さな声で感想を漏らす。そして僕たちの目の前を通り過ぎる時に、その人の、その女の子の顔が確認できた。

(リ、リシアちゃん……?)

 最初は顔を見ても、誰だかわからない見知らぬ人だと思っていた。でも決してマスクをしている等で隠している訳じゃないから顔全体を見ればわかる。目が合った彼女も僕のことを箕崎真衛だと認識し、一瞬驚いた表情の後すぐにその整った目つきを鋭く変化させる。

「っ――」

 気圧された僕を見てから合わせた視線を外し、向かったのはアイスクリームの屋台。

「い、いらっしゃい~……ませ」

 店員さんも動揺している。側にいたこのみちゃんも気まずそうな中、リシアちゃんは淡々と注文を伝えているようだ。やがてリシアちゃんはアイスを受け取ると、僕達の真向かいにあるベンチに腰を下ろし、アイスを食べ始める。一口目を食べた時に少し緩んだような気がするこちらへの視線も、それ以降はとても好意的と捉えることは出来なかった。

「ね、ねえお兄ちゃん、あの女の子ずっとぼく達のこと睨んでない……?」

 ひそひそと僕に話しかける真実と不安そうな表情を浮かべるゆずはさんの恐怖を和らげるためにも、最低限この状況について説明しないといけないだろう。

「僕達というか、たぶん僕に対してだけだと思う……」

「えっ? お兄ちゃんもしかして、知り合いなの?」

「うん、お互い知ってはいるくらいって感じだけど……」

 さらに険しくなったようにも見えるリシアちゃんの表情。どれくらいの間そうしていただろう。食べ終わったリシアちゃんはその表情を一度も緩めてくれることの無いまま僕達から視線を外して立ち上がり、乗ってきた車の方へと歩いていく。僕の何がリシアちゃんをあの表情にしているのか今はわからないけれど、いつかそれがわかるきっかけや機会をつかめたら。せめて、リシアちゃんがあの顔をしなくてもいいように。そんなことを思いながら、僕はリシアちゃんの後姿を見送った。

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