キレツの欠片 それぞれの心は何思う
第25話 私は糸口をつかみたい
「ね~え~私もゆずはちゃん達の家に連れてって~」
今日も勉強を教えるため水島家に向かおうとしたら、円香さんから突然そんな駄々をこねられた。
「えっと、円香さんがついてくる意味ないと思いますけど……」
「保護者としては、箕崎君が不貞行為を働いていないか確かめる義務があるんだもん」
「いつ僕の保護者になったんですか……」
「箕崎君のお父さんとお母さんから箕崎君を任されたんだから、保護者も同然だよ。ぐすっ、お願い、私が持ってるゲームの回想シーンからランダムに選んで、リアルシチュエーション再現してあげるからっ」
両手で目をこするしぐさをする円香さんの泣き真似には呆れるけど、このまま否定しても円香さんに粘られる。何か理由がほしい。
「ほ、ほら、会社の人が許可しないでしょうし」
「っ……そんなの、確認してみないとわからないでしょっ」
否定どころか訊くまでもないという答えが帰ってきそうな気がするけど、僕は山口さんに電話をかけ、しばらく会話をしてから電話を切った。
「ふふっ、どうだった箕崎君?」
余裕な表情の円香さん。電話中の僕が驚いた声とやりとりから、結果を推測されたらしい」
「円香さんの思ってる通りですよ、邪魔しなければって条件付きですけど」
まさか墓穴を掘るとは思わなかった。本当に山口さんの寛容さには頭が下がる。
「わかりました……行きましょう円香さん」
「やった~。やっぱり箕崎君にはリアルシチュエーション再現が魅力的だった――」
「それは必要無いので、あまりトラブルを起こさないで下さいね」
円香さんの準備で結構ぎりぎりな時間になってしまったけれど、僕達は水島家に出発した。途中で妄想された根も葉もない勉強風景に突っ込みを入れつつ水島家前にたどり着き、僕は玄関の扉を開けた。
〇 〇 〇
「こんにちは~」
「あ、真衛君……と、この前会った――」
玄関に顔を出した私が見た人は、もう結構見慣れ始めている男の子と、初対面ではないけれど、まだ名前くらいしか知らない女の人。
「おじゃままし~。若い男女が不純な営みを行ってないか、お姉さんが確認しに来ました~」
「……ごめんその……昔はこうじゃなかったというか、ここまで酷くなかったというか――」
「あ~ん箕崎君のいじわる~っ」
小さなため息をつく真衛君だけど、そこには言葉の外側に表れない遠慮の無さというか、気を張らずにいられるというか、そんな関係が感じ取れる。私の胸に、またちくりと針が刺さった気がした。
「どうぞ。部屋にいる姉さんと真実を呼んでくるから待っててね」
〇 〇 〇
勉強が終わった後、私達にはゆったりとした時間が流れている。意外にも円香さんがおとなしくしているどころか、時々真衛君と一緒に勉強を教えてくれてすらいた。正直からかいに来ただけなのではないかとの思いもあったので、考えを改めなければいけないだろう。流石に関係もそれほど近くないし、自分から切り出して謝る勇気は今の私に無いけれど。そしてそれよりもハードルが低くて、今私が切り出せる確かめたいことは――
「真衛君」
「っ、何? このみちゃん」
「この前言ったこと覚えてる? アイスの」
「あいす……ああ、雅坂学園から帰る時のことかな?」
「うん。今日は時間があるし、約束守ってもらいたいな~……なんて」
「僕は別に構わないけど……」
「何なに? 何の話?」
それまでこのゆったりとした空気に溶け込んでいた円香さんが、玄関にいた時のテンションを取り戻しつつ話題に入ってくる。
「このみちゃんにアイスをたくさん食べさせるって約束をしてまして……」
「ふ~ん……」
確かにその約束を言い出した当時はそのつもりだったのだけど、今は別に叶えてもらわなくても良かった。現に真衛君が少しでも嫌がる態度を示したら、この話題を取り下げるつもりだったのだ。だけど話を聞いた姉さんと真実、そして何よりものすごく何か言いたげな円香さんの視線に私は耐えられなかった。
「まっ、真衛君が良いって言ったんだからねっ!」
その真衛君はと言えば、拒否に関する言葉を口に出すどころか、そういった表情や反応すら欠片も私には見えない。
「いいなあ~アイス。今アイスクリーム専門店の屋台がこの近くで開いてるんだよ」
「あっ、そこに行こうと思ってるんだけど、真実達も一緒にってお願いしてあるよ? 真衛君に財布が空になるまで上限なしって言ってあるし」
「えっ……いいの?」
不安そうに真衛君へと顔を向けた真実に対し、真衛君は微笑みながら軽く何度か頷いた。
「やった~!」
真実の喜びように思わず私も笑みがこぼれるけれど、確かめたい結果が曖昧で不安はさらに膨らんでいく。誘えるだろうか、この家に戻ってくる帰り際にでも。何とかきっかけをつかんで真衛君と二人で話がしたいけど、いざ二人で話す時になっても切り出せるか少し自信がない。
「それじゃあ、私は部屋でちょっと準備してくるから……」
「? 別に手ぶらでも問題ないと思うよお姉ちゃん」
「いや、その、一応ね……」
不思議そうな真実の顔に背を向け、私は自分の部屋へと向かっていく。頭では理解しているのだ。先延ばしにしたって、なんの意味も無いことなんて――。
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