第24話 私は小さな不安を募らせる

 「大丈夫なのかな……。それに、ルリトちゃんも身体が弱いって……」

「うん、くしゃみや涙は出るみたいだけど、気をつけてれば普通の生活は出来てるみたいだよ。ルリトちゃんの方は、時々専用のお医者さんに通ってるって……」

「そっか……」

 帰り道、私は真衛君と真実の会話を聞きながら歩いていた。そして、自分の期待と不安を解消するため、確かめるために行動を起こす。

「…………」

「えっ……?」

 真実との会話が途切れたのを見計らって真衛君の袖を私が指先でちょっと引っ張ると、真衛君はそれに気付いて私に問いかける。

「どうかしたの? このみちゃん」

 私は少し目を吊り上げ、小さな声で言ってやった。

「真衛君、私、結構心配したんだけどな。突然身体を引き寄せられたりもして、後輩達に事情説明もした気がする。その分のお返し、まだもらってないよ?」

「えっ……」

 先生が生徒に心配をかけるなんて、もってのほかだ。真衛君にはその代償を支払ってもらわないといけない。

「ご、ごめん……」

「謝る事なら、誰にだって出来ると思うけど? 姉さんや真実だって同じように心配したり、説明してくれてたし」

 謝ってくる真衛君に、さらに追い討ちをかける。

「えっと、その……」

 どうやら必死に私に許してもらう方法を考えているみたい。これで私は自分の希望を簡単に叶えられる。今の真衛君なら、私の言う事から逃げられない

「…………あいす」

「えっ……」

「アイス、私達の好きなだけおごってもらうからねっ、真衛君の財布が寂しくなっちゃっても知らないから」

「…………」

 真衛君の弱みにこれだけつけこんじゃう私は、『今まで男の子に隠してた本当の私って、こんなに悪魔だったっけ?』なんて自覚する。

「わかった? 真衛君」

 そう言うと同時に真衛君の方に振り向いて――。

「っ……」

 私は驚いた。目の前の光景が一瞬信じられなかったのだ。

「うん、ありがとう、このみちゃん」

 だって真衛君は、私にそんなこと言われて怒ってるのでもなく、私の言う事をきかなくちゃいけないから悔しそうにしているのでもなく、ただ、微笑みながら快く頷いていたから。しかも私は真衛君の弱みにつけこんだのに、ありがとうなんて言葉まで言う始末。当然私は疑問を口にせずにはいられない。

「何で、『ありがとう』なんて言うの……?」

「えっ、許してくれるみたいだから、『ありがとう』って」

「ゆっ、許してくれるからって、そんな……ことで……」

 今度は私の方が焦ってしまう。真衛君は、そんな私の疑問に答えてくれた。

「だって、僕はこのみちゃんがどうしたら許してくれるのか、何にも思いつかなかったし、心配かけちゃったのは僕の方だし。だから、このみちゃんがそんなことで僕を許してくれるって言うなら、お礼くらい言わないと――なんて思ったんだけど、その……変かな?」

「……………………」

「このみちゃん……?」

 私は真衛君が見ていられなかった。素直な表情のまま、私に疑問符を浮かべてくる真衛君。変だ、真衛君はおかしい。そんなことされたら私が――自分の利益ばっかり考えて、真衛君の弱みに付け込んでただけの私が、すっごく情けなくて、小さい存在みたいに思えてきてしまうではないか。

 だから、私は皮肉と、悔しさと、その他思ってること全部つめこんで、その一言を真衛君に言い放った。真衛君の顔は見れなかったから、そっぽを向きながら、再び小さな声で――。

「…………変だよ、真衛君は」

 ちらりと、真衛君を見る。聞こえたのだろうか、聞こえなかったのだろうか。もし聞こえていたなら、真衛君はそれを聞いてどう思っただろう。表情だけは読み取れる。真衛君は普通の人がするような暗い表情はしていなかった。ただ、いつも通りの素直な表情を、私に向けていた。

ぐうう~

 突然、そんな音が聞こえてきた。真実がお腹を押さえる。

「あはは、お腹へっちゃった……」

「ふふっ、帰ったらすぐ夕食を作ります。真衛さん、今日は一緒に夕食、食べていきませんか?」

「えっ、でも、悪いですよ、そんな……」

「気にしないで下さい。このみさん達の忘れものも取りに行ってもらいましたし、夕食は大勢で食べた方が、きっとおいしいはずですから」

 姉さんの微笑みに、真衛君が少し表情を緩めているのが私にはわかった。はいはい、どうせ姉さんは美人で優しくてスタイルも良くて、私は人の弱みに付け込むような女の子だ。自分でそれはわかってるけど、何だかおもしろくない。しかも真実のお腹の鳴る音がしたとき、私と姉さんは音がした真実の方に視線を向かわせていたけれど、真衛君だけは失礼にも私のお腹に目を向けていた。初めて会った時の印象をいつまでも覚えていないでほしい。私は真衛君の足を自分の足で思いっきり踏みつけてやった。

「痛っ! ちょっ、い、痛いよ、このみちゃん……」

「ふん、歩けなくなっちゃえばいいのに」

 真衛君は何で私に足を踏みつけられたのか分かっていない様子で、ずっと疑問符を浮かべ続けている。不思議そうに見ていた姉さんが、再度口を開いた。

「それで……その、どうでしょうか、真衛さん」

「えっ……あっ、はい。それじゃあお言葉に甘えます、ゆずはさん」

 微笑み合う真衛君と姉さん。

 男の子に、男性に心を許す時は最大限慎重に。異性との関わりあいが少ない人生を歩んできた以上そう思ってきたし、そう教えられてきたけれど。夕日が私達を照らし続ける中、その時が、真衛君は素のままで接する事が出来る男の子かな――なんて、思った瞬間でもあった。

 だけど、同時に一つの不安が私の中で燻ってもいる。

 私は立ち止まり、もう一回真衛君の袖をちょっぴりくいっと引っ張る。

「?」

 袖を引っ張られた真衛君は再び私の方に目を向けた。

「あっ……えっと、その……」

 打ち明けてしまいたかった。そうすれば、私の不安は解消されるかもしれない。だけど、今ここで不安を打ち明けても、真衛君は正直に答えてくれるだろうか。きっと――でも――うん、やっぱり、打ち明けた方が――。

「どうしたの? お姉ちゃん。立ち止まったりして……」

「っ……ううん、なんでもない、なんでもないよ」

 そう誤魔化しながら、真衛君の袖も放す。真衛君は私のことを少しの間見つめていたけど、再び足を進め始めながら、

「行こう? このみちゃん」

 そう言ってくれる。

 私は真衛君、姉さん達より数歩遅れてついていく。

 姉さん、真実と楽しそうに話す真衛君。

 それを後ろから見ている私の不安は、大きくなるばかりだった――。

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