第20話 ぎこちなさが残る関係とダンボール
「このみちゃん、どうしてここに…?」
僕がこのみちゃんに引っ張り込まれた部屋。そこはどうやら物置がわりになっているらしく、たくさんの物が押し込まれていた。廊下より少し冷ためな空気、用具や備品の混ざった独特の香り、見上げると、網目状の棚の上にまで、ダンボール箱が置かれている。
「それよりもまず、この騒ぎは何? 起こしたの、真衛君なんでしょ?」
「えっ、あ、うん……」
僕はここまでの経緯と今の状態などを簡単に説明した。
「――ふ~ん、それで今、真衛君追いかけられてるんだ……」
……まあ、女の子に話せば『じと~』っとした目で見られることは覚悟していたけど……。
「う、うん……まあ、短く言うとそんなところかな……」
「………………」
このみちゃんはジト目のまま、それ以上何も言わず、
「えっ? えっ?」
扉を開けて僕をぐいぐいと今いる部屋から追い出そうとする。
「ちょ、ちょっと、このみちゃん?」
「真衛君は初めての出会いがしらに見た私のスカートの中だけじゃ飽き足らず、私の後輩を助けたついでにその子のデリケートな部分にまで触れたんだし、罰の一つくらい受けないとだめかなあって私は思うんだけど。楽あれば苦あり。人生に苦しい事は必要だよ?」
「あ、あはは……」
どうやらこのみちゃんまでも敵に回してしまったらしかった。さっきの事情を女の子に正直に話してしまう不器用な僕は、きっと長生き出来ないんじゃないだろうかと思えてくる。
当然僕だってそのまま押されている訳にもいかない。もしそうしたら、長生き云々どころか今すぐにでも生死が危うい。
「こ、困るよ」
後ろ向きなまま押し返して抵抗する僕。
「ふん、たとえ真衛君が困ったって、このままここから追い出すから」
「そ、そんなぁ……」
「だから、抵抗しないでってば」
「それは……ちょっと……」
しばらくそんな押し合いが続いた時、
「――もう。せっかく、人が様子見に来てみれば……」
「えっ……」
このみちゃんが、そんな言葉を漏らした。僕はこのみちゃんに背中を向けていたから表情はわからなかったけど、すごく、小さな声だった。だけどそれは、確かに僕の耳へ届いていたのだ。このみちゃんはその後も同じ音量で続ける。
「真衛君が約束の時間を過ぎてもなかなか戻って来ないから、後輩にいい子なんだけどちょっと特殊な子もいるし、真衛君大丈夫かなって思って姉さん達と様子見に来て、そしたら学園内にいる男の子捜索を頼まれたから今だって隠れてるかもしれない真衛君を探してたのっ。ほんと、何やってるんだか……」
「っ………………」
――自然に、笑みがこぼれてきた。
「えっと、このみちゃん……」
「何? 言い訳なんて聞かないよ?」
まだぶつぶつ文句をもらしているむすっとした表情の女の子は、不機嫌そうに聞いてくる。
「えっと……もしかして今のこのみちゃん、自然な雰囲気って言うか、その、普段のこのみちゃんなのかな? 昨日のこのみちゃんからなんていうか、その、固さが消えてる気がするから……」
「っっ!?」
僕がそう言ったのと同時に僕を押していた力は無くなり、僕はこのみちゃんの方を向く。目の前のこのみちゃんには、昨日まであったよそよそしい様子も、遠慮した様子も無かった。
「なっ、やっ、これは、その……」
このみちゃんは真っ赤になったまま俯き、時々ちらちらと上目遣いで僕の表情を伺う。
そんな少しの時間を置いてから、このみちゃんは再度口を開いた。さっきとはうってかわってしおらしく、しどろもどろな話し方で。
「この前私、真衛君のこと疑っちゃったでしょ? だから、その……まだちょっと、罪悪感っていうか……あはは、駄目だよね、私。姉さんと真実は普段からあんなに優しいのに……」
どうやらこのみちゃんは、前のことをまだ気にしてくれているらしかった。このままだと僕の方が罪悪感を感じずにはいられないので、僕は頬をかきながら切りだす。
「そのことなら、僕の方が謝らないと。確かにあれを買ったのは僕じゃないけど、僕自身、円香さんの影響をまったく受けていないっていったら、たぶん違うと思うし。ごめん、今まで黙ってて。やっぱり僕じゃ、何も知らないゆずはさんや真実に近づけない……かな?」
「………………」
このみちゃんは目をいつもよりも大きめに開いて、しばらく何も言わなかったけど――。
「……そっか……」
不意に俯きそうつぶやいた後、顔を上げてから言葉を続けていく。
「まあ、今のところは大丈夫かな、今のところは。それと、何か勘違いしてるみたいだけど、姉さん達は別に何も知らない訳じゃないから。あんな感じのゲーム、女性向けなのこの学園の中でも持ってる人結構いるし。知らないっていうよりは、対象が違うけどパッケージくらいは見慣れてるって方が近いかな」
「えっ……?」
僕の驚いた表情がおかしかったのか、このみちゃんはくすりと笑った。微笑みを浮かべたこのみちゃんがかわいくて、ちょっぴり心を奪われそうになる僕。
「いくらお嬢様学校だからって、みんながみんなお嬢様のイメージってわけじゃないし、ストレス発散の手段くらい持ってるけど、みんな良い子達だよ」
お互い少しこそばゆいような、心地の良い空気が流れていたその時――。
「っ!」
積み方がしっかりしてなくて、バランスが悪かったのだろうか。棚の上に置いてあった段ボール箱が一つだけ、ゆっくりと重心を傾け、落下してきたのだ。その下には、さっき僕に暖かい微笑みをくれた女の子。
「このみちゃんっ!」
「きゃっ……」
僕は咄嗟にこのみちゃんを引き寄せる。ダンボール箱はこのみちゃんが今の今までいた場所に、躊躇うことなく落ちてきた。ダンボールが床にぶつかる音とは別に箱の中身がぶつかり合う軽快な音が一瞬鳴り、あまり重いものが入っている訳ではないことがわかったけれど、たとえ重量が軽くても箱の角に頭が当たった場合、このみちゃんは無事に済んだはずがない。
僕は段ボール箱がこのみちゃんに当たっていないことを確認して、とりあえず安心したのだけれど――。
「あ、あの……真衛君?」
「? っ……」
気づけば、このみちゃんは頬をほんのり染め、戸惑っていた。咄嗟に僕はこのみちゃんをどこに引き寄せたかといえば、自分の胸の中。つまり僕達はしっかりと、隙間無く密着して、僕がこのみちゃんを抱きしめている状態なのであって――。
「………………」
「………………」
このみちゃんの温もり、上目遣いに僕を見つめる潤った大きめの瞳。もう少し手に力を加えたら、壊れてしまうんじゃないかというくらいの華奢な身体、押し付けられる女の子特有の柔らかな感触。それらが僕の感覚を過剰に刺激するけど、突然の事過ぎて、僕は『このみちゃんから離れる』という行動を瞬間的に起こすことが出来なかった。ようやく思考が追いつき、僕はすかさず謝罪の言葉を言いながら離れようとして――。
「あああっ! こんなところにいたっ!」
「こ、このみ先輩?」
扉を開けて入ってきたのは、さっき一番先頭で僕を追いかけてきていた先頭の二人組。
「ちょっ、おまっ、このみ先輩になんてことをっ!」
「せっ、先輩のデリケートな場所まで狙う気ですの!?」
「あ、あはは……」
こうしてさらに僕を追い込む誤解が生まれながらも、小さな逃走劇は終わりを告げた。
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