第19話 疲労のせいで女の子の腕からは逃げられない

 走る。走る。だって走らなければ、どうなるかわからない。やっぱり人間危機に直面した時は自然と内に秘めた運動能力を発揮するようで、普段なら全力で走っていられないはずの距離を走っている僕の身体も、この時ばかりはしっかりと動き続けてくれていた。

 一番前を走って来るのはルリトちゃんと話していた女の子二人。元々追いかけられていた訳だけど、現在はさらにそのための正当な理由まで出来てしまっている。何故って追ってくる女の子達の友達であろうルリトちゃんの――その、お尻に触れてしまったのだから。

 女の子達が悲鳴を上げた瞬間、僕は走って何とか教室を抜け出した。一階にはまだ仲間の生徒達が残っている可能性があったので仕方なく上階へと向かい、女の子達の視界から消えようと考える。それでもここまで追いつかれたのは、僕が少しの間この学園を彷徨っていたとはいえ今日ここに入ったばかりの部外者であり、女の子達は毎日ここに通っている雅坂学園生徒、学校内の構造の知識に関しては雲泥の差。特に広い学園内で何度も遭遇する別れた通路での迷いが僕の速度を奪っている。もしどこか行き止まりの通路に入ってしまったら、いろんな意味で僕の短かった人生が閉じるような気が思いっきりするのだ。

「む~。よしっ、挟み撃ちだっ。半分くらいは向こうから回り込んでっ!」

「女性の身体一つでは難しくとも、頭と人数を使って捕まえて見せますっ!」

 一番前を走っているメイド部部長さんと新聞部の女の子。二人の強めな掛け声と共に、女の子達は一致団結、少しずつ僕を追い込んでいく。このまま走っていったらきっと、回り込んだ女の子達に退路を断たれてしまうんだろう。

(う~ん……仕方ないかな)

 やったことがある訳じゃないけれど、たぶん、自分の腕で一階分の重力の落下による自分の体重くらいは支えられると思う。

「えっ?」

 女の子の疑問系な声が耳に届いた。ここは僕が見たことのある地形、ぐるりと一周できる吹き抜け構造の廊下だ。完璧ではないけれど頭の中に覚えている案内板を頼りにここまで来た。僕は廊下の手すりを乗り超えて、吹き抜け状態になっている学校の中心の方へと自分の身体を投げ出す。今僕を支えるのは、手すりにつかまっている両手だけ。崖つかまりのような状態だ。追いかけてきた女の子達は足を止めて恐怖の感情を表しながら互いに話したり、小さな悲鳴を上げたりしている。まあ確かに普通はこんなことしないだろうから、当然かもしれない。

 僕はそのままその手を手すりから離し、落下。手を離した瞬間、女の子達の悲鳴も一瞬大きくなった。

「っっ!」

 そのまま一階下の手すりに両手をかけて、落下の衝撃を受け止める。衝撃は結構厳しかったけど、なんとか手を離さずに下の階へと来る事が出来た。さすがにそのまま一階に着地するのは手足に負担がかかりすぎるリスクや手すりの強度を考えるとあんまり挑戦したくない。

 上の階から僕を見下ろす女の子達。女の子達は僕が今の方法で下に下りたことに気付いたのか驚き半分、僕を逃してしまった悔しさ半分でこちらを見ていた。僕はそんな女の子達に罪悪感を覚え苦笑いを返しながらも、手すりを乗り越えなんとか廊下に着地。視界に入った廊下の隅で怯えながらこちらを窺う女の子と、女の子にしがみつかれながらもそれを守るようにして立ちはだかり、身構えているもう一人の女の子の傍を頬をかきながら通り過ぎ、前に見えるは僕の存在に驚いている女の子達の群衆。なるべく走る勢いを殺されたくない僕は無意識に歯を合わせながら必死に体重移動とステップを使って彼女達を避ける。

「はあっ、はあっ……」

 避け終わって一安心したいところだけど、そろそろ体力が限界に近付いてきた。結果として女の子達はしばらく振り切った訳なので、僕はどこか息を整えられる所を探す。吹き抜けの廊下を過ぎて角を曲がるとちょうど良く、扉が一つあるだけの空間を見つけた。その先が行き止まりになっていたので逃げ道が無くなるという可能性も否定できなかったけど、休憩所としては廊下の真ん中にいるよりも目立たない。足跡が聞こえてきたら、最悪中に隠れよう。

「はあ、はあ……」

 僕は扉の側で呼吸を整える。しかし、その時扉がゆっくりと開いて――。

「えっ…?」

 疲れと驚きで咄嗟に反応できず、しまったと思った時にはもう、僕は扉の中に引っ張り込まれていた。

(まさか、こんな所に隠れていたなんて……)

 このまま捕まってしまう。僕はそう、覚悟した。

「――もう、いったい何してるの? 真衛君」

 覚悟し続けた。その声が、聞こえるまでは。

「こ、このみちゃん…?」

 そこには確かに昨日、僕に頼み事をした生徒の一人である女の子が立っていた。

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