第17話 お世辞にも男らしいとは言えない
太陽が西に傾き始めた午後、僕は雅坂学園中等部前に立っていた。
冬でも葉っぱが落ちない種類なのか、緑が失われないまま校門前から学校方向に左右ずらりと並んだ木々の数々。もちろんその中にある白く彩られた校舎はすごく大きくて、学園側から見ると豆粒みたいな僕はその学園に飲み込まれそうな錯覚さえ覚える。中等部の後ろ、僕に側面を向けて建っている二つの校舎は、緑色の初等部と青色の高等部。どちらも色が違うだけで、中等部と同じくらいの規模を持っているらしかった。
「あはは……さてと」
僕は学園の大きさに圧倒されながらも、ゆっくりと敷地内に足を踏み入れる。ここは女子校の敷地内。いくらほとんど女の子の学校に通っているからといっても、いざ本物の女子校となると、やっぱり少し緊張するし、さらにここは普通の女子校ではなく、お嬢様達が通う由緒正しき学校なのだ。
学園側からはこの学園の生徒であろう女の子達が歩いてきていて、まだ春休みが終わるには早い日にちだし、学校に何か個人的な用事があったのかなと思いながらすれ違っていく。この学園の生徒数がどれほどなのかわからないから確かなことは言えないけれど、それにしては人数が多いような気がするし、何よりさっきからこっちを見ながら女の子同士でひそひそ話しているようだった。十人十色の表情から見て怪しまれてるだけって訳ではなさそうで、やっぱり女子校だから男性という存在が珍しいということなのだろうか。
「すみません、ちょっといいですかしら?」
「っ?」
突然後ろから声をかけられた。振り向くと五人くらいの女の子達が目の前に立っている。白い制服、黒い制服姿はこの子達がこの学園の生徒であることを示していて、他に携帯している持ち物などから僕はこの人達が普段どういう活動をしているのか、おおよそ見当がついた。
「私達この学園の新聞部なんですけど、インタビューさせてもらえませんこと?」
にっこりとした笑顔でそう尋ねてきた中心にいる五人の中で一番背の高い女の子。まあそんなに時間の余裕が無いわけではないし、由緒正しき学園の生徒の頼みを無下に断るのも気が引ける。
「まあ、その、僕なんかで良かったら……」
多人数に訊いて統計を取るアンケートみたいなものを予想しながら、僕はその問いに頷いた。
「本当ですのっ!? ありがとうございますわっ!」
女の子達の表情が明るくなる。少し大げさだなあと思いながらも悪い気はしない。
「じゃあ最初の質問ですわ。ずばり、今現在恋人はいるのかしら?」
いきなり直球な質問。でも個人情報を訊かないならすぐ訊きたい内容に入るのも仕方ないだろう。正直に答えればいい。
「えっと、今は特にいないかな……」
「ふむふむ、付き合っている男性はいないっと……」
(……何だか今ちょっと文章がおかしかったような気がするけど、たぶん言い間違えただけだよね。男らしさなんてあんまり無い僕でも、女の子に間違えられる格好はしてないし……)
ただの言い間違えを指摘してわざわざテンポを乱さなくてもいいだろう、僕は次の質問を待った。
「では今までに恋人がいたことは?」
「そ、それもないです」
「ほうほう……次の質問、えっと……私達のことどう思いますの?」
「えっ? どうって……」
「見た感じの印象とかですわ。正直に答えてくれて構いませんので……」
少し女の子達を見渡す。会話している子を筆頭に僕を物珍しそうに見ている女の子二人、僕の方に目線を向けながら小声で何か話している二人、どの子も顔が整っているというか、かわいいという言葉に嘘は無いと思う。
「なんていうか、皆この学校のイメージに合ってると思うし、悪い印象は持たないかな……」
「なるほど、そうですか。女性が嫌悪対象という訳ではない、と……」
「…………」
――何故だろう、この何とも言いがたいような拭い去れない違和感が僕を不安にさせていて――。
「これが最後の質問です、あなたが好きな男性のタイプって、どんな人ですの?」
「ええっ!? その、あの、僕はその、男っていうか……」
「わかってますわ。 ここは女子校ですから、あなたみたいな男性の情報は貴重なんですの」
「……ほ、他の人から情報を得るって方法は――」
「言ったじゃありませんか、『あなたみたいな』って……」
「………………」
「ふふふっ、やっぱりもう少し詳しくお話を聞きたいので、是非私達の部室にいらして下さいな。遠慮なさらずに、ね?」
話している女の子のにっこりとした笑顔が、今の僕には恐怖の象徴にしか見えなくなってしまった。後ろにいた女の子達も不気味な笑顔を携えながら僕にゆっくりと近づいてくる。
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
とにかくついていってはいけないということだけは感じ取れた。僕は一目散にその場所から離れ校舎内に逃げ込む。用が無ければ校門の外の方に逃げたかったのだけど、幸いさっきまでいた場所と校舎の距離が遠かったこともあって追いつけないと判断したのか女の子達が追いかけて来ていないことが目視で確認できた。
「はあっ、はあっ、ふう……」
昇降口に飛び込んだ自分に生徒達の視線が向けられているけれど、僕はとりあえず安堵して息を整えながら顔を上げる。
「それにしても……」
広い。かなり広い。外から見ると大きいながらも普通の学校とあまり変わらない作りのように見えるのに、中はまるで違った。入口から出てすぐにあった今僕がいるこの学校の中心は、一階から最上階までの吹き抜け構造で、二階以上の階層にある廊下はその階層をぐるりと一周できるようになっている。壮大さに少しの間見とれてしまっていたけれど、僕は景観に奪われた思考を戻して本来の目的を考えながら歩きだす。
「職員室、どこかな……」
ここまで来る間にちらっと視界に入った案内板は走っていて見る暇が無かったし、なるべくなら戻りたくないので別の案内板を探すことにする。
しばらく歩くと目にとまる一つの部屋の扉。ここまで来るときにも扉はいくつかあったけど、どうしてその扉が目にとまったのかといえば、扉に大きく『メイド部部室っ!』と張り紙がしてあったから。
「メイド部……?」
「珍しい?」
隣に目を向けると、一人の女の子がこちらをのぞき込んでいた。制服からこの学園の生徒だということがわかる。
「普通の学校にはたぶん無いよね。知ってるかもだけど、メイドっていうのは簡単に言えばお屋敷の主に仕えて、身の回りのお世話をする人のこと。この部活はそのための基礎から学んでいく部活だよ。家事や生活に必要な知識や経験も身に付けるから入部する目的は人それぞれだけど、ほとんどの部員はあるお屋敷、
藍方院家のことはよく知らないけれど、お嬢様学園にはこのような部活もあることに、僕は何度か軽く頷きながら納得した。
「ところで……どうしてこんな所にいるの?」
「っ、えっと、実は職員室に用があって、行きたかったんだけど……」
「ふーん……」
女の子はそう返事をしながら視線を上から下へと動かして僕をゆっくり眺めると、
「君、怪しいな」
「えっ……?」
「職員室は反対側だよ? 入り口の近くに案内板あったでしょ、見なかったの?」
「いや、それは、その……」
理由はあるのだけれど、さっき起こったことを話しても、内容と雰囲気から信じてもらえそうにない。
「言いよどむところがますます怪しいけど、特別に見逃してあげてもいっかな」
「……?」
「かわりに、ちょ~っとこの部室に入って部長である私の練習相手になってもらうだけでいいから」
一瞬気を緩めかけたけど、すぐに引き締めた。さっきのような出来事もある、最悪の想定は考えておいたほうがいいと思う。
「れ、練習って……?」
「さあ……メイドとしての練習ではあるかもだけど、詳しい内容はちょっと教えられないなあ……」
「そ、それなら、出来れば遠慮しておきたいかな……」
両手を前に出してにじりよってくる女の子に、僕は冷や汗を隠し切れない。由緒正しいという僕が抱いていた雅坂学園のイメージに少しヒビが入りかけながらも、女の子との間が縮まらないように後ずさる。
「逃げるの? 別に構わないよ、どうせ私一人じゃ男の子である君を押さえつけていられないと思うし」
「……?」
女の子の言葉に疑問が残るけど、なおもゆっくりと近づいてくる女の子からとりあえず離れた方が良いと考えて、僕はその場を後にした。
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