第16話 女の子達のゆるゆる私生活

「っ、真衛さん。今日は早いんですね」

「もしかして、あまりにも早すぎましたか?」

「あっ、いえ。少し早かったのでお掃除もまだしていないんですけど、良かったらどうぞ、あがって下さい」

 リシアちゃんに関しての話を山口さんとした翌日、すでに何度か訪れているので少しずつ慣れてきた水島家。でも台所からぱたぱたと走ってきたゆずはさんは、そういった慣れを感じさせないくらい、いつもおしとやかで優しい。

 ゆずはさん達にはリシアちゃんのことは話さなくてもいいだろう。ゆずはさん達には関係の無い話だし、気持ちが沈むだけだと思う。

「それじゃあ、お邪魔します」

 僕はゆずはさんの笑顔に迎えられ、その笑顔に心を洗われるような気持ちで、そのまま居間に入るための扉を開けた。

「あ、おにい……ちゃん?」

「真衛……君?」

 居間にいた二人の女の子が僕の方を向く。そこにいたのは予想通りこのみちゃんと真実だったけど、僕が今ここに入るのは止めた方が良かったのかもしれない。

 何しろ二人はどちらもパジャマ姿で、このみちゃんはこたつにあたりながらシュークリームアイスを今まさに口に入れようとしているところ、真実はほぼ身体全体をこたつの中に入れ、寝ぼけ眼のまま寝そべってテレビゲームをしている。つまり春休みの私生活そのまんまだった。

「お兄ちゃん、おはよ~……」

 真実は明らかに今しがた起床したらしい。このみちゃんはしっかり起きていて、ただ着替えをしていなかっただけらしく、顔が真っ赤になっていく。

「あ、えっと……その……」

「きゃあああああああああああああああああああっっ!」

 このみちゃんの叫び声が響いたとほぼ同時、僕は即座に扉を閉めた。


            〇 〇 〇


「じゃ、じゃあとりあえず、勉強始めようか……」

「うんっ」

「よろしくお願いします」

「…………」

(うっ、視線が痛い……)

 このみちゃんと真実が着替えた後、とりあえず勉強する事にはなった。真実は前向きというか気にしていなかったけど、さっきからこのみちゃんの視線が僕に突き刺さっているような気がする。決してこのみちゃんが僕を睨みつけているという訳ではないのだけれど、一言も会話を交わしていない今の状況から、このみちゃんの視線の意味をそう受け取っているだけであって……。

(ど、どうすればいいのかな。ここはやっぱり、謝っておくべきだと思うけど……)

 何せ今まで女の子のパジャマ姿なんて見た事がない人生を送ってきた僕である。謝ればいいことくらいはわかったけど、具体的にはどうやってより反省の気持ちを示せばいいのか見当もつかなかった。

「あ、あの、このみちゃん……さっきのこと……」

「えっ……あっ、べっ、別に気にしてないから……」

 とりあえず謝ろうと思って声をかけた時、このみちゃんも何の話か気付いたのか、逆にこのみちゃんの方からさっきのことについて口を開く。

「初めて会った時と同じで悪気があった訳じゃないと思うし、姉さんに注意されてたのにずっとパジャマ着てた私が悪いんだから……」

「えっ、いや、その……」

「真実がやってたゲームの音と時間帯のせいで油断してたって部分もあるの。だから、真衛君は私達に勉強を教える事に集中して」

「あ、う、うん……」

 このみちゃんがそう言うので、僕はその話を打ち切った。だけど僕の心の中には、何だかすっきりしない暗雲が残っている。二人とも許してくれたけど、このみちゃんの表情は、真実と何か違う――。

 僕は、どこか無理をしているような、そんなこのみちゃんを気にかけながらも、結局本題に戻る事にした。今日のするべき事を確認。

「え~っと、問題集はあるかな? 中学校の」

「えっ……」

「問題集……ですか?」

 疑問符を浮かべるゆずはさんに僕は答える。真実が急に落ち着きが無くなった事が少し気になりながらも。

「うん、この前は簡単な復習の問題だったから特に必要無かったんだけど、段々問題集が必要になってくるかなって。学校で使っていたのでかまわないんだけど……」

「あっ、それなら大丈夫です。今、持ってきますね」

 ゆずはさんが立ち上がろうとしたその時、

「あ、あのぉ……お兄ちゃん?」

 真実がどことなく気まずそうに僕に話しかけてきた。

「? どうしたの?」

「えっと、実はぼく、問題集が無くて……」

「えっ、でも……」

 ゆずはさん達は三つ子で同じ学校に通っていたはずだ。ゆずはさんにある問題集が真実にない訳がないはずなのだけれど。

「もしかして、無くしたの?」

 僕の問いに真実は首を横に振った。

「ううん、無くした訳じゃなくて、雅坂学園に置いて来ちゃったんだ。取りに行こうと思ったこともあったんだけど、中学校の問題集だからもう必要ないかなってそのままずるずると……。だよね、お姉ちゃん」

 真実がこのみちゃんに話を振ると、このみちゃんもちょっと顔をそむけながら頷く。どうやらこのみちゃんも置いてきていたらしい。いや、それ以前に真実達の現状では必要ないどころか必須である。必須故に、無いとこのみちゃん達が苦労する。

「う~ん、それだと勉強が難しいから……うん、僕が明日取ってくるよ」

「えっ、いいの? お兄ちゃん」

「うん、勉強にも支障が出るし、取りに行くなら早い方がいいと思うから」

 僕が何気なく答えた時、

「ちょ、ちょっと待って真衛君」

 僕の言葉に、突然このみちゃんが制止の声をかけた。

「?」

「どうしたの? お姉ちゃん」

「だって、その、さすがに悪い気がして。真衛君にそんな事……」

「っ、それも、そうですね……」

 唯一問題集を置いてきていなかったゆずはさんも同意を示す。真実も表情を曇らせたけど、僕は別に構わなかった。

「ううん、大丈夫だよ。雅坂学園だったら、明日ちょうど行く予定があるし、その……何より、さっきの事のお詫びがしたいから……」

 苦笑いを浮かべながらそう答える僕。

「真衛君……」

「お兄ちゃんが、良いっていうなら……」

「…………」

 どうやらゆずはさん達もこれ以上止める気は無いらしい。

「それじゃあ明日、問題集をとってきた後でここに来るから」

 どのみち今日は次のステップに進めないみたいなので、僕は前にやった問題を復習するという形の勉強内容に変更した。


            ◇ ◇ ◇


「真衛さん、大丈夫でしょうか……。特にこれといって用があるわけでもないのですから、私達が取りにいった方が……」

「教室においてあるもの取って来るだけだもん、そんなに心配しなくてもいいよ。春休みだから生徒の女の子達もいないし……」

「えっ……でもたしか、明日は雅坂学園、在校生は登校日じゃなかったかな? 確かに初対面の男の子に内面を出すとはあんまり思えない子達だけど……」

「あ……」

(――やっぱり少し、心配です…)

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