第14話 生徒を導く先生として

 僕の部屋に包丁の音が響く。ゆずはさん達と別れて、アパートに帰ってきた僕と円香さん。

 晩ご飯を食べる時間を、時計の針が指そうとしていた。

「ありがとうございます円香さん、いつもご飯なんて作ってもらって……」

「いいの。箕崎君は私にご飯をおとなしく作ってもらっていれば。私ここを管理してればいいから意外と暇だし」

 円香さんは僕の看病の他に、暇だと言っては時々僕の部屋に来て、ご飯を作ってくれたりする。お金持ちの家の娘で、きっと実家ではお嬢様的な立場の円香さんだけど、ここで暮らすようになって覚えたのだろうか。まあそんなことよりも、僕には気になることがある。

「円香さん、えっと……聞いてもいいですか?」

「何? 箕崎君」

「どうしてあの時、僕を助けてくれたんですか?」

 このみちゃんから疑われていたあの時、円香さんなら絶対僕をさらに不利な状況に追い込むと思っていた。

「助けちゃ、駄目だった?」

「い、いえ、そんなことは。すごく感謝してますけど、その、なんでかなって……」

 円香さんはすぐには答えなかったけど、やがてゆっくりと口を開く。

「箕崎君を困らせていいのは、私だけ。だから、もし他の事で困ってたら、私は箕崎君を助ける。今回も、そうしただけだよ」

「…………」

 自分だけ僕を困らせても良いなんて、すごく理不尽で、勝手だけど。まあそれはこの三年間でよくわかっていることなので今さらな気がする。ここは助けてくれたことを、純粋に喜ぶことにしよう。

「……ありがとうございます、円香さん」

「ふふっ、どういたしまして。まあ、それは置いておくとして、箕崎君」

「っ、何……ですか?」

「箕崎君、これはゆずはちゃん達の事なんだけどね。私が言うのもなんだけど、先生って、ただ勉強を教えるだけじゃないと思うの」

「は、はあ……」

「箕崎君はまだ具体的にはわからないかもね。勉強以外でも、ゆずはちゃん達にはまだ知らないことがたくさんあると思う。だから、箕崎君が教えてあげなくちゃいけないんだよ。生徒を導く、先生として」

「…………」

 円香さんは普段僕をからかってばかりいるから、時々忘れそうになるけれど――。

「……わかりました、円香さん」

 本当は僕を、一番理解してくれているかけがえのない人なのだ。僕が学校で肩身の狭い思いをしながらも、女性自体に偏見を持たないでいられるのは、ひとえに彼女のおかげなのだから。

「まっ、頑張ってね、箕崎君」

(先生として、かぁ……)

 この日、僕は円香さんの言葉を考えて、しばらく眠れなかった。

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