第12話 人には優しく女の子にはもっと優しく

 沢山の店が立ち並ぶ風景。この場所には、円香さんの目当てのものが結構置いてあるらしい。

「えへへ、どう? この服結構似合ってないかな?」

 試着室から出てきた円香さんはお店の服を自慢げに見せびらかして僕に聞いてくる。

「えっと、いいんじゃないですか? よく分からないですけど……」

 僕はどう答えていいか一瞬迷った後、少し言葉を曖昧にすることにした。実はかなり似合っていて、かわいい円香さんにはっきりと言葉で表すのが恥ずかしい――という理由からである。

「箕崎君、次行こ次」

 円香さんに引っ張られて今度は別のお店に寄る僕。

「ん~どっちにしようかな~。箕崎くんはどう思う?」

「えっ、そんなこと僕に聞かれても……。やっぱり、そういうのは円香さんの好みがある訳ですし……」

「そっか~。う~ん、悩むなあ~……」

 結局どちらも買わずにさらに別のお店。

「あっ、これ欲しいな~」

 目をキラキラ輝かせている円香さんの視線を追うと、

「たっ、高い……」

 思わずそんな声が口をついて出てしまった。

「こ、これ、桁が一つ間違ってるんじゃないんですか?」

「ううん、こういうのはこれくらいするものなんだよ」

「は、はあ……そうなんですか」

 ずっとショーウインドウのガラスケースにへばりついて商品とにらめっこしている円香さんの姿を見て、口元にちょっと笑みが浮かんだ僕。円香さんと二人っきりでお買い物、これは世間で言うとデートみたいなものなのではないかと考える人もいるかもしれない。

 だけど僕は、この状況の中でもあんまりそんな気分にはなれなかった。

「う~ん、やっぱり高いし、仕方無いかな。今日の目標じゃなかったし」

「円香さん、フィギュアはほどほどにした方がいいですよ」

 そう、ここは萌えグッズが立ち並ぶ少し特殊な商店街。名前はたしか。口に出すのも少し恥ずかしい。さっき円香さんが試着していたのはコスプレ衣装だったし、円香さんがどっちがいいか悩んでいたのは恋愛アドベンチャーゲームの種類だったのだ。


            〇 〇 〇


 ここは元々男性中心の需要を満たす商店街だったのだけど、いつの間に女性需要が増加したのか、僕達が回っているのは商店街の中では小さい規模の店だ。近くに女子校とそれに近い学校が合計二つあるのが原因かもしれないと考えると、少し怖い。

 一通り店を回った僕達は、目的のものを買いに行くことにした。

「それで、結局今日は何を買いに来たんですか?」

 まだ買うものを知らされていなかった僕は、歩きながら円香さんに話しかける。

「それは忘れないように全部書いてあるよ。はい」

 渡されたのは小さく折りたたまれた一枚のメモ。僕がメモ用紙を開くと、そこにはきれいでかわいい字、そして二頭身で描かれたネコミミ装着女の子の絵と共に、買い物リストが書いてあった。

 これだけなら(ネコミミはともかく)かなり良い印象を受けるメモなのだけれど、いかんせん問題なのはその内容である。かわいく『かうものっ』と書かれた字の下に書いてあったものは――。

『1 ミニスカートポリスのコスプレ衣装 2 体操着のコスプレ衣装 3 セーラー服のコスプレ衣装 4 男性向け恋愛アドベンチャーゲーム(初回限定版) 5 ライトノベル十数冊』

「…………………………」

 他にもあったけど、だんだん読むのが憂鬱になってきた。正直すごく帰りたい。後ろの方にちらりと『人間の重心について』とか、『柔道の基本』といった真面目そうな本が書いてあるのが見えたけど、これはいわゆるダミーブック。外側に開いておいて、他人からはいかにも真面目な本を読んでいるかのように見せかけるための本だ。それは円香さんが普段柔道を習っている訳でも、積極的に人体のしくみを勉強している訳でもないことから明らかだった。

 たぶん僕を連れてきたのは、この膨大な荷物を持つ荷物持ちとしてだろう。しかも円香さんはきっと自分は何も持たないで、悠々と僕の側に並んで帰るちゃっかりした性格である。

 確かにうんざりしたけれど、ため息と共に僕は諦めた。ここで家に戻っても、結局円香さんに泣かれてしまうと僕はお願いを断りきれないだろう。こういう商品を持つのはたしかに女性である円香さんよりも、僕の方が合っているような気もする。

 何気に円香さんには日頃お世話になっているので、まあ仕方ないかなという気持ちと共に、僕は円香さんについていった。


            ○ ○ ○


(お、重い……)

「♪~」

 やっと全ての買い物が終わり、家に着くまでの帰り道。僕の両手には、四つの袋いっぱいに入ったグッズが詰め込まれている。必死な僕とは裏腹に円香さんは目当てのものがたくさん買えてかなりご満悦みたいだ。

 この左右に電柱が立っている細い道には当然のごとくさっきの場所のような群集は無く、たまに人が数人通るだけだ。

「はあ、はあ……」

「大丈夫? 箕崎君」

「し、心配してくれるなら……せめて少しくらい荷物持って下さい……」

「それはだ~め。女の子に荷物もたせちゃったら、男の子として失格だよ? だから心配だけ。人には優しく、女の子にはもっと優しくだよっ」

「はあ……」

 もう何度目かも、そして荒い呼吸かもわからないため息が出てくる。さっきの言葉も、初めて聞いた時は立派な言葉だと思って快く頷いたその時の自分を責めたい。やっぱり帰る意思くらいは示しても良かったと今更ながら後悔しても遅いので、僕は少ない体力を可能な限り振り絞って足を動かした。

 だけど結局体力の限界は近づき、僕は荷物を下ろすと壁によりかかって少し休むことにした。

「はあ、はあ、ふう……」

「もう~、だらしがないな~箕崎君は」

 円香さんが気付いて文句を言ってきたけど、肝心の僕にはそれに構っている余裕が無い。僕がゆっくりと息を整えていたその時、

「真衛さん……?」

「っ……」

 上から聞こえてきた声に、顔を上げずにはいられなかった。そこには少し前に僕の生徒になったばかりの女の子が、僕を見つめていたのだから。

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