第10話 ここの雰囲気が好きになりかけている

 朝の円香さん来襲という日常もくぐりぬけて水島家にやってきた僕。今日は家庭教師二日目になる。円香さん絡みの問題は他にもあって、僕が少し頭が痛いとか言うと、ちゃんと心配して学校を休ませてくれるのだけど、問題なのが僕が休んだ時の円香さんの看病の仕方だった。わざわざきわどい胸周りとミニスカートの看護婦さんのコスプレまでして、いろんな意味で手厚く看病してくれるので、重病の時以外は毎日休んでいると余計に熱が上がりそうな気がするのである。

 長期休みにはそんな円香さんがしょっちゅう僕の部屋に遊びに来ていたので、僕はゆずはさん達の家で過ごす時間が、とても落ち着いたものに感じていた。

「基本からゆっくり進めていったほうがいいよね」

 勉強に真剣な顔付きで向かっている三人を見てると、この復習だって基礎の一歩だと思えてくる。最初は問題を間違えてばかりいた三人だったけど、わからない所を的確に教えてあげるとだんだん間違いも少なくなって、最後の簡易テストは全員九十点以上という高成績だった。

 もうすぐ高校になるのだから、僕からしてみれば全然不思議じゃないんだけど、連立方程式さえよく分からなかった時と比べれば、かなりの進歩である。何よりゆずはさん達がテストの結果を聞いた時、とても満足そうだった。きっと数学で九十点以上だった事は、少しずつ内容が難しくなっていく中学時代、数えるほどしか無かったのだろう。いや、そんな時があったのかすら怪しいかもしれない。

 時計を見ると、時刻はもう午後六時過ぎ。

「っ、もうこんな時間なんだ。それじゃあ、今日はここまで」

 僕はそう言って、開いていたテキストを閉じた。


            〇 〇 〇


「えっ、今年から入る学校?」

「うん、一応志望した高校は聞いておこうと思って……」

 家庭授業が終わった後、僕はこのみちゃん達に昨日ふと気になったことを聞いてみた。最初に返ってきた言葉はゆずはさんから。

「私達は雅坂学園を卒業して――」

「高等部もあるから。そのまま進学するつもりなの」

 ゆずはさんや真実と同時に向けた視線の先で、ノートや筆記用具を片付けながらこのみちゃんが口を開く。

 雅坂学園――。僕の通ってる学校の姉妹校で、噂では、才色兼備なお嬢様が通うとされ、初等部から高等部、場所は違うけど大学まである生粋の人気校だ。もちろん共学ではなく完全な女子校。

「でも、雅坂学園って……」

 お嬢様学園らしく試されるのは学力だけではないと円香さんから聞いたことがある。それに仕草、性格だってゆずはさんとこのみちゃんは大丈夫としても――。

「ああーっ! 今ぼくには似合わないとか思ったでしょお兄ちゃんっ!」

 どうやら僕がゆずはさん、このみちゃん、少し間をおいて真実の順番に視線を向けただけで、真実には僕の心の中を見透かされてしまったらしい。

「あ、いや……」

「むう、いいもんいいもん。どうせぼくはゆずはお姉ちゃんやお姉ちゃんみたいに美人じゃないし」

「え、えと……真実は僕が思ってる学園のイメージと違って美人よりはかわいい方に入るかなって思っただけで……」

「っ、な、なんか複雑で、そんなこと言われても今は嬉しくないようっ」

「あ、あはは……じゃ、じゃあ僕はそろそろ帰らないと」

 真実から逃れるようにそそくさと帰る準備をする僕。

 学校が被らないなんて当たり前で、それでも少し残念な気持ちがあるけれど、こんな日が過ぎていくのも悪くないかな――なんて、僕は思い始めていた。

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