第9話 僕の部屋で勝手にページをめくる管理人さん
家庭教師一日目が終わった次の日、僕はアパート
「んん…?」
目覚めたのは良いんだけど、身体が随分重い気がする。昨日ゆずはさん達に勉強を教えたせいなのか、勉強を教えるのってこんなに疲れるものなのかなんて思いながら目を開けて――。
「うわああっ!?」
「うん? あっ、起きたんだ箕崎君」
「かっ、管理人さんっ! いくら管理人さんだからって勝手に合鍵使って部屋に入ってくるの止めて下さいっ!」
今僕の布団の上に座ってぱらぱらと本のページをめくっている人は、
「もう、管理人さんなんて他人行儀だなあ。いつもは円香って呼んでくれてるでしょ? それに、そこまで慌てるって事は、何か部屋に入られちゃいけない理由でもあるのかな?」
驚いてつい昔の呼び方が出てしまったけれど、管理人さん――円香さんは僕がそう呼んでいる通り、このアパートの管理人をやっている。
ちなみに年齢は22になるとかならないとか。何でそんなに若い人がそんな事できるのかといえば、大富豪の両親が所有していたアパートをもらったので、『楽して出来そう&興味があった』管理人をやっているのだそうだ。両親はアパートをこんな若い人にあげて心配じゃなかったのか、はなはだ疑問である。
「円香さん、それも確かに無くはないですけど、その……やっぱり男の部屋に若い女の人が一人で入ってくるっていうのは……」
「箕崎君の方が若いと思うけど? まだまだ男の子なのに大人ぶっちゃって、かわいいなあ箕崎君は」
円香さんは上半身を起こした僕の頭をなでて可愛がる。そんな円香さんは普段の印象も結構子供っぽくて、昨日僕の生徒になったゆずはさんの方がよっぽど大人に見えるくらいだ。
「でもやっぱり安心しすぎですよ。このアパートには僕と円香さんしかいないんですから……」
そう、このアパートに住んでいるのは円香さんを除けば僕だけだ。アパート自体は古いタイプでも、結構広いしトイレやお風呂完備。防音は耳を壁につけて隣の話し声が聞こえないくらいで、僕が住んでいる部屋は少し汚れているけれど、初めて来た時は塵一つ無いと言っても過言じゃなかったし、他の部屋だって汚いとは誰も言わないだろう。
他に住む人が誰もいないのは、円香さんが宣伝も何もしていないという所にも理由があるのではないだろうか。僕も三年前、にっこりと笑った仲良しな両親から邪魔もの扱いだと僕に邪推させるかのようにここへと放り込まれなければ、今頃ここにアパートがあった事すら知らなかっただろうから。
「あの、円香さん?」
僕が注意していても円香さんは見事にスルーしつつ本のページをぺらりとめくり、それに合わせてセミロングの髪も少し揺れる。
「……その、勝手にそういった自分が読む本を置いていかれるのも困るんですけど」
「ふふっ、まあ箕崎君が私のいない間にこれらの本を手に取ったかどうかはともかく、別に私は箕崎君が読んでも、どう使用してもいいから置いてってるんだけど? あのごみ箱に捨てられてきた物の中に、いったいいくつ私に見せられないものが混ざってたのかな~。思春期の抑えきれない欲望を私にぶつけてきても、私は別に構わないんだよ?」
「僕がもしこういった本の影響を受けてたら、なおさら安心なんて出来ないじゃないですか」
「ふふん、私は箕崎君を信じてるから。私の主観だけど、本だって刺激が強すぎないようにとてももうすぐ高校生になる男の子のものとは思えないくらいかわいい内容を選んで置いてってるし」
正直そこは放っておいてほしい。恥ずかしさで少し顔が赤くなる僕の気持ちを知ってか知らずか、円香さんは自分の体勢を少し変えると僕の方を向いて、
「それに、箕崎君ならいいかなって思ったりもしてるんだけどな……」
今、円香さんは自分の唇に指を当てて何かとんでもない事を言った気が――。僕は頭の中で整理すること一瞬。
「ええっ!? ちょっ――」
顔が瞬時に真っ赤になった。
「優しい箕崎君なら、きっと慣れない手つきで私を優しく包み込んでくれるって期待してるんだよ? それなのに、箕崎君ってばすっごく奥手で、いつもアパートで二人きりの状態でも全然誘ってこないんだもん。私、自分に魅力がないのかな、胸だって結構ある方なのになって、ちょっと落ち込んじゃうよ。箕崎君、私ってそんなに魅力無い?」
円香さんが徐々に僕へと顔を近づけながら、悲しげな瞳で僕を見つめてくる。子供っぽさが悲しげな瞳のかわいさをより引き立て、僕は昔から円香さんのこの攻撃には弱い。
「えっ、いや、そんな事無いですけど……。ただ、円香さんは綺麗ですし、その気になれば僕みたいな人じゃなくても、もっと良い人を見つけられるんじゃないかなって……」
これでいつも通りに戻ってくれるかなと期待したのだけれど――、
「……じゃあ、もし私が箕崎君が一番って言ったら、箕崎君はいいってこと……?」
「えっ……」
どうやら僕はさらに事態を悪化させるスイッチを押してしまったらしかった。
円香さんは僕との距離をゆっくりと縮めてくる。今、僕は布団の上で上半身を起こしているだけの状態。このまま円香さんにのしかかられたら……。
「ちょっ、えっと……円香さん?」
「大丈夫、誰も来ないから。誰にもばれたりしないよ」
「いや、でも……その……」
「ここでのコトは、私と箕崎君だけの、ひ・み・つ」
僕はついに円香さんにされるがままのしかかられ、布団に倒されてしまった。
「ま、円香さん……」
「箕崎君……」
円香さんの唇が僕に迫る。そして――――。
「顔、赤いよ?」
「えっ……?」
円香さんは僕の口ギリギリの所まで唇を近づけそう言った。その時僕はやっと理解する。また円香さんにからかわれたんだと。両手を合わせて喜ぶ円香さん。
「そっか~。私って魅力あったんだ。箕崎君からそう思ってもらえると、自信ついちゃうなあ~」
「――はあ……」
思わずため息が出る。
「もう、少しはからかう度合いを考えて下さい。僕は円香さんが言ってるように思春期真っ盛りですし、その気になったら僕の方が力強いかもしれないんですよ?」
「大丈夫っ。さっきから言ってるでしょ、箕崎君ならいいかなって」
「っ……」
僕が完全に言葉を整理しないうちに円香さんは「よっ」というかけ声と共に立ち上がり、僕の私物をまたいで扉の前へ、扉を開けると同時に僕の方を向く。
「じゃ、また時々様子見に来るからね」
そう言いながらウインクして、僕の部屋を出て行った。
「――はあ…………」
また一つ、僕の一生の中でため息が増える。そんな、いつもの朝だった。
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