何故かやってくるトラブルとため息
第8話 少し心配になる家庭教師(仮)1日目
「では改めまして、私達の自己紹介をさせていただきます」
玄関から家に入り、左の白い扉を開けてすぐの部屋、水島家居間。視線が捉えるものはこたつにみかん、テレビとその下に置いてあるゲームなどがあるごく普通の和室。ゆずはさんの影響でこのみちゃんも、真実ちゃんも正座姿。当然僕だって例外ではない。
「それでは私から。少し前にも言いましたけど、名前は水島ゆずはです。得意な教科は国語で苦手なのは数学。あの……真衛先生と言った方が、よろしいでしょうか……?」
「あっ、いえ、呼び方は気にしません。年も違いませんから」
「そうですか。そう言ってもらえると、気が楽です」
ゆずはさんは自己紹介を言い終わった後、深々と頭を下げる。ゆずはさんが話し終わったのを確認すると、隣の女の子が口を開いた。
「私は水島このみ。得意なのは英語で、5教科の成績は全部オール5なのが自慢かな――って言いたいところなんだけど、やっぱり数学だけは苦手なの」
このみちゃんはきっと秀才の方に入るのだろう。その後に今度は前の二人とかなり身長差がある女の子が話し出す。
「ぼくは水島真実。得意なのは体育で、他は普通だけど、お姉ちゃん達と同じで数学だけはうまくいかなくて……。え~っとあとは、好きな食べ物はメロンと、バウムクーヘンっ。えっと、う~んスリーサイズは――」
「真実、そんな事まで言わなくていいの」
「あはは……。あっ、ぼくのことは真実って呼んでいいからね、お兄ちゃん」
真実はそう言って、にっこりと微笑んだ。姉妹らしく似ている所があるのか、どうやら三人共数学が苦手らしい。まずはその苦手教科から始めるべきだろう。何より数学は僕が得意な科目だ。
三人の自己紹介が終わると、僕達は当然共通の話題も無いので、ゆずはさんが気をきかせ、自己紹介が終わった後の沈黙を破ってくれた。
「それでは早速お願いしましょうか。準備も終わってるんですよ」
僕がすぐに理解できずにいると、ゆずはさんは少し席をはずし、教科書を持ってきてにっこりと微笑みながら僕の目の前にそれを見せた。僕とこのみちゃん、真実も意味を理解し、それぞれの行動に移る。こたつの上にある大きな机で、僕達はさっそく勉強を始めた。
〇 〇 〇
今日はゆずはさん達がどれ程の実力があるのかの確認。教師というのは当然教える実力も必要だけど、生徒に合わせて問題のレベルを調整することも必要だ。例えを言うなら、『加法』(足し算)『減法』(引き算)『乗法』(かけ算)『除法』(割り算)の四則計算を覚えていなければ、方程式なんて教えてもわかる訳がない。レベルの低い所から少しずつレベルを上げ、わからない所まで来たらそこを教えていく――といったことが、山口さんの渡してくれたマニュアルに書いてあった。このマニュアルには、細かくではないけれど授業の例とかも記載されていたので、僕はそれに従って教えていけば良いらしい。
(えっと、まず最初は……と。出す問題は僕が考えていいのかな、これ……)
僕は資料に目を通しながら、
「じゃあ、まず中学生問題の基本から。苦手な教科は基本から少しずつレベルを上げていく方が、効率よく覚えられると思うよ」
出した問題は、〈x2乗-5x+6=0〉という2次方程式。
(答えはx=2と3だ。簡単すぎるって怒られちゃうかな……)
そう思ったのだけど、ゆずはさん達の様子は僕が想像したものと大きく違っていた。三人とも難しい顔をして考え込んでいる。
「あ、あの、さっそくで少しお聞きしにくいのですが、この問題はどうやって解くのでしょうか……」
「っ、は、はい。えっと……」
ま、まあわからない所を教えるのが先生なんだけど――。
「因数分解を使えば解けますよ」
因数分解。この問題を解くために必要なものなんだけど――。
「えっと、『いんすうぶんかい』とは何ですか?」
「え……」
「お姉ちゃん、この問題解ける?」
「う~ん……なんのことかさっぱり……」
どうやらゆずはさん達の頭の中では因数分解という言葉を漢字に変換できず、ただ文字を並べただけの言葉としか理解できないでいるらしい。もしかしたらと悪い予感がして、僕はゆずはさん達に訊いてみる。
「じゃ、じゃあその、連立方程式とかは……?」
「あっ、それでしたら。〈2x+3y=6〉〈3x+6y=18〉といった2つの式ですよね」
「そっ、そうですそうです。すみません、変なこと聞いてしまっ――」
「それで、その式はいったいどういう意味なんでしょう……? たしか前に少し覚えた記憶はあるのですが……」
(………………)
薄々感じ始めていた疑問として、同じ年齢のゆずはさん達に僕が教えることなどあるのかなと思っていたけれど、成程確かにこれなら僕でも教えられる内容がある。高校受験は本当に大丈夫だったのだろうか……。
「――っっ……」
しかし、それをつい表情に出してしまったのがいけなかったらしい。見ると一番高校生らしい女の子の目に、今にも落ちそうかというほどの透き通った雫が溢れていた。
「……すん、ごめんなさい……私、頭悪いですよね。ひっく、真衛さんが、そのような表情をするのも……ぐすっ、しかたありませんよね……。こんな頭の悪い生徒を……すん、受け持ったんですものね……」
「あっ、いや、別にそういう訳じゃ……」
「あ――っ! ゆずはお姉ちゃんを泣かした――っ! ゆずはお姉ちゃんはデリケートだから、会社の人になるべく優しい先生をお願いしますって言ってたのに……お兄ちゃんはそんなに冷たい人じゃないよね?」
「えっ、ええっと……」
決して機嫌が良いとは思えないこのみちゃんの視線にも気付いて、僕は慌てふためきゆずはさんを慰める。
「だ、大丈夫ですゆずはさん。誰でも苦手なものはありますから。少しずつ出来るようになればいいんです。だから泣かないでください……ねっ?」
「ぐすっ、本当……ですか?」
「っ……」
顔を上げたゆずはさんの涙いっぱいの目で見つめられた僕は、少し顔を赤くしながら何とか言葉を続ける。
「は、はい、僕も出来る限りサポートします」
そう言うと、ゆずはさんはようやく泣き止んでくれた。
「すん、ありがとうございます……。私、頑張りますからっ!」
そして涙を拭うと、今度はいきなり僕を抱きしめてしまった。
「うわあっ!? ゆ、ゆずはさん!? ちょっと、こんな所で、そんな……」
僕は顔を赤くしながら机の方を見ると、真実は驚いた表情。このみちゃんは冷ややかな視線を送ってくる。
「い、いや、これは不可抗力で……ゆ、ゆずはさん!」
(僕、ほんとにここで先生やってけるのかな……)
家庭教師一日目からかなり不安になる僕だった――。
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