第7話 僕が生きてきた中で最大の驚き

 という訳で僕はその目的地の家の前に立っているのである。

 家自体も結構大きめな一軒家で、僕は緊張しながら門の前に立ってインターホンを押した。インターホンから大人びた声が返ってくる。

「どちら様ですか?」

「あ、あの、今日からこちらの家庭教師をさせていただく者ですけど……」

 これでもちっとも使い慣れていない敬語を目一杯活用させているのだ。少し裏声っぽくなったかもしれない。しかしインターホンからの声は不審がることもなく、

「そうでしたか……。どうぞ」

 僕を招き入れてくれた。僕は家の敷地の中に足を踏み入れる。大きめの木を中心にした庭はきれいに手入れされていて、誰が来ても不快にはならないだろう。

(それにしてもさっきの声、どこかで聞いたような……)

 そう思いながら歩いていると、いつのまにか扉の前まで来ていて、僕はゆっくりと引き戸を開けた。

 家の中はいたって普通の家とあまり変わりなかったけど、どこもかしこも新しい家みたいにピカピカだ。きっといい素材を使って、なおかつ丁寧に掃除しているんだと思う。

「あの、すみません……」

 玄関でそう言うと、

「はーい」

 インターホンでした女の人の声が返ってきた。

「すみません、ちょっと手が放せなくて――あ……」

「えっ……」

 玄関で初めて聞いた声に違和感は増し、そしてその後僕はものすごく驚いた。なぜって玄関に出てきたのは交番の近くでバスを待っていた――

「ゆ、ゆずはさん!? ど、どうしてここに……」

「ど、どうしてと言われましても、私はここに住んでいますから……」

 僕はすかさず外にあった表札を確認してみた。表札には確かに『水島』と書いてある。

「じゃ、じゃあ家庭教師を頼んだのは……」

「この家で、間違いありません……」

「………………」

 まったく世の中とんでもない事もあるらしい。でもここで僕にひとつ疑問が浮かんだ。

「あの、僕今年高校生になるのでまだ中学生の授業しか聞いていなくて、高校生の問題は自信がないというか……」

「? 私も、今年中学校を卒業しましたけど……」

(えええっ!? 絶対高校生だと思ってたのに……)

 驚く僕を見ながら、ゆずはさんは少しだけ微笑んだ。

「期待しています、に勉強を分かりやすく教えて下さい」

「わ、わたし……たち?」

 僕がそう言った時、トントンと二階から足音がして――。

「姉さん、今日来る家庭教師ってどんな……っ……」

 しばしの沈黙。

「まっ、真衛君!?」

「こっ、このみちゃん……」

 そこにいたのはまぎれもなく川の側で一緒に猫を助け、不可抗力といえどもスカートの中を見てしまった――、

「このみさん、真衛さんとお知り合いだったんですね」

「なななっ、何で真衛君がここに――も、もしかして……」

「……そのもしかして……かな……」

 僕は軽く咳払いをして、少々棒読みぎみに台詞を言った。

「今日からこの家で家庭教師をやらせて頂く箕崎真衛です。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

 ゆずはさんはもう僕が家庭教師という事を素直に受け止めたようで、いたって通常通りに話している。

「あ、えっと、その……よ、よろしくお願いします……」

 このみちゃんはまだ少しパニック気味だ。そして僕はまた、一つの仮説をつぶやく。

「あれ? このみちゃんもこの家にいて、さっきゆずはさんを『姉さん』ってことはつまり――」

「うん、私達は姉妹なの」

 僕はとてつもなく驚いた。その時今度は玄関の側の扉がカチャッと開いて――。

「お姉ちゃん、ゆずはお姉ちゃん、どうしたの? 家庭教師のひと――あっ、お兄ちゃん!」

「っっ!」

 この世の中で僕をお兄ちゃんと呼ぶのは僕の知っている限りでは一人しかいない。しかもたった数分か、十数分前の出来事。彼女の足には僕が施した治療の証拠が残っている。

「えっ? 真実、真衛君の事知ってるの?」

「うん、木に引っかかったリボンを取ってくれたお兄ちゃんだよ」

(どうして真実ちゃんまで……)

 まあ、どうせその疑問をなげかけてもたぶん、『姉妹です』『姉妹なの』『姉妹だよ』という答えが返ってくると思う。家に帰らなければならない用というのは家庭教師、つまり僕を迎えるためだったということらしい。

 ゆずはさんが僕達を一通り見回してから口を開いた。

「三人揃ったようですし、これから私達を、どうぞよろしくおねがいしますね?」

 僕はすぐにそのお願いに疑問を感じた(ここに着いてから疑問ばっかり)。つまり僕は、もうすぐ高校生のゆずはさんと、現役中学生のこのみちゃんと、小学生の真実ちゃんを同時に教えなければならないということなのだろうか。

「えっ、現役中学生はともかく、小学生も僕が家庭教師なんですか?」

「? ――今年卒業する中学生だけですけど……」

「今年卒業する中学生はゆずはさんだけなんじゃ……」

 そんな僕の発言に、妹二人は少し厳しい顔をする。

「私達小学生とかじゃないよ。見た目で判断しないでほしいな」

「そうだよそうだよ――っ」

「えっ、じゃあ…………」

 僕の戸惑いにゆずはさんはくすりと微笑みの表情を浮かべ、厳しかった顔を元に戻したこのみちゃん、そして真実と三人、お互いに顔を見合わせる。

「私達は」

「三人とも15歳、もうすぐ高校一年生」

「ついでに言うと、生まれた日も同じ」

「つまり、三つ子なんです」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっ!?」

 それは僕が今まで生きてきた中で最大の驚き。

 少なくても、これから先の未来が確実に自分の日常からずれていく、僕はそんな気がしてならなかった――。

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