第4話 手探りながら始める家庭教師(仮)

 会社の中は意外と広い。自動ドアを潜った僕の目の前には受付。左右には四本の柱がそびえ立っている。ほとんど白一色の会社内はとても清潔な感じで、右の柱の奥には階段とエレベーター。左の柱の奥には少し小さな噴水があった。僕は受付に行って電話をしてもらい、しばらく待つ。

 すると二人の男性が出てきて、僕を迎えてくれた。一人目の男性は少しふくよかな体形で、その表情と合わせると、寛大さを表しているようにも見える。傍にいるもう一人の男性は細めの体型、隣の人よりかなり若い。

「君が翼君の友達の、ん~優(すぐる)君……だったかな」

「あの、真衛です……」

「おお、そうかそうか、真衛君か。すまない、私はここの社長をやっとる森下だ。これからよろしく頼むよ」

「は、はあ……」

「ははは、そんなに硬くならんでもいいんだよ。それからこちらがうちの社員で私の右腕でもある山口君だ。翼君の親戚で、アルバイト募集の事を翼君に話したのも彼だ」

 若い男性の方の山口さんは深々と一礼。

「それじゃあ山口君。彼に少し、会社の中を案内してあげなさい」

 森下社長はそう言い残すと、エレベーターに乗って扉を閉める。やはり忙しい立場らしい。

「それじゃあ行こうか、真衛君」

 山口さんはそう言うと、僕の前を歩き出した。


            〇 〇 〇


「えっと……真衛君は家庭教師のアルバイトとして、ここに来てくれたんだよね」

 会社内を一通り案内してもらっている途中、山口さんが話しかけてきた。

「はい、そうですけど……」

「それじゃあ、まずは仮雇用体験から始めてもらってもいいかな」

 仮雇用体験。翼が言っていたお試し期間というものだろう。

「内容は実際に一つの家に家庭教師として行ってもらって、普通のアルバイトと同じように勉強を教えてもらう。だけどこれはあくまで体験だから、あまり緊張せずに頑張ってほしい」

 山口さんの説明を聞いて、僕は頷く。今日はいろんなことを考えてしまって眠れそうに無いかな――なんて思っていると、

「それじゃあ、さっそく担当の家に向かってくれるかな」

「っ――えっ、今日……ですか?」

 どうやら今日かららしい。これも社会の厳しさというものだろうか。

「あれ、翼君に言って無かったかな……。確かに今日はちょっとした挨拶が主なんだけど――ごめん、もしかして予定入ってるのかい?」

 どうやら翼の伝え忘れらしかった。半ば強引にアルバイトの話を持ってきたのに、翼らしいというかなんと言うか。

 とはいえ僕も特に予定は入っていない。あまり乗り気ではなかったことだけど、一応頷いたわけだから、数少ない友人の頼みを全うしよう。

「大丈夫です、生徒の人に迷惑をかける訳にも行きませんから」

「そうか、ありがとう。それじゃあ、これが家までの地図と基本的なマニュアルだから。期待しているよ、真衛君」

 山口さんは微笑みながら励ましの意味をこめて、僕の肩を軽く叩いてくれた。

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