第59話 お屋敷2回目 少しずつ明かされる関係
「お嬢様、そろそろ一息入れてはいかがですか?」
二回目に訪れたお屋敷藍方院家。勉強中にかけられた和葉さんの一言で僕とルリトちゃんは一旦テーブルの上を片付ける。今回紅茶を運んできた和葉さんの頭上には何故か薄ピンクに白の水玉模様の紙で飾られた正方形のダンボール箱が器用に乗せられていた。
「息抜き用にちょっとしたものをご用意いたしました。じゃ~ん、いちゃいちゃぼっくす~」
テーブルに紅茶を乗せた後和葉さんはにこにこしながら降ろしたダンボール箱を両手で抱える。それには一つの面に丸い穴がくりぬかれていた。
「この中の紙に書かれたことをお二人でこなして頂く草も食べないようなお二人のための箱ですよ~。私も変化のないお嬢様と箕崎様をただ見守っているのは退屈なのでどうぞお付き合いくださいな。どうしても嫌でしたら仕方な~く、名残惜しそ~に諦めますけど~」
和葉さんから意思が見えみえの言い方をされた。これが関係を深めるということだろうか。結婚のためという訳じゃないけれど、少々仕方なさそうに微笑んでいるルリトちゃんが拒否しなければ僕も無下に断ることはしなかった。
「ええっと、お二人共背中合わせで座ってみてくださいな~」
ごそごそと中身を漁りだした和葉さんが紙を取り出して読み上げる。意外だった。実はいったいどんな無理難題を出されるかと身構えてもいたのだけれど。このみちゃんと体験したことがあるし、顔を見合わせるルリトちゃんも微笑んでくれたので僕達は背中を合わせて腰を下ろしてみる。
「いいですね~絵になりますよ~。続いては~」
「あの、これいつまで続くんですか……?」
「? そうですね~、遠慮する出来事が起こるまでとしましょうか。次は握手ですよ握手。どうですか?」
さっきよりは抵抗感が芽生えたけれど、お互いに恥じらいつつ僕に合わせてルリトちゃんも手を伸ばしてくれた。
「えっと……これからもよろしく、ルリトちゃん」
「は、はい。よろしくお願いします」
「お互い手の感触を隅々まで頭に焼き付けました? 箕崎様はもっと触っていたいって思ったんじゃないですか?」
僕とルリトちゃんの頬が少し染まるのも構わずに、構うつもりなんて元々無いように和葉さんは三度箱へと手を入れる。
「あら、これはこれは……『添い寝』を引いてしまいました」
「!!?」
「っっ……!?」
ほんのりした色だった僕達の頬が急激に色味を増した。僕達はさっきのように顔を見合わせるけど、違うのはその意味合い。表情を確認するまでもなく、ルリトちゃんの気持ちは僕と同じだと思う。
「あの、そ、それは流石に遠慮しておきたいんですけど……」
「わ、わたしも……真衛さんの意見と同じですっ」
「そうですか……」
やっぱりこういった抵抗感が強い内容も入っていた。一番最初で引かれていたらすぐに終わっていたのだろう。和葉さんの気持ちを多少なりとも汲み取り付き合う余裕も無かったはずだ。今回は順番のランダム性が上手く働いて救われたと考えることにする。
「せっかく段階を踏めるように何が書いてある紙かわかるような細工を施していましたのに……まあ正直これはお二人の恥じらう顔を拝見するためでもあったので良しとしましょう」
うん、ランダム性なんて無かった。企んでいる素振りも表情も全く出さず残念そうな顔で頬へと手を当てている和葉さんに冷や汗を感じずにはいられない――。
〇 〇 〇
「それはたぶん、お母様ですよ」
前回見た女性について話してみると、案外すんなり納得できそうな答えが返ってきた。
「あの時私も認識しておりましたが、箕崎様から尋ねられませんでしたので、出過ぎた真似は慎みました」
和葉さんがそう付け加える。確かにパッと見の印象だけど、言われてみれば女性の面影が目の前の女の子に残っているような気がした。
「お会いになられますか?」
「えっ……いいんですか?」
「代理人として私が取り仕切るよう任されておりますが、話してみたいともおっしゃっていましたし、本来は箕崎様をここに呼んだ依頼主でもありますので、ご挨拶して下されば嬉しく思います……たとえば、お嬢様のデリケートな部分に触れてしまいましたと」
「っ!」
「っ……」
面白がるような表情を浮かべた和葉さんに対して、僕とルリトちゃんは予想外の言葉に頬が赤く染まる。やはり初日の和葉さんはこういった部分をどこかしら隠していたのだろう。真面目なメイドさんだなと思った第一印象だけを信じてはいけなかった。
「私ですら触れる機会のない場所に触れ、撫でまわし、揉みしだいた箕崎様ですから、再びお嬢様に危機が迫らないか一応監視もしていたのですが、流石に監視下では何も起こりませんね」
「かっ、和葉さん! わたしそんな風に伝えた覚えは……」
「あらそうでした? お嬢様の性格上、てっきり遠慮して伝えているのかと思いまして。それでしたらもう故意ではないと伝わっていますので、話題に出さなくても大丈夫かもしれません」
その言葉に僕とルリトちゃんはほっと胸を撫でおろす。わざと誇張された気がするけれど、蒸し返したらまたからかわれる嫌な予感がするので何も言わない方が良いと思う。
「ご案内いたします箕崎様。お嬢様もご一緒されますか?」
頷いたルリトちゃんもつれて、僕はルリトちゃんの部屋を後にした。
〇 〇 〇
「お嬢様の母にあたる
歩きながらルリトちゃんのお母さんのことをある程度説明してくれる和葉さん。僕はそれを聞いて、お母さんの容態の方が気になった。
「それって、僕と話しても大丈夫なんですか?」
「わたしと話す時も問題ないですし、きっと大丈夫だと思いますよ」
答えてくれたルリトちゃんの言葉を聞いて僕はいくらか安堵する。しばらく進むと通路の側面にお屋敷の雰囲気とは少し違った両開きの扉があった。ちょうどそこに一人の小さい女の子メイドさんが入っていく。僕達は閉められた扉の前に立ち、和葉さんが声をかけた。
「失礼します紗愛璃様。箕崎様がご面会を希望されているので、お連れしました」
「どうぞどうぞっ、私達もいるので入ってきて大丈夫ですよ~」
そんな快活な声が奥から響く。一瞬誤解しかけたけれど、どうやらルリトちゃんのお母さん以外にも、部屋に誰かいるらしい。
開かれた扉の先、そこは一言で表せば、部屋が白くない病室という言葉が正しいだろうか。僕にはかろうじて医療の用途だろうと見当がつく程度の複雑な機械などが主に目の前のベッドに設置してあった。唯一はっきり理解できたのは今使用されていない点滴用の器具だけである。ベッドの上では一人の女性が上半身を起こしていて、その女性と僕達との間には、二人のメイド服姿の女の子がこちらを見ながら立っていた。一人は普通のメイドさんに見えるけど、もう一人はなんというかその……所々メカメカしい。ロボットという印象を僕の頭に残している。
「へ~あなたが箕崎さんですか~。全然男の子っぽくないですね~女の子みたいですっ」
女の子が僕をまじまじ観察する。声からしてさっき返事をしたのはこの子なのだろう。
「
「は~い」とお気楽そうな返事を返した優愛と呼ばれる女の子。今度はそれを聞きながら微笑むベッドの上の女性が話し始めた。
「ここに来るのは二日目らしいですが、改めて歓迎させて下さい……。ようこそ箕崎さん、我が藍方院家へ……」
女性の発する声はとてもか細い。さっき和葉さんが言っていたことの意味をしっかり納得させられる。
「お母様、お身体の具合はいかがですか?」
「ええ……。アイラのおかげもあって、とても良好ですよ……」
ルリトちゃんの問いに答えた紗愛璃さんは側にいる女の子の頭をなでる。ロボットの印象を残す女の子はとても嬉しそうな表情を浮かべた後、視線を向けている僕に気付き、言葉を発した。
「主に医療用として紗愛璃サマのお世話をしておりマス、メイドロボットのアイラと申しマス」
お辞儀をしたアイラちゃんは、僕にもにっこりとした笑顔を見せてくれる。先ほどの嬉しい表情といい、流暢な言葉といい、見た目もどこか日本人離れしているので、機械的な要素が無ければ人間の女の子と見分けがつかないほどだった。これほど完成度の高い人型ロボットなんて、開発されていたのだろうか。
とりあえず僕のことはある程度知られているみたいなので、僕はアイラちゃんによろしくの意味を込めて微笑みだけ返すと、紗愛璃さんに向き直る。
「えっと、歓迎して頂いてとても嬉しいです。その……お身体、気を付けてくださいね」
「はい、こちらこそありがとうございます……。ですが、身体を動かさずとも指示くらいは出来る便利な時代になりましたので……」
紗愛璃さんが目を向けるのは、ベッドの上で作業できる簡易的なテーブル。そしてその上にあるPCと携帯電話だ。
「それであの、本当に僕なんかでいいんでしょうか……。勉強に関してはあまり役に立てていないんですけど……」
「はい……。このまま藍方院家で過ごしてもらえれば……」
「は、はあ……。その、ゆくゆく行う結婚のためですか? 正直僕とルリトちゃんは会ってまだ日が浅いですし、少し考えさせてほしいといいますか――」
「? 結婚……ですか?」
紗愛璃さんの反応を見て僕にも疑問符が浮かんだ。ルリトちゃんがなんのことかわからずにいるのは知らされていないはずなのでおかしくないし、この段階で知られてしまうけれど乗り気ではないことを伝えるためなので大丈夫だと思う。だけどお母さんである紗愛璃さんまでこの話をどうやら把握していなさそうなのだ。
「え、た、確かにゆくゆく結婚って――」
僕はその説明を受けた張本人である人に言いながら視線を動かす。和葉さんは僕の視線に気付くと満面の笑みを浮かべてきた。僕は全てを察して背筋が凍る。怖い、この人怖い。紗愛璃さんは一旦視線を僕から和葉さんに移し、再び僕を見て口を開いた。
「ゆくゆくの結婚ですか……ルリトのこと、それほど気にいってくれたのですか? どうします? ルリト。求婚されてしまいましたよ?」
「あ、えと、その……」
「ち、違っ、求婚とかそんなつもりじゃ――か、勘違いでしたっ、忘れてください……」
もう何度目かわからないけれど僕とルリトちゃんが揃って赤くなる。今回はきっと同じ理由や意味じゃないけれど。
そしてそれに伴う僕の中の違和感は消えないままだ。前に山口さんが女の子と仲良くなってほしいと言っていて、たとえそれが目的だとしても、ルリトちゃんと友人であるゆずはさん達と僕が仲良くしていたとしても、僕がこのお屋敷に呼ばれる理由としては薄すぎる気がする。どうして僕をそんなに信頼してくれるのだろう。
疑問が解決しないまま、ここで過ごす時間が一人の女の子の言葉によって無くなろうとしていた。
「箕崎さんは未来の旦那様候補なんですか? それなら私、優愛がお屋敷の中を案内してあげましょうか?」
「いや、それはほんとに勘違いで……」
「案内は私とお嬢様でほとんど終わらせましたよ優愛」
「ががん!? で、でもでもっ、まだ案内していないところがあるはずですっ。この広いお屋敷の中全部ってわけじゃありませんよねっ」
「確かにありますが、もうわざわざ案内する場所も……」
「それでも案内したいですっ。私も箕崎さんとお話したいですうっ。ほら、いきましょう箕崎さんっ」
「えっ、ちょっ……」
僕の腕をひっぱり優愛ちゃんが部屋を出ていこうとする。僕としてはもう一つの疑問を最後に訊いておきたい。
「あ、あのっ、僕達が入る前に部屋へ入っていった女の子が見当たらないんですけど……」
「ああ……彼女でしたら……」
そう言いながら紗愛璃さんはベッドの壁側で手を動かす。するとさっきの女の子メイドさんがぴょこっと顔をのぞかせた。女の子は一礼すると、部屋の扉を開けてそこから出ていく。
「もういいですか? それじゃあ出発ですっ」
和葉さんの「慌ただしくてすみません、失礼します」という声が、連れていかれる僕の耳に届いていた――。
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