出会うのは偶然か必然か
第2話 きっかけは親友のささいな押し付け
(この家かぁ……)
僕は今、少し緊張気味にある一戸建ての家の前に立っている。今日から僕はこの家の子に勉強を教える家庭教師になったのだ。――アルバイトみたいなものだけど。
どうしてこんな事になったのか、それを話せばかなり長くなる。
○ ○ ○
暖かな日差しが差し込む窓から見る空、そして雲。雲がわたあめみたいな綿状のものではなく、霧みたいに触れる事が出来ないということを、僕はいつから知っていただろうか。もっとも、僕は普段こんな風に空を眺めているほど芸術的な生き方をしている訳ではない。女性の先生が話す英単語の羅列が聞こえるここは学校の教室。
「真衛、お前、アルバイト始めてみないか?」
などという事を言われた。
「……えっ?」
「いや、(えっ?)じゃなくて」
いきなり友人にこんな事を言われては思わず『えっ?』と言ってしまってもおかしくないと思う。まあ、ここはそんな事をいきなり持ちかけてきた友人の理由を聞いてみよう。
「……それで、どうして僕にそんな事を?」
「お、さすがまもちゃん、察しが早いぜ」
あはは、まもちゃんって――話を先に進めよう。
「いやぁそれがな、うちの親戚に今家庭教師のバイトを募集している人がいてさ、一回やってみないかっつー話なんだ。今は仮雇用体験とかいう――なんかお試し期間みたいなものもあるらしいしな」
確かに僕は今まで部活もせず、どちらかと言えば退屈な私生活を送ってきていた。アルバイトをすれば確かにそうではなくなるけれど、逆を言えば今までの『退屈だが自由な時間』が無くなるということだ。新しいことだって別にアルバイトでなくても良いわけだし、今何か欲しいものがあるわけでもない。審議の結果本当ならすぐに断るという結論に至ったところだけど、翼は僕のこういう性格を知っている。何か僕を誘いに乗せる言葉を隠しているに違いない。
(ちょっと、見てみようかな……)
人の心を読む力。はっきり言えば、僕にはそれがある。だけど、僕はこの力をすごいとも、魅力的だとも思っていない。何故かと言えば、僕の力はとても弱いからだ。相手が自分に伝えても良いことしか読み取れないのだから。あらゆることを自由に引き出せるという訳ではなく、相手が今考えていることでなければならない。その力を使い、僕は翼のこれから言うことを読んでみた。
[真衛はどちらかと言えばゆったりした時間を過ごすことの方が好きだからたぶん断るな。だけどこちらには、真衛の隠している女子には見せられない本の隠し場所情報を手に入れている。はあ……にしても、幼稚園か小学生あたりの素直さ純粋さに癒されたい――]
やっぱりそんなことだろうと思った。ここで僕が、「何か誘いに乗せる方法でも持っているんでしょ」みたいなことを言えば、さっき読んだ心の中を簡単に話してくれるだろう。後半についても僕にとっては周知の事実だし、《本当に女性の好みはノーマルで単純に癒されたい。素直で純粋であれば男の子も範囲内、誤解されまくるけどな》とは翼から直接聞いている。一応心は見ていないことにして、とりあえず断りの言葉。
「特にやりたいってことでもないし、遠慮したいな……」
「ふう、やりたくなかったが仕方が無い。だったらお前の女子には見せられない本の隠し場所、公表するしかないな」
不公平だ。卑怯だ。鬼だ。よりにもよってこの学校でそんなことが全校生徒に知られたら、僕は転校するしかない。
ここ、私立心水学園は僕が入学してくる前までは生徒が女の子しかいない、いわゆる女子校だった。翼も一緒に入ってきて、今学校全体で男子は僕と翼だけである。
『男子にとって女子校は夢のような場所』という夢を夢のままにしておきたいというのは、今年まで誰も男子が入学しなかったことが証明しているような気がする。実際物事の意見は女の子目線で通るし、友達を作ろうと意を決して話しかけても怯えられるか境遇上下心を怪しまれる。さすがに入学してから年月が過ぎたから、前ほどってことではないけれど、毎日とても肩身が狭い。
翼はどうなのか知らないけど、本当は僕もそちら側だった。だけど両親が勝手にこの学校に転入届を出してしまったのだ。理由として、自分達と仲の良い友人が経営しているからとかなんとか。いくら中等部だからって、もう少し僕の立場とか希望を考慮に入れてくれても良いと思う。
第一翼はどうして話していない本の事なんか知ってるんだろうか。偶然隠し場所を見つけたのか、翼にも実は人の心を読む力があるのか――なんて心の中で呟きながらも僕は、「頼む、親戚の人も期待してるんだ。仮雇用体験っていうのだけでもいいって言ってたからさ」という言葉に、
「はぁ、仕方ないなあ……」
そう答えさせられるのだった。
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