江東区から始める世界征服
寝る犬
江東区から始める世界征服
就職情報誌「CITY WORK」の一般事務の欄を開くと、そこに見たことのないタイプの求人を見つけた。
『秘密結社ダークシャドウ』
『女性スタッフの多く活躍する、明るい職場です!』
まず秘密結社という会社の形態がよくわからないが、それよりおれの心にツボったのは「ダーク」で「シャドウ」なのに「明るい職場です!」と言う売り文句だった。
「いいセンスしてるな」
部屋でベッドに寝転びながら、軽く笑いを浮かべて読み進める。
『今回、組織拡大による一般事務の正構成員を募集します。他にはない仕事ですので、まずは他の構成員の補助に回っていただきますが、やがては一部隊を率いていただきたいと思っています。経験不問、やる気と体力のある方歓迎』
『職種:秘密結社幹部候補(正社員)』
『給与:秘密結社なので秘密』
『勤務地:秘密結社なので秘密』
とりあえず正社員らしいし、なかなか洒落が効いてるので、応募してみよう。しかし、住所も電話も全て「秘密」になっていて、俺は途方に暮れた。
「くそっ、これじゃあ履歴書送れねぇじゃん」
そうつぶやいた俺の部屋のドアとベランダに向けたサッシが突然開き、全身タイツに黒覆面の男たちが俺を取り囲んだ。いや、男たちと言うのは語弊がある。黒タイツでハッキリ分かるあの胸は、どう見ても女性だ。女性も三分の一ほど混じっているだろう。
最後にベランダからゆっくりと入ってきたのは、顔にツタンカーメンのような黄金のマスクを付け、ラメ入りの濃紺のマントを翻した男だった。
「キサマがサトウ ハジメだな」
手に持ったコブラの頭を模した杖を手の上でポンポンと弾ませながら、その男は俺の名を呼ぶ。
一応コクリと頷くと、周りの全身タイツ達は両手を上げて体を揺すりながら「イー! イーイー!」と奇妙な言葉を発し始める。
「うむ、ハジメよ。ワシが秘密結社ダークシャドウ総統、コブラツタンカーメンだ。……よろしくお願いします」
急にかしこまってスチール製の名刺入れから名詞を一枚渡す。
俺は名詞がないので、とりあえず「ありがとうございます」と受け取った。
本当に秘密結社なんだな。
名詞の企業名『秘密結社ダークシャドウ』の文字に妙な感慨を抱く。どうやってここを突き止めたのかは知らないが、就職の意図をもった俺をすぐに見つけるなんて大したものだと、素直に感心した。
「さて、我がダークシャドウは現在シャインレンジャーと言う天下り組織に難癖をつけられ、今後営利団体としての営業が出来なくなるかも知れないと言う未曾有の危機に貧している。そこで、今までコネやスカウトのみで取っていた新卒社員を入れて新しい風を吹かせようという目論見なのだ」
「わりと責任重大ですね」
「そうだ、キサマの方から何か質問はあるか?」
「あの、勤務時間とか、勤務地とか、給与とかの話を全然聞いてないんですけど……」
俺の質問に、コブラツタンカーメンさんの後ろから、ボンデージ姿のグラマーな女性が姿を現す。金色の髪にはサソリのような髪留めが幾つか飾られ、アイラインは黒い
副総統、そう自己紹介したその女性はジャークレディーと言う名前だった。
「シフトにより週休2日制、年末年始、夏季・年次有給・慶弔などで年間休日125日、基本勤務時間は一日7時間で途中休憩あり、月給は××円ですが試用期間は3ヶ月有ります。その間の条件も変わりません。昇給、賞与は年2回、前年度の支給実績は基本給の6ヶ月分です」
H・R・ギーガーがデザインしたようなA4ファイルに挟まれた書類を見ながら言われた金額は至極まっとうな金額だった。いやむしろこのご時世ではかなり良い条件だといえる。俺は入社を決めた。
「そうか、決めたか。ではまず最初の3ヶ月は戦闘員をやってもらう。Mサイズでいいかな」
……全身タイツ。出来れば死ぬまで着たくなかった衣装の一つだが、それぐらいではめげていられない。マスクをずらして挨拶してくれた女の子戦闘員のためにも、俺は上に立つ人間になる。そう心に決めたのだ。
マスクを被って列に並ぶ。
「ずれてもいいから、適当に真似してみて」
隣からこっそりと囁かれたのは、さっきの女の子の声だ。一生懸命真似して「イーイー!」と叫ぶ。
「おお! 初日とは思えん! いい威嚇だ」
コブラツタンカーメンさんに褒められ、俺はちょっといい気持ちだった。
この仕事、タイツ一枚の女の子の体のライン見放題だし、思ったよりキツくないし、楽しいかも!
ウキウキし始めた俺の心に水を指すように、派手な音を立ててサッシを蹴破り、さらに輪をかけて派手な原色の男女が、狭い6畳間に侵入してきた。
「シャインレッド!」「シャインブルー!」「シャイングリーン!」「シャインイエロー!」「シャインピンク!」
「五人揃って――」
「あーあ、これ弁償してくださいね」
秘密組織ダークシャドウですら丁寧に開けて入ってきたサッシをわざわざ蹴破って入って来やがった。こいつらがシャインレンジャーか。俺はイラッとして口上を遮った。
「え?」
赤いやつが信じられない物でも見るように俺に聞き返す。
「弁償ですよ」
俺は戦闘員のマスクを脱いだ。
「いいですか? そもそもあなた達全員、不法侵入です。まぁ100歩譲ってダークシャドウの皆さんは俺との話し合いのための集合なのでいいでしょう。しかし何ですかあなた方は! 突然窓を破って侵入してくるなんて、強盗ですよ強盗。しかるべき所で判定を下してもらいましょうか?」
「いや、だって……」
「……なぁ?」
「だからヤバいっていったじゃん……」
「なんだよ爆破しなきゃ大丈夫ってお前も……」
五色の奴らは口々に何か言い合っている、最終的に彼らの言った言葉はこうだった。
「まぁいい! 貴様ら悪の組織を放っておくわけにはいかないのだ! 俺達は、いつでもお前らの前に立ちはだかるぞ! 覚えてろよ!」
入ってきたところからサッと帰ろうとする赤いやつと黄色いやつの肩を掴み俺は止めた。
「おいおいちょっとまて。そこ! ピンクと青と緑! お前らもだ、こい!」
ベランダから逃走しようとした奴らをガラスの破片の上に正座させる。さすがに正義のヒーローが仲間を見捨てて逃走するわけには行かないだろう。
「とりあえず、掃除代とガラス代だけは払って行きなよ。そうじゃなきゃ一筆書いてもらわないとな」
ピンクが書類にサインしてある間、俺は赤からシャインレンジャーの名詞をもらった。
裏にはどうやらシャインレンジャーは国防費で組織されていて、その活動資金は俺達の税金で賄われていると書いてあった。
「なぁ、国の金使って国民の財産を壊しちゃダメだろう? レッドさんよ」
「……いえ……はい、……でもイエローとピンクが……」
「君リーダーでしょ?」
「……はい」
「リーダーなんだから止めないとさ。作戦も君が決めてんの?」
「いえ、作戦参謀が……あ、あの方です」
指差された駐輪場の一角で、銀色の派手なスーツ姿の男が喫煙所でもないのにタバコを吸っていた。
俺はサンダルを突っかけて外にでる。ツカツカとその銀色のスーツ姿の男に詰め寄ると、問答無用でタバコを持つ手を掴んだ。
「敷地内は禁煙です。ルールも守れないの?」
「……あぁ、すまんな」
俺の腕を乱暴に振り払うと、ムッとした表情のそのオッサンは、手すりにたばこをなすりつける。そしてあろうことか、そのまま花に水をやるバケツに放り込んだ。
その一連の行動に、俺は本気でブチ切れた。
「あんたが責任者だな。俺はお前を訴える。そのシャインレンジャーが消滅するまで追い込んでやるからな。たのしみにしとけ」
「は? 何だ小僧? お前国家権力の正義のヒーローに勝てるつもりでいんのか?」
「お前らが何者かなんて関係ねーんだよ。俺はあんたらみたいな権力を傘にきてルールも守らない、人の迷惑も考えない奴らが大嫌いなんだ。ぜってーつぶす」
「なんだと!?」と俺に殴りかかりそうになった作戦参謀を、緑と青が押さえつける。「今日はマズイっす」「ひとまず帰りましょう」と何とか押さえ込んだようだった。
しかし、その姿を見ていた俺は、更に腹が立つ。ひとまずだ? 今日はだ? 何ぬるいこと言ってるんだこいつら。
「あーだめだ。もうダメだあんたら」
ピンクの書いた書類を取り上げ、目を通す。知り合いでもない俺の家に突然侵入してきたこと、サッシを蹴り破って室内をガラスの破片だらけにしたこと、自らの非を認めて、全て弁償することなどが書いてある。五色分全員の自筆のサインも入っていた。
「もう今日はこれで許してやろうと思ってたが、ダメだそいつ。その派手なオッサンの態度がダメだわ。反省してないだろ? 1回留置所にでも行って頭冷やしてこいや」
また殴りかかろうとする作戦参謀を青と緑が押さえつける。
「すみません、参謀には私達からよく言って聞かせますから、今日はちょっと頭に血が上ってるようですし、後日というわけには行きませんか?」
「ハジメ……さん。彼らもこう言ってるし、今日は穏便に済ませてやるわけにはいかんか」
すがるように謝るピンクに情をほだされたのか、コブラツタンカーメンさんも赤の頭を無理やり下げさせながら、俺に情状酌量を求めてくる。
周りの戦闘員も、敵のことなのに俺にお願いをしてきた。
「……まぁコブラツタンカーメンさんがそこまで言うなら……俺も鬼じゃないから」
戦闘員たちにワッと笑顔が広がる。
ピンクも赤も青も黄色も緑も、口々に「すみません!」「ありがとうございます!」と謝り、戦闘員やコブラツタンカーメンさんに「よかったな!」と励まされていた。
「じゃ、あの、今日はすみませんでした。近いうちにご挨拶に伺わせていただきます」
代表して赤いのが頭を下げる。未だにふてぶてしい態度を続ける作戦参謀に「ほら、参謀も頭下げて」と言いながら残りのやつらも頭を下げ、シャインレンジャーはこそこそと帰っていった。
入れ違いにガラス屋さんが顔を出す。ジャークレディーさんが連絡してくれていたらしい。有能だ。『秘密結社ダークシャドウ様』宛で領収書を切ってもらい、支払いまでダークシャドウ側で全部やってもらった。
まだ正式に社員になったわけでもないのに申し訳ない。俺はコブラツタンカーメンさんにお礼を言った。
「さて」
戦闘員に手伝ってもらい、ガラスの破片の掃除まで終わった俺の狭い部屋で、何故か正座しているコブラツタンカーメンさんに釣られて俺も正座した。
「……ハジメさん、なかなか豪気な気性なのだな」
いつの間にかコブラツタンカーメンさんの俺の呼び方がさん付けになっている。でも語尾が変わらないのは流石だ。
「やめてくださいよコブラツタンカーメンさん、俺はああ言う権力を傘にきて無理を押し通す奴らが嫌いなだけです。って言うか、あいつらいつもああなんですか?」
俺の言葉にコブラツタンカーメンさんが言葉をつまらす。
黄金のマスクの影で分からなかったが、肩は震え、泣いているようにも見えた。
ジャークレディーさんが「総統」と肩に手を置く。戦闘員たちも俯いていた。
「ハジメさん、総統の右腕になって、助けてあげてください」
何かを決断したように、ジャークレディーさんが俺をまっすぐ見つめる。
「そりゃあこれから正社員になろうと思っていますから、やぶさかではないですけど。助けるって……そもそも秘密結社ダークシャドウの目的は何なんですか?」
「……世界征服……だ」
ジャークレディーさんに優しく背中を押されて、コブラツタンカーメンさんはハッキリとそういった。
マジか……秘密結社って聞いたからまさかとは思ったけどやっぱりか……
「どこまで征服出来てるんですか?」
「南砂町68丁目付近約130平米です」
狭い。って言うかそれ征服したわけじゃなくて、ただ単に不動産物件を持っているってだけだろう。
ジャークレディーさんに渡された登記簿を見て、俺は頭を抱えた。
戦闘員とジャークレディーさんにすがるような目つきで見つめられ、ああ、この人達はコブラツタンカーメンさんの人間性は好きだけど、世界征服の才能は無いと解ってるんだなと、妙に納得した。
俺はため息をつくと、膝を崩す。
「仕方がない、やってやる。俺を総統にしろ」
ザワッと戦闘員たちが浮足立つ。
ジャークレディーさんも驚いて固まっていた。
「じゃあ、あのワシは……」
「大総統にしてやるよ。実務は俺が仕切る」
「う……うむ」
「よし、明日から世界征服だ。秘密結社に帰るぞ」
「イー!」と言う返事と喝采に俺は包まれる。
こうして俺は江東区から世界征服を始めることになったのだった。
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