ゴーストタウンで教師始めました

桜人

第霊話 ゴーストタウンへようこそ

 カチッカチッと時計の秒針の動く音が静まり返った学校の応接室に響き渡る。今この部屋にいるのは俺と対面のソファーに座って手に持った履歴書をじっと凝視している女性の2人だけだ。

 年齢はおそらく20代半ばといったとこだろうか。身長は175cmの俺より少し低いくらい。スカートタイプのスーツの上に白衣を羽織っていて研究者のような身なりをしている彼女は絵に書いたような美人さんでスカートから伸びる脚もすらっと長くモデルのように美しい。ただ一点、腰まで伸びた茶髪の中にちょいちょい枝毛が見られるのが残念だなぁ〜などと至極どうでもいい考察していると、キリッとした切れ長の目がこちらに向けられた。タイミングがタイミングなだけにドキッとしてしまう。いや恋とかそういうのじゃなく変(態的)な意味で。

「さて、一応確認だけど君が今年からこの学校に赴任してきた三国奏太(みくにかなた)君だね。」

 履歴書を読み始めてから5分くらい経った頃だろうか。女性は手に持っていたそれをゆっくりと透明なガラステーブルの上に置いてそう問いかけてきた。良かった、さっきから脚をガン見してた事はバレてないみたいだ。

「はい」

 俺は少しでもイメージを良くするために姿勢を正すと短く、だがハッキリとそう返す。

 まるで面接のようなシチュエーションだが、これは面接などではない。じゃあ何かと聞かれたら・・・なんなんでしょうね。こっちが聞きたいくらいだ。

 今の質問にもあった通り俺の名前は三国奏太。去年の9月、教員試験に無事合格して教師の仲間入りを果たしたばかりの23歲。この春(約10日ほど前)に実家のある大都市東京を離れ、正確には何県なのかすら分からないような県境の山間にある、この小さな小中学校に赴任してきたばかりの新米教師だ。

 そして今日はその学校の入学式の日。

 教師には新年度を迎える前にやらねばいけない事がいっぱいある筈なのに越してきてからずっと何も連絡が入ってこない、連絡しても繋がらないの状態が続いていてようやく今朝、急に目覚ましコールで呼び出されたと思ったらこれだ。始まったのは始業式の準備でも仕事の打ち合わせでもなく謎の面談。

 因みにこの履歴書は事前に学校の方に提出してあったものだ。なので(あらかじめ読んどいて下さいよ)と思ったが口にはしない。口にしたら俺の教師生活が今のプロローグで終わっちゃうからね。

「眠たそうだね」

 少し欠伸しかけてなんとか堪えた俺を見て、まるで何気ない日常会話を始めるかのような調子て向こうが尋ねてきた。その言葉に俺を咎める様子はない。咎められる謂れもないけど。何故なら。

「えぇまぁ。朝の4時半ですから」

 そう、そもそもの集合時刻が早すぎるのだ。

 4時半て!いくらなんでも早すぎません!?外はまだお日様が熟睡しておられる頃ですよ?始業時刻は8時半なんだから、もう少しくらい遅くても良いと思うんですけど!と心の中でツッコミのように抗議をしてたのが読まれたのか、目の前の女性は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

「いやぁ〜すまないね。今日は説明と相談しなきゃいけないことが多いから早く来てもらったんだ。明日からは8時頃に出てきてくれたらそれで良いし、格好もそんなスーツみたいなキッチリしたものでなくても構わない。そうだ、ちょっと説明の前に1つ聞いてもいいかな?」

「はい、なんでしょう」

 一応、面接練習はビジネスマナー講座で何度もやってきたから、どの質問がきたらこう答えるってのはある程度、頭の中にインプットしてるつもりだ。そんな今の俺に死角はない!志望動機でもアピールポイントでも何でも来やがれ!

「この履歴書だと一昨年大学を卒業したことになってるんだけど、年数間違ってないかい?君が採用試験を受けたのは去年だろ?」

「い、いえ、それで合ってます」

 ぐふっ。急に傷口を抉られて思わず俯く。まぁいずれはバレることなのだが、俺の空白の1年をよく見てやがるぜ。空白の1年、それ即ち。

「ん〜?あっ!なるほど!浪人してたのか。あははっ失敬失敬」

 あれれ〜?おかしいぞ〜?と疑問符をよく口に出す少年名探偵みたく顎に手を当てて何やら考えていた女性が唐突な名推理で謎を解いた。はいそうなんです。実は俺、1年浪人してるんです。いや、普通に受けてたら去年の今頃には教師として新たな一歩を踏み出せてた筈だったんだ。受験の前日にインフルエンザさえ発症してなければ・・・。

 しかし俺は何も悪いことはしてない。ただただ運が悪かっただけだ。そう自分に言い聞かせ、なんとか前を向き直す。

「いやぁ〜これまで君の話をほとんど聞いてこなかったからね。そういう細かい事までは知らなかったよ」

「えっ、そういう情報って入ってこないもんなんですか?」

 俺はそこら辺の事情に詳しくないからよく分からんけど、そういうのって事前に上から聞かされるされるもんではないのか。

「それが入ってこないんだよ〜。やっぱり個人情報だからね!そういった細かい情報は法に守られてるんだよ。君から直にしか聞けないような情報を手に入れるのも今日早めに登校してきてもらった目的の一つだ」

「あの〜それって昨日までにやっておくべきことでは・・・」

「何を言ってるんだね君は。昨日まで春休みだぞ?休み期間まで働いてどうするんだ。休みは文字通り休む為にあるものだよ」

「理由が最低だ!」

 しれっと出てきた爆弾発言にとうとうツッコミを入れてしまった。思わぬ自分の失言にハッと口元を抑えるも時すでに遅し。俺の教師生活をプロローグで終わらせない為に何か弁明しようと目の前の女性を見ると、彼女は怒るでもなく寧ろ口元を綻ばせていた。

「あははははっ。そうだね。こんな事を言うと他の地域の保護者や教育委員会からはボロカスに言われるだろうね」

 一通り笑い終えたあと、その笑みはどんどん闇を含んだものになっていく。

「というか、そもそも教師というものは働きすぎなんだよ。ただでさえ薄給なのに、長時間働かされるわ生徒や保護者からは色々言われるわ・・・。こんな割に合わない仕事をさせられるんだから、そりゃあ辞めてく人も多いし人材不足にもなるよ」

 その目は闇を語っていた。深く、暗い社会の闇を。とりあえず今の話で教師という仕事の大変さは充分伝わった。けど話題を変えなくては。この空気では自分のメンタルが持たない。

「あの〜。こちらからも1つ質問してもよろしいでしょうか」

「なにかな?」

 顔を上げた彼女は先程までと同じような飄々とした様子に戻っていた。さっきのは夢だったのかな?

「今年からここで勤務する教師って俺だけですか?」

「そうだよ。見てわからんかね?」

 さも当然といったような口調の女性。始業式の日にも拘わらず、この部屋に呼ばれたのは俺一人だったから、まさかとは思っていたが・・・。

 俺は言葉を失いかけるもなんとか続けた。

「見て分かるから、こうやって尋ねてるんです。自分とえっと・・・」

「あぁ。自己紹介がまだだったね。私は与那嶺 燿(よなみねあかり)だ。名字からも分かる通り出身は沖縄で、ここに住み始めたのは教師になってからだからだから3年くらいかな?ただそれでも、この町については君よか知っているから分からない事があれば、なんでも聞きたまえ」

「分かりました。なら、自分と与那嶺さん以外の教師は何名ほどおられるんですか?」

「うん、君は話がぶれないねぇ。まぁいいんだけどさ。ここの教師かい?うん、いないよ」

 女性は可愛らしく首を傾げると両手を横に広げ、やれやれというポーズを取る。その仕草は正直ちょっと可愛い・・・いや、いやいや!今なんと!?

「この学校に君と私以外の教員は1人もいない」

「えっ?それって大丈夫なんですか?」

「逆に必要だと思うかい?この学校に。そんな大人数の教師が」

 確かに生徒数の少ない学校に多くの職員は要らない。それでもだ。

「もう数人くらいはいても良いかと・・・」

「いやいや、それは人件費の無駄だよ。ここには最低限の事を教えらる人が私の他に1人でもいればそれでいい。君、ここの生徒数を知っているのかね」

 マズい。こんなことを聞かれるとは思ってなかったから下調べしてくるのを忘れてた。俺は頭を振り絞りなんとか推理する。まず小中学校という事はそんなに数多くの生徒はいないはずだ。そして民家の大体の件数から察するに。

「さ、30人くらいですかね」

 生徒数の少ない学校ならそんなもんだろう。

「惜しいな。桁が違う」

「なら300人ですか?」

「だから桁が違うと言っている」

「もしかして・・・3000人?」

「君はなんでそうやって増やしていくんだ!逆だよ逆!3人だ3人!スリー!」

「マジっすか・・・」

 生徒数が3人なんて誰が予測しただろうか。いや、できないな。っていうかもうこれ実質廃校じゃん・・・。

「あぁマジだ。越してきたばかりとあって、まだまだこの町の事を知らないようだな」

「たっ、多少は知ってます」

「ほう?例えば。どんなところかな?」

 またやっちまった。反射的に知ってると返してしまったが、まだ勉強途中で知ってることなんて殆どない。でも言ってしまった以上、何か言わなきゃ。えーっと。

「人がいない、建物がない、車がそれほど走ってない、田んぼと川がある、山に囲まれている、とかですかね」

「視覚的な情報オンリー!?それは誰でも分かるよ!ほんと俺ら東京さ行くだの歌詞じゃないんだからさぁ・・・。ゴホン、まぁあれだ。一応建物はあるからね?人が住んでるとは言わないけど民家だけで100軒近くあるし、あと商店とか郵便局とかATMとか暮らしに必要最低限の施設もある」

「そうですね。気持ち程度ですけど、ありましたね」

 まぁ商店とは言っても少しでも客が同じ日に集中するとすぐ品薄になってしまうし、郵便局とATMも開いてる時間と閉まってる時間が適当すぎて本当に最低限あるかすら怪しいもんですけどね。

「あぁ。あとWi-Fiの電波も繋がらないです」

「現代っ子か!・・・なら後で接続のやり方教えてあげるよ」

「本当ですか!?よろしくお願いします!」

「君、今のところ今日一番の食いつきだね・・・」

 俺の中で与那峰さんの株がバブル期のように跳ね上がった瞬間だった。WiFiがあるか無いかは現代社会を生き抜く若者からしたら死活問題だから、それが繋がるとなると、これは本当に大きい。

「あと、他に何かあるかな?」

「他ですか?」

 ふと、考えてみる。この町に来て気になった事、ね。ん〜〜〜。

「あっ!」

 そういえば1つあったわ。俺はそれを思い出して頭を抱えた。何故かというと、単純に思い出したくないからだ。

「なんか・・・いっぱい出ますね」

「そう出るんだよ」

 出る、というのは他でもない【幽霊】のことだ。どこの町にも存在はしてるし、それらが視える俺はこれまでの人生で幾度となく見てきた。道の片隅で動けず立ちすくんでる物、人間に紛れてそこらを歩き回っている者、体の一部だけがこの世に残ってさ迷ってる者、姿形のない者。その種類は数え上げれたら限りがない。

 でもこの町は他の町とは明らかに違う。異様なのだ。ここに来てからまだ数日しか経っていないのにもかかわらず、その数日だけでもう既に今まで見てきた数を超えた。とにかくそれくらい数が多い。会いたくもないのに角を曲がれば幽霊が飛び出してくるような状態だ。

「ここは、人はあまりいないけど、幽霊ならいっぱいいる。二重の意味でゴーストタウンなんだ」

「言っときますけど全然上手くないですからねっ!」

「ナイスツッコミ!流石は私の相方だ!」

「何のですか!?」

「人生の、と言えば君は喜ぶかな?」

「喜ばないです!っていうか、さっきからなんか余裕のある感じですけど与那嶺さんはそういうの怖くないんですか?」

 長年に渡りそれらを見てきた俺でも未だに会うと恐怖するし驚きもするものだ。それなのにこの人からはそういうものを一切感じない。もしかしたら見えないだけなのかもしれないが。

「私も最初は怖かったけどね。もう慣れたよ。奴らも人と同じさ。殆どの奴らはこちらに危害を加えてこないし、放っておけば、どおってことない。たま〜にちょっとイキったヤンキーみたいなのがいる、くらいに思っておけば良いさ」

「いや、それはそれで怖いです」

 やっぱり見えてますやん!ってかそれめっちゃ絡まれるやつですやん!歩いてだけで因縁付けられるやつですやん!

「今のところ君に危害をあたえた奴はいるのかな?」

「それは、いないです。寧ろ・・・」

 そこまで言って言い淀む。これは話すべきなのだろうか。

「寧ろ?」

「あぁ、いえ。なんでもないです」

 やっぱり今はやめておこう。もう少し様子が見たい。

「ふーん。まぁ害がないなら良いじゃないか」

「まぁ、そうなんですかね・・・」

 別に襲われなければ良いという話でもないと思うが。ここで長く働いてたら体よりもメンタルがやられそうだ。

「とりあえず君にはここで教師をする以上、生徒達を悪い奴(霊)らから守ってあげてほし」

「ムリっす」

「まだ全部言い終えてないんだけど・・・。即答だね」

「そりゃそうでしょう。だって俺には霊媒師みたいな特別な力はありませんし、そんなゴーストバスターズみたいな事はできません」

「そうだね。だから君にはこれを授けよう」

 そう言うと彼女はポケットから小さな長方形の木箱を取り出し。こちらに押し付けてきた。見てみると表面に謎の文字が書かれている。

「なんですかこれ」

「開けてみてくれ」

 言われた通り開けてみると、そこには。

「十字架?」

 如何にも中学生が付けてそうな銀でできた十字架のネックレスが入っていた。見たら分かる、安いやつやん。

「この道具には霊を祓う能力があると言われている」

「いや、絶対嘘でしょ。こんなん付けてたら、それこそヤンキーに絡まれますって」

 返却しようとするも彼女は既に両手を前に突き出し受け取り拒否の姿勢をとっていた。

「いやいや!あるんだよ。私は試したことないけど本当にある筈なんだ。とにかく受け取りたまえ。そしてそれを四六時中ずっと身につけておくんだ」

「嫌です!何の罰ゲームですか!」

 厄介物の押し付け合いがひと段落して俺達は再び座り直した。思わず同時にため息が漏れる。

「いやぁ〜実に不毛な時間だった」

「そうですね・・・」

 どうでもいい争いの結果はこちらの粘り負けに終わった。俺の手には未だにダサいネックレスが握られている。

 やがて部屋に沈黙が訪れた。

 その間を嫌うかのように彼女が「そういえば」と口を開いた。

「話は変わるが、こちらの用意した家の住み心地はどうかな?」

《こちらの用意した家》というのは、こっちに越してくるにあたって学校側から俺に貸し出された寮みたいなものだ。木造二階建ての一軒家で今は俺以外に誰も住んでいない。

「いや、ぶっちゃけると最高ですね。外観は古い家ですけど内装はめちゃくちゃ綺麗ですし、家具は最新式のが備え付けてありますし、お風呂はジャグジー付きですし。あとまだ姿は見てないんですけど、お手伝いさんもいるらしいですし、この町に幽霊が出なかったら実家に帰りたくなくなるレベルです」

 そんなパラダイスのような場所に光熱費、水道代込みの3万円という破格の条件で住まわせてもらっているのだから他人が聞いたら、さぞ驚くだろう。

「唯一の欠点はWi-Fi環境でしたが」

「それは私が何とかしてあげよう。他に何か困っていることは無いかい?」

「ないですね」

「そうか、それは良かった。これからもどうか、よしなに頼むよ」

「はいっ」

 俺は笑顔で手を差し出してきた与那峰さんと固い握手を交わした。なんか居住環境の良さというメリットで幽霊関係のデメリットをあやふやにされた気もするが、今は気にしないでおこう。


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 時間が経つのは早いもんで、あれから何やかんや打ち合わせをしていると、あっという間に8時過ぎになっていた。

 膨大な数の資料(授業関係3割、幽霊関係7割)を手に一旦、職員室に戻り授業の準備をしていたのだが直ぐに与那嶺さんが迎えに来て、一緒に教室へと向かうことになった。校長として取り敢えず初日だけは横で授業を見学したいらしい。

 やっぱりこの学校、綺麗だな。廊下を歩きながら改めて思う。壁や床のどこもひび割れや劣化は見られないし、綺麗に清掃されている。てっきりこんな錆びれた田舎だから雨漏りのする穴だらけの木造校舎なのだろうと想像していたのだが予想とは異なりコンクリートの立派な校舎だ。

「始業式は9時からじゃなかったでしたっけ?」

 教室へ向かう道すがら前を歩く与那嶺さんにそう問いかける。さっき応接室で貰ったプリントにはそう書いてあったのだが。

「あぁ、そうか。さっき渡した紙にそう書いてあったんだね。ごめんごめん。書き換えるのを忘れてた。実は去年から体育館でやる大大とした始業式は廃止されたんだよ。入ってくる人もいないからね。だからそういうのは全部教室で済ますんだ」

 そうか、在校生徒3人だもんな。卒業式以外でわざわざ大きな式を開く必要もないか。

 廊下を歩きながら外の景色を見てみると窓ガラス越しにグラウンドや大きな桜の木が見えた。ついでに桜の木の下に蠢く影も。

「ひぇっ」

 思わずポケットに入っている十字架を握り締める。

 俺がこの学校にいる間、何も起こりませんように。

「あ、あと、生徒数を考えると、この学校って大きいですよね〜」

 スっと見たくないものから目を逸らして前を歩く与那峰さんに話しかけた。この校舎はコンクリート二階建ての建物で学校としてのサイズはやや小さい方だが、3人の生徒しかいない割にはやけに広々としている。何か秘密でもあるのだろうか。

「あぁ。ここには隣町にある大学の研究施設も入ってるからね。彼らは主に一階の空き教室や離れにある研究所を使っている」

 ほらあそこだよ、と指さされた方向を見てみると、校舎の一階部分に接続するようにして建っている体育館・・・の隣に小さな小屋みたいなものがあった。

「さっきも話した通りこの町にはかなりの数の幽霊が出るからね。彼らはそれを研究しに来てるんだ。勿論ちゃんと大学から利用料は頂いてるし、コチラとしては良い商売相手だと思ってるよ」

「もしかして俺の住んでる家って」

「まぁ、その資金を使いはしたね。だって少しでも過ごしやすい環境を作ってあげなきゃ逃げられちゃうから。あっ、この事は校外には秘密だよ?」

 人差し指を唇に当てニヤリと笑う与那峰さんはある意味、幽霊よりも怖かった。

 やがて、教室の目の前に辿り着く。

 そして1回大きな深呼吸をした。落ち着け俺。相手は3人だぞ。

「やぁ!みんな、2週間ぶり。元気にしてたかい?」

「ちょっ!?」

 俺が教室の中を伺いながらスーハースーハーしてる間に与那峰さんが先陣切って中に入っていった。まぁ、しばらくここで教師をしてた人だもんな。そりゃ慣れたもんよ。

「皆んなに良い知らせがある。なんとこの学校に新しい先生が来てくれたぞ。さぁ早く入りたまえ。皆も拍手!」

 こちらに手招きする校長に迎えられるようにして、俺もパチパチ拍手の鳴る教室に足を踏み入れた。

「わぁ〜新しいせんせいだぁ〜」

「こらっ、ちょっと!騒がない。先生が驚くでしょ!」

「人間だぁ〜」

 などと様々なリアクションを受ける。

 最後のは幽霊の反応か何かかな?

「東京からやってきた三国奏太くんだ。彼にはこのクラスの担任をしてもらう」

「初めまして、三国奏太です。教師になりたてで、まだまだこれからな部分は沢山あると思いますが、みんなと一緒に成長していきたいと思います。よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をするともう一度拍手が鳴った。

 ん?なんかおかしいぞ?このクラスは3人の筈なのにまるで30人くらいいるかのような音量だ。

 疑問符が声に出てしまっていたのか「あぁ」と与那嶺さんが反応した。

「気にするな。これはラップ音だ」

「ラップ音!?」

 ラップ音ってあの有名な心霊現象の?幽霊が何も無い空間で音を立ててるとか言われているあれ?

 因みにこういう音は、よく建物の建築材料が原因で発生することもあるのだが今回は間違いなく霊だろう。だって音量が尋常じゃないもん。

「さて、みんなも一人一人自己紹介してもらおうか。三国くんはまだ皆の事を知らないだろうし。まずは最年長のさおりくん頼むよ」

「はい」

 机を横に並べて座っている3人のうちの、俺から見て一番右側に座っていた子が立ち上がった。ハキハキとした声と黒髪ロング前髪パッツンの真面目そうな見た目から察するにこの子は、おそらくこのクラスのまとめ役を務めているような子だろう。因みにこの子だけは中学生ということもあって1人だけセーラー服を着ている。

「中学2年、長良川抄織です。得意科目は家庭科です。よろしくお願いします」

「は〜い。抄織ちゃんだね。よろしくお願いします」

 ほほぉ〜。容姿端麗で得意教科は家庭科ときたか。これは将来有望なお嫁さんだな。もう少し、ちゃんと人のいる学校なら男子にモテそうだ。

「あのっ!先生。ちゃんは要らない、かもです」

「おう、分かったよ。さ、抄織」

「はい・・・」

 あれぇ?中学生の教え子相手になんか緊張しちゃってるんだけど。これじゃまるで女に慣れていないイノセントワールドの住人みたいじゃないか。

「次、かなえくん」

「はいは〜い!」

 次に真ん中に座っているショートパンツにTシャツを着た見た目活発そうな女の子が元気よく立ち上がった。その際に茶色がかったショートヘアがぴょんと跳ねる。この子はクラスのムードメーカーといったところだろう。

「私は駿河香苗(するがかなえ)!学年は小学6年、得意な教科は体育だよ!よろしくね!」

 言い終えると同時に横ピースでウインク。

「おう、よろしく」

 横ピースは年齢的に気が引けたので、こちらは普通のピースで返す。

 やっぱり小学生はこれくらいの元気がなきゃな。俺が研修で行った小学校の生徒はなんか妙に達観した子が多くて心配になったが、ここではそんな心配はなさそうだ。

「じゃあ最後は、はなこくん」

「はい」

 最後はつい先程、俺を見て『人間だぁ〜』と言い放った生徒だ。こちらは花柄のワンピースを着ていて髪は肩にかかるかどうかという長さだ。前髪を可愛い星の描かれたピンで留めている。

「能登波菜子(のとはなこ)。小学生3年。得意なのは図工。よろしく」

「はい、よろしく」

 得意科目がそれぞれ家庭、体育、図工とあえての五教科外しだったが、これで全員出揃った。しかし、こうやって並んでみると本当に大中小といった感じだ。最年長の抄織が一番大きくて最年少の波菜子ちゃんが一番小さい。まぁ年齢が離れてるしこんなもんか。

 ところで、さっきから気になってたんだけど。

「え〜っと、校長。一番左の子は触れた方が良いですか」

 ボソッと耳打ちするような音量で隣に立つ与那嶺さんに話しかけた。事前に聞いていた通りこの教室に生徒は3人しかいない。だが波菜子ちゃんの右隣、俺からすると一番左にもう1つ席がある。

 そしてそこに帽子をかぶった男の子が座っていた。だがその姿は明らかに人間とは異なり、顔は真っ黒、影のようにぼやっと霞みがかっている。一応表情があり目と口の部分だけが白くなっていた。

 それだけでは普通、性別など区別できないのだが、着ている長ズボンとTシャツが何となく男の子という感じがしたのでそういうことにしておく。

「あぁ鈴木くんね」

「名前あるんスか!?」

「名前といっても元からあったのじゃなくて、この子たちが考えたものだがね」

 その名付け親である3人の方を見やると、なんか全員誇らしげな顔をしていた。いや、なんでだよ。

「まぁスルーでいいんじゃないかな。この子は特に喋れるわけでもないし」

「そうですか」

 その鈴木くんがさっきからニヤリと笑ってるから冷や汗が止まらないんですけど!I can't stopなんですけど!ってかなんで全員さっきのラップ音にも鈴木くんにも無反応なの!?慣れたの!?慣れるもんなの!?俺には無理だわー。ぜってぇ無理。

「さて、みんな座りたまえ。この流れで1時間目を始めようじゃないか」

「1時間目、学活ですね」

 自分の持っている綴込表紙(教師が持っているファイルのようなもの)を開いて時間割りを確認したら1時間目は学活になっていた。おそらくここでは一学期を迎えるにあたって教科書やプリントを配ったり色んな決め事をしたりするのだろうが生憎俺は何も聞いてない。

 何するんですか?と聞こうとしたら、さっきまで教室の隅で様子を伺っていた校長が俺の隣にまできていた。

「では、私から話したいことがあるんだけど、その前に何かやっておきたいことや聞きたいことはあるか?」

「はいは〜い!」

「なんだね香苗くん」

「せっかく新しい学期になった事ですし、席替えがしたいです!」

「えっ、これ席替えする意味ある?」

 いや、気持ちは分かるんだ。俺も学生の頃は席替え好きだったし。でも果たして3人と1体しかいないこの教室の席替えに意味はあるのだろうか。

「チッチッチッ。先生は分かってないなぁ〜。両端に座ってるさお姉や鈴木っちと真ん中に座ってる私達では見える景色が全然違うんだよ」

「先生、不粋」

「そ、そういうものなのか」

 まぁ確かに横並びと言っても机と机の間にスペースがあるから多少は黒板の見え方が違ってくるかもしれないな。それにしても小学3年生に不粋とツッコまれたのは初めてだ。波菜子はもしかすると天才キャラか?

「よし、分かった。今から3人分のクジを作るから待ってくれ」

 こんな事もあろうかと要らない紙を1枚持ってきていたのだ。それをハサミ、は手元に無いので手で破ろうとすると、それまで黙っていた抄織が口を開いた。

「先生。1枚足りません」

「へっ?」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「いや、だってここには3人しか」

「いるじゃないですか4人」

「えっ!?鈴木くんも!?」

「当たり前です。彼も同じクラスメイトなんですから」

「えぇ〜・・・」

 クラスメイトといっても幽霊よ?そもそも幽霊クジ引けんの?

「せんせ〜い!幽霊差別は良くないと思いま〜す!」

「幽霊差別!?」

 今、香苗の口からなんか新しい単語が出てきたんですけど!何?幽霊差別って。広辞苑でも開いたら載ってるかしら。

 とはいえここは幽霊と人間が共存するゴーストタウンだ。こういう扱いにも慣れていかないといけないだろう。

「まぁ、分かったよ。作るから待ってろ」

 と言ってる間に4人分のクジを作り終えた。

「さぁ、クジは誰から引くんだ?」

 4つの紙切れを両手で囲い、バーテンダーの要領でシャッフルする。

「それじゃ、いつも通りジャンケンで決めよう。はい!最初はグー!」

「ちょっと待て。それだと鈴木くんはどうすんだ」

 早くも身を乗り出してグーを高々と掲げている香苗ちゃんに待ったをかけた。いや、決め方自体は公平なのだが果たして鈴木くんはジャンケンができるのだろうか。

「どうせ何も出さないし最後でいいんじゃないかな?」

「おぉ、マジか・・・」

 幽霊差別どこ行った。と心の中でツッコんでる間にジャンケンは進行していく。そしてその勝者から順にクジを引かせて残ったクジを鈴木くんの机の上に置いた。

「せーので開けよう!」

「分かった」

「そうね・・・」

 ようやく教室に緊迫した空気が流れる。いや、敢えてのここで?遅くない?

「いくよ?」

「「「せーのっ!」」」


 ーーーーーーーーーー

「シュー・・・」

 公正平等なクジの結果、俺から見て左から香苗、抄織、鈴木くん、波菜子の席順となった。因みに今のシューという音は校長曰く鈴木くんの呼吸音?みたいなものらしい。

「何でだぁぁ〜」

 席替えに参加していないのにも関わらず俺は席替えの結果にガックリと膝を付き項垂れる。いや、だってこれから毎日、毎時間、目の前見たら幽霊がいるんだぜ?そう考えるともう嫌になってきた。

 因みにどうやって鈴木くんが移動したかというと単に机を横にスライドしただけだ。霊は重さがないのか机を押すと簡単に横にズレてくれた。触ってない筈の椅子がなぜ一緒に動いていたのかは知らないが。

「ちぇ〜さお姉いつも端っこなのに。今回だけは運が良かったね」

「大体、私とかな姉が真ん中」

「フッ。いつもの行いがようやく認められたようね」

 抄織が当たり前、というようにバサッと右手で長い髪の毛を払った。さっきまではめちゃくちゃガッツポーズしてたけどな。

 それにしても。

「端っこが当たりじゃないんだな」

 端っこの方が授業中、サボったり寝てたりしてもバレないから当たりだと思うのだが。

「はじっこだと黒板がちょっとだけ見づらい」

「先生に頑張ってますアピールできないしね!」

「お前ら真面目だなぁ〜」

 まるで進学校のような意識の高さだ。まぁ授業をする側としては、その方がありがたいのだが。

「席も決まったみたいだし、そろそろいいかな?」

 ひと段落ついたところで与那嶺さんが挙手をして生徒達に声をかけた。それに生徒達は「はい」「へい」「うい」とそれぞれ別の返事で答える。

「では本題に入ろう。もう皆んないい歳になってきたことだし、今年からはこの学校にも部活動を設けようと思うのだがどうだろう」

「部活動ですか・・・」

 3人中2人はまだ小学生だが抄織ちゃんなんかは今年中学2年だし部活動に入っててもおかしくない年頃だ。だから部活動については反対しない。反対はしないが。

「その〜部活動が始まった時の顧問って」

「もちろん君だ」

「ですよね〜・・・」

 これが嫌なんだよなぁ〜。まぁ別に部員数3人の部活なんてたかが知れてるだろうし、仕事量的な問題はない。でもなんか嫌な予感がする。

「はいはい!やりたい!私やりたい!」

 香苗ちゃんが左手でバンバン机を叩きながら空いた右手で挙手した。続いて「私も」「仕方ないですね」と残り2人も手を上げる。

「よし決まりだな。じゃあ何がやりたい?」

「私は運動系!なんでも良いからスポーツやりたい!」

「ほう。例えばどんなスポーツかな?」

「う〜ん、鬼ごっことか?」

「それスポーツじゃねぇよ!」

 この件に関しては全て校長に任せようと少し離れて静観の態勢をとっていたのだが急なボケに思わずツッ込んでしまった。鬼ごっこってスポーツじゃないよね?と手元のスマホでこっそりググってみたらそれらしきものがあったのでそっ閉じ。

「最近よくテレビでやってるじゃん。黒いスーツを着た男の人に追いかけられるやつ。あれやってみたいんだよね〜」

 あぁ、逃げきれたら100万円だか貰えるやつね。あれ夢があって良いよな。俺もやってみたい。

「でも人がいないし無理だろう。3人ではただのお遊びだぞ?」

「そっかぁ〜そうだね〜」

 そっと手を下ろすと香苗はう〜んと再び考え始めた。

「波菜子くんはどうだい?」

「eスポーツがやりたい」

「それゲームじゃん!」

 聞いた校長が突っ込まないから代わりに突っ込んでおく。ただしeスポーツもカテゴリーはスポーツなんだよなぁ〜・・・。

「嘘。みんなで何かやれたらそれでいい」

 そう言うと波菜子は胸の前で両手をガッツポーズするかのように握って目を輝かせた。それは可愛い。反則的に可愛い。

「そうか。じゃあ最後に抄織くん。君は何がしたい?」

「私は・・・そうですね、料理部が良いです。家ではよくやるんですが友人とは作ったことなくて。だから一度やってみたいです」

 あら、こらまた可愛い発言を。しかし、これは決まりかな。他に案は無いみたいだし。

「そうか。それは済まないことをしてしまった。今年からは家庭科の授業で調理実習を組み込もう」

「本当ですか?ありがとうございます!なら私も波菜子と同じく何でもいいです」

「えっ、撤回?」

 俺は別にいいと思ったのだが。料理、苦手じゃないし。

「はい。授業でやれるのに、それをまた放課後にやるのは、なんか時間が勿体無い気がするんです。それならまた別の新しい事をやってみたいな、と思いまして」

「なるほどなぁ〜。そう言われると確かにそうかもな」

 流石は優等生タイプ。素晴らしい考えだ。

「何も無いなら私が考えてみよう。そうだな、非科学部なんてどうだ?」

「なんですか?それ」

 うん?と首を捻っている三人娘に代わって俺が質問した。

 非科学というワードを聞いてあまりいい予測が思い浮かばないのだが。

「文字通りだよ。この町で起こっている様々な非科学的現象を彼女達独自の目線で研究するんだ」

「なんでわざわざこっちから得体の知れないものに接触しに行くんですか!そんな危険なこと子供たちにやらせられませんし、やれません。俺は断固反対です!」

「危険性については心配ない。もう既に研究が殆ど終わって害はないと判断されている案件ばかりだからね。それに研究と言っても理科の実験みたいに現象を見た後、感想を書くだけだから簡単だよ」

「簡単、難しいはそこまで気にしてないなら大丈夫ですけど、安全かどうかなんてわからないでしょ。霊の存在自体がイレギュラーなのに」

 そいつらが何をしてくるのかなんて最先端の技術を駆使しても分かるはずがないのだ。

 俺は断固として反対する。

「そっかぁ〜残念だなぁ〜。研究が1つ終わる度に君達全員にご褒美をやろうと思ってたのに」

 ご褒美、という言葉に耳をビクつかせたのは俺だけじゃなかったみたいで。

「私やってみたい!面白そうだし、ご褒美貰えるし!そんなの最高じゃない?ねぇ、波菜子!さお姉!」

 香苗が椅子から立ち上がると残り2人と1体の方に視線を向けた。

「うん。めちゃくちゃ楽しそう。私もやる」

 ダメだ。2人とも目を輝かせてしまっている。

 こうなったら残りの抄織だけでも。

「まぁ?私も嫌じゃないですけど?その、ご褒美とやら次第ですね。それによります」

 そう言う彼女の目は完全に$マークだ。

 はい、これで3人とも向こう側ですね。

「よし、じゃあ決まったようなもんだね。多分報酬は君たちが喜ぶようなものばかりだから、たのしみにしまたえ」

「「「おぉ〜」」」

 3人は立ち上がりエサを与えられる時の鯉のように前かがみになって感嘆の声を漏らした。

 もうこれで決定かとも思ったが、まだ俺には最後のカードが残っていた。

「まだ3人の親御さんから了承を得てませんが」

 そうだ!この手があった!我が子を危険な目に合わせたい親なんて絶対にいないだろう。だからこの部活には反対するはず。

「あぁそれなら了承貰ってるよ」

「仕事が早い!!」

 何故だ!どうして!さては部活の内容を偽って・・・。

「言っとくけど、ちゃんと活動内容は説明したからね。その上で了承を貰ったんだ」

「どう説明したら納得するんですか!っていうか事前に親御さんを説得してる地点で最初からこの方向に話を進めるつもりでしたよね!?」

 つまりずっと俺たちは校長の掌の上で踊らされていたわけだ。くそぅ!〇書房めェ!

「最初からどうのこうのっていう話は置いといて、親御さんの説得は結構簡単だったよ。活動内容を話して安全は学校が保証するからと言ったら、どこの親も一つ返事で『うちの娘をお願いしますね 』って。田舎はこういう器の大きい人が多いから良いよね」

「いや、それ単に警戒心が無さすぎるんじゃないですかね〜」

 子供たちが目の前にいるので、あまり大きな声で親を批判するようなことは言えないが、とりあえず言葉として発信しておく。

「君はそんなに嫌なのかい?」

「ええ、嫌ですね」

 教師として働く以上、ある程度の仕事は文句言わずやろうと思ってたけどこれは無理だ。教師の仕事として異質すぎる。

「そっかぁ〜。もしこの部の顧問をやってくれるなら彼女達と同様に報酬を与えようと思ってたんだけどなぁ〜。残念だなぁ〜」

 その言葉にピクっと耳が動いた。今なんて言いました?俺にも報酬?

「ちなみにですけど、それはどんなものですか?」

 俺はそんな甘い誘惑に乗せられたりしないが一応聞いてみる。

「そうだなぁ〜。具体的に挙げるなら手当て支給、有給休暇の日数プラス。あとはそうだな、私とデートする権利なんかどうだろう。彼女のいない君にとって悪い話じゃないと思うのだが」

「賃金、有給については確かに魅力的ですけど、俺に彼女がいないって決めつけはやめてください!」

「ならいるのかね?」

「いないですけどっ!いた事ないですけど!」

 思わず心の底から叫んでしまった。

 言うても俺だって大学時代めちゃくちゃ遊んでいたのは遊んでたし、なんならそれで単位落としてたまであるけど、その相手のほとんどは男だ。たまに飲み会で女の子と話す機会もあったけど慣れてないせいか失敗を繰り返して、気がついたら彼女どころか女友達すら作れず大学生活は終わってしまった。

 一応スマホ画面の中には(仮)のついたガールフレンドがいるけど、それ以上は悲しいのでやめておく。

「なら良いじゃないか。自分で言うのもなんだが見てくれは悪くないと思うぞ」

「いや、それはそうですけど・・・」

 確かに彼女の顔は整っているし、スタイルも抜群だ。それこそ彼氏がいない方がおかしいくらいだと思う。ただ、俺はこういうやり方があまり好きじゃなかったりする。

「校長も女性なんですから、もっと自分を大切にして下さい。あと、公衆の面前なのでそういう発言は控えてください」

 ましてや、目の前にいるのは、この会話を聞いて顔を真っ赤に染めているような子・・・は1人しかいないな。1人は興味津々といった表情でこちらを見つめていて、もう1人なんかは立ち上がったまま「ひゅ〜もう2人ともくっ付いちゃいナヨ!結婚式には私達も呼んでね!」とこちらを煽ってきている。誰が誰だかはもう言うまでもない。

 因みに鈴木くんはさっきからずっと表情を変えずニヤリと笑みを浮かべたままだ。変わらず怖い。

「で、どうだい。やるかやらないか」

「やりません。申し訳ないですが」

 やっぱり俺は今の生活に充分満足しているから余計なリスクを背負いたくない。

「なら仕方ないね」

 もっと粘られるかと思ったが次は大人しく引き下がってくれた。それにほっとしていると今度は好奇心旺盛3人組が席を立ち、こちらに駆け寄ってきた。あっという間に周りを囲まれる。

「えぇ〜先生も一緒がいい!」

「よく分からないですけど貰えるお金は貰っといた方が将来の為になると思います」

 と言ったのは香苗と抄織。片方は両手で俺の腕を掴んでブンブン前後に揺さぶり、もう片方は上着の裾を掴んでじっと上目遣いでこちらを見つめている。

「そうだよ〜もう校長の顔ばっかり見飽きたんだよ〜」

「いや、それは流石に私に失礼じゃないか?言っとくが部活動には私も同行するからな?」

 そう言って顔を引き攣らせている校長。香苗の言葉に多少はダメージを受けたようだ。

「それに先生。彼女いないなら帰ってもやる事ないでしょ?」

 と香苗が俺にもパンチをかましてきた。昔バイトの飲み会を断った時にも先輩上司にこんなこと言われたなぁ〜。あまり思い出したくない過去を思い出してしまった。

「俺もやる事くらいあるわ。俺、こう見えて忙しいんだからな?」

「例えば〜?」

「え〜っと。YouTubeで動画漁ったり、ソシャゲしたり」

「それを忙しいとは言いません!」

 スパッとこちらの言葉を一閃するように抄織から鋭い突っ込みが入った。まぁそう言われればそうなんだけど。

「とにかく!先生が首を縦に振るまで私達はここを動かないからね!」

「先生。お願いします」

「ストライキストライキ〜」

「えぇ・・・」

腕と袖を掴んだまま動かない香苗と抄織。そして、いつの間にかその場にあぐらをかいて座り込んでいた波菜子。

 はい、新学期が始まって1日も経たないうちに学級崩壊が起こりました。もうやだ。やっぱし家に帰りたい。

 俺は助けを求めるように校長の方に視線を向けるも、彼女は明後日の方向を向いていた。完全に我関せず状態だ。

「も〜〜〜!!分かったよ!やりゃいいんだろ!

 やりゃ」

 この事態を収束させるためにはもうこれしか選択肢が残っていない。俺はしぶしぶながらも彼女達の活動に協力することを約束した。いや、してしまった。だってしょうがないじゃない。やらないと先に進まないんですもの。

「よっしゃ〜!作戦成功♪」

「ん?」

 作戦成功と言った香苗を見やると彼女は与那嶺さんに向かってピースサインをしていた。

「こら〜。それを言ってしまっては意味無いだろう」

「あっ、そうだった。隠密にだったね」

 しまった。まさかのこの現地組、最初から組んでやがったのか!んで今まで演技でこうなる風に仕向けたと。

 なるほど、だから既に親にも話がいってたわけね。

「マジかよお前ら・・・」

 俺は虚空を見上げてそう呟くことしかできなかった。

 

(・ω・)(・ω・)(・ω・)(・ω・)

 その後、授業が終わって帰る生徒を見送った後、俺はひたすら職員室でデスクワークに勤しんでいた。

 ただそれらの殆どはクラスの担任としての仕事ではなく、ここ生活する上での勉強みたいなものだ。

 幽霊の生体、幽霊との接し方、もし幽霊に襲われた時の対処法、など多岐にわたる幽霊関連の資料を見てたらだいぶ遅くなってしまった。それがなければ昼で帰れたのに。

 ちらりと時計を見ると時刻は午後6時半を回ったところ。

「よし、今日はこれくらいにして帰るか」

 校長である与那嶺さんは30分ほど前に帰宅した後ので現在は校内で一人ぼっち、ということで職員室の施錠して他の窓ガラスやドアが全部閉まっているか確認して回る。

 全ての部屋を回り終えた頃には夜の帳が降りて廊下は暗くなり始めていた。辺りの静寂がより一層恐怖を膨張させる。

「まさか、ヤバいやつとかでないよな・・・」

 昔からなので、もう見えることには慣れているのだがそれでも怖いものは怖い。

 俺はここでさっき与那嶺さんが帰る時に残した発言を思い出した。

『いいかい?日が暮れるまでには帰るんだよ?そうでないと奴らが現れるからね』

 思い出して、さっきまで要らないと言っていた十字架のお守りのようなネックレスを握りしめる。

「よし、戸締りチェック完了!帰るぞ〜」

 恐怖を紛らわせる為にわざと独り言を発した。誰かに見られてたら完全に黒歴史にランクインするレベルだが幸い校舎内には誰もいない。

 いないはずだったのだが。

「ひぃっ!!」

 突然、上の階にある音楽室からピアノの旋律が薄暗い響いてきた。それはとても綺麗でうっとりするような音色だったのだが今はそれどころじゃない。怖い、ただただ怖い。

 施錠は完了したんだし、とっとと帰ろう。

 俺は職員出口の方に足を向けた。

 しかし、ふと前方を見るとセーラー服を着た女の子が通路を塞ぐように立っていた。セーラー服とは言っても抄織の着ていた制服とは異なり、もっとモダンな作りになっている。ぶっちゃけここのよりもオシャレなのだが、やっぱりそれどころじゃない。

 顔はショートボブの髪と辺りの薄暗さが隠してよく見えないが1つ言えることがある。

 コイツは人じゃない。

 くっきり見える分、人間に見えなくはないが青白いオーラのようなものを放っているのが何よりの証拠だ。

「や、やっぱりいつもと違うルートで帰るかぁ〜」

 俺は歩いてきた道をUターンして引き返す。


 ・幽霊と遭遇した時の対処法その1

《とにかく目を合わさない》

 目を合わせると向こうもこちらを認識してしまい付いてきてしまう可能性がある。だから仮に幽霊を見つけても知らんぷりを決め込もう。


 避けると言ってもあまり広くない校舎だ。目の前を通らないルートは限られてくる。1階から2階に上がり廊下を直進、そして突き当たりにある階段から降りて職員出口から脱出。遠回りだがそれしかない。

 だが。ここでまた別の問題が浮上した。

 それはこの階段を上がったところには音楽室があるということだ。そう、あのピアノの音が鳴っている場所。

 できれば近づきたくはない。でも目の前を進んで女の真横を通るよりかは幾分マシだろう。

 俺はすぐ近くにある階段を駆け上がると2階の廊下に出たのだが。

「なっ!!」

 目の前にはまたセーラー服を着た女子生徒の霊が。

 さっきまで一階にいたはずなのに、どうして。

 後ろから聴こえてくるピアノが逃げ場の無さを強調してくる。

 もう一度、階段を降りて1階の廊下からの脱出を目指すも、また目の前には同じ光景が。

「なんでだよ・・・」

 しかも恐るべきことに女子生徒は徐々にこちらとの距離を詰めてきている。その距離10メートルほど。

「クソ、こうなったら」

 出口からは諦めて窓からの脱出を図る他ない。俺は窓の鍵を外し窓を開け放とうとする、が。

「嘘だろ。開かねぇ・・・」

 鍵は外れてる筈なのに肝心の窓がピクリとも動かない。揺すってみても全くの無音だ。

 ゴンッと拳で窓を叩いてみても割れそうにない。

 半ばやけくそになった俺は十字架のネックレスを取り出して目の前に掲げる。

「これでも食らえっ!」

 正直マンガとかアニメの世界じゃないんだがら、これで何か起こるとも思えない。でも今、状況を打開できるとすればこれだけだ。

 シーン・・・と静まり返る廊下。

「やっぱり意味ねぇじゃねえか!」

 ペチンっと十字架を床に叩きつけた。無駄に頑丈なそれは無傷のまま床を回転しながら女の方に滑っていく。

 ペシっ。

「あっ!」

 足元に滑ってきたそれを女は自分の足を使って更に後方へと滑らせた。シューとネックレスが床を滑っていく音が虚しく廊下に響く。若しかすると彼女はこれが苦手だったのか?だとするとこの行動は完全なチョンボなわけだが。

 さて、とうとう食うなり焼くなり好きにしろ状態になってしまった。

 もう自分が持ってるのはスマホと鍵だけ・・・ん?待てよ?そうだ鍵があるじゃないか。

 後ろにあるのは音楽室の真下の教室。何の部屋か分からないが金属製の輪っかに付いた何個もの鍵の中から1つの鍵をドアの鍵穴に差し込む。回してみるとカチャッと音を立てて鍵が開いた。適当に選んだのだが、どうやら当たりのようだ。

 引き戸を横に引くと今度はちゃんとドアが開いた。

 すぐさま教室の中に入ると、無駄かもしれないけどドアを閉めて女が入ってこれないようにする。どうやらそこは理科室のようで薬品の臭いが鼻腔をくすぐった。

 何か武器になるものはと探したが特にそれらしき物は見当たらない。もう仕方なく入ってきた扉の反対側にある理科準備室の扉の中に入った。

 だがこれだけではいずれ見つかってしまうだろう。俺は何やら沢山の資料が入ったステンレス製の戸棚を見つけると何も入っていない下の段に体を丸めて身を隠した。これで当分はやり過ごせるだろう。

 そう思ったその時、ガラガラと理科室の扉の開く音がした。マズい。もうあの扉を突破してきたか。

 っていうかさっき1階から2階に瞬間移動してたんだからそりゃあ鍵をかけたくらいでどうにもならないよな。

 両手で必死に棚の戸を抑えながら、ただただ見つからないように祈る。もう何も持たない俺にはそれしかできなかった。

 しかし願いというものは得てして叶わないものである。抑えていた力よりも遥かに大きな力で引き戸をこじ開けられた。

 そちらを向くと、さっき見た制服の女がしゃがんでこちらを見ていた。髪で顔の殆どが隠れているのだがギョロりと開いた目とニヤリと曲げた口角が視界に映る。



「みーつけた」



 そう言葉を発して、女はゆっくりこちらに手を伸ばしてきた。このまま俺は殺されてしまうのか、そう思った次の瞬間。

「何がみーつけた、だ!」

 突然パンっという音がして目の前の女が頭を抑えてうずくまる。

「うぅ〜痛いですよぉ〜〜」

「これくらいは当たり前だ!私は君に彼を迎えに行ってくれって頼んだよな!?それで?何故君は彼を驚かしてるのかね?んん?」

 この聞き覚えのある声はもしや。

「与那嶺校長?」

 彼女は幽霊の真後ろに立っているから視界の限られている俺からすると、らほとんど何も見えなけど声を聞いたら分かる。

「悪かったね。ウチのもんが迷惑をかけたみたいで。さっ、もう出ておいで。ほらっ、葵くんはどきたまえ。あと上もっ!!いい加減止めないと祓うぞ!」

 校長が上の階に向けて放った一喝により、ピタリとピアノの音が止んだ。後に残るのは丸めた教科書でポンポンと手を打つような音がだけだ。そこでようやく空気が弛緩して俺は狭い空間の中でぐったりと横たわった。

「痛いっ!今度は耳が痛いです」

「幽霊なんだから痛いもクソもないだろ」

 さっきまで俺を恐怖のどん底に突き落としていた幽霊が校長に後ろから耳を抓られて引き摺られながらバックしてく。なんとシュールな映像だろうか。

 もうここに入ってる理由も無くなったし起き上がって外に出ようとしたのだが。

「すんません。腰が抜けて上手く力が入りません」

 腰が抜けたのは人生で初めてかもしれない。本当に、全然力が入らないんだな。

「まぁだいぶ怖い思いをしたみたいだし、しょうがないね。ほら、この手に捕まって」

 俺は与那嶺さんの手を取ると引っ張り出されるように外に出た。多分他から見ると船に釣り上げられたマグロのように見えることだろうな。


(^^;(^^;(^^;(^^;(^^;(^^;(^^;


 5分後ようやく立てるまで回復した俺はすぐさま涙目で与那嶺さんに飛びついた。

「ごうちょ〜う(校長)。ホント死ぬかと思いましたよ〜」

「今回の件については私が全面的に悪かったと思っている。だから今、君が私に抱きついている件は見逃してあげるよ。でもね、君がさっき言ってたようにこれでも私、女なんだぞ?何でもない時にそれやったら迷いなく通報するから覚悟したまえ」

「はっ!そうでした!」

 言われた途端、身体のぬくみと何とは言わないが柔らかみを感じてシュバっと物凄い勢いで彼女から離れる。

 いかんいかん。あまりにも解放的な気分になりすぎて常識が欠落してしまっていた。

 ようやくひと息ついたところで校長が教室の隅の方で正座をしている少女の幽霊を指差した。

「そういえば紹介がまだだったな。彼女は神山葵(かみやまあおい)だ。今日から君の家政婦として働いてもらうことになっている。ほら、葵くん。挨拶!あと謝罪も!」

「ただ今、紹介与りました神山葵です。もう死んじゃってますけど一応この村の住民として日夜過ごしてします。あと、この度は人を驚かせたいという欲望を抑えれずに軽率な行動を取ってしまい申し訳ございませんでした。もう2度と同じ過ちは繰り返さないよう気をつけますので、どうかこれからもよろしくお願いします」

 どこかのお嬢様かな?と思うくらい気品のあるお辞儀を見せる葵という名の少女。

「そうか。君が校長の言ってたお手伝いさんなんだね」

「はい。掃除、洗濯、料理に裁縫。基本何でもできるので葵と一言呼んで下さればいつでも飛んでいってお手伝いします。あっ、飛んでいくと言っても、ちゃんと地に足は着いてますからね。浮いてませんから」

「与那嶺さん。やっぱりチェンジでお願いします」

「えぇ!?」

 これは別になんか急につまんない幽霊ギャグを放り込んできたからとかそんな理由ではない。

「だって、どれだけ葵がどれだけ可愛いかろうが、お手伝いとして優秀だろうが幽霊だもの。幽霊が一日中そこらを徘徊してたら気が休まらんわ。ってか家事以前の問題にお前、物に触れんの?」

 ずっと気になっていたことだ。霊といえば普通、透けてしまっていて物に触ることなど到底できない。でもこいつはさっきから御守りを蹴ったり戸棚を開いたり、叩かれたり、引き摺られたり生来ている者にしかできないようなこともしていた。これは何か超能力的なものを使って、やっていたのだろうか。

「人間と一緒で普通に触れられますよ。さっき校長が私にやったように三国さんが私に触れることも可能です」

 触ってみます?と葵が頭をこっちに差し出してくる。恐る恐る手を伸ばし、頭に手を当てると。

 ホントだ、温みは感じないけど確かに触れられる。髪の毛も人間の女性同様サラサラしていて、ずっと触ってたいくらいだ。でもまぁ。

「仮に触れたとしても無理なもんは無理だけどな」

「そんなぁ〜。後生ですぅ〜」

「いや後生て。お前もう死んでるだろ」

 その整った顔立ちも相まって涙目であたふたする姿はとても愛らしい。そんな彼女が家事をしてくれるのであれば俺としては得しかないし、ぶっちゃけどっちでも良くなってきたんだけど、もう少し遊んでみる。

「うぅ〜そうでした〜。なら明日!明日から頑張りますので、どうかわたくしめをお側に置いてください」

「それ頑張らないやつの常套句だな。ってかさっきからなんで葵は俺のお手伝いに拘るの?男である俺よりも与那嶺さんの家の方が良くね?どこ住んでんのか分からんけど。いや、それ以前に、この村の村長の孫ってことはこの村に実家があるってことじゃん。住むなら明らかにそっちだろ」

 村長の神山家にはついこの間、引越しの挨拶に行った。凄く優しそうな印象の人だったから別に滞在しても許してもらえるんじゃないか?それにどうせ向こうは見えないだろう。

「それは」

「あぁ、私はここに住んでるからダメだし彼女の実家も無理だ」

 言葉に詰まった彼女に代わり与那嶺さんが話を引き継いだ。

「今しれっと、とんでもない事を言いましたけど一旦置いておきましょう。まず葵の実家が無理ってどういうことですか?」

「彼女のおじいさんは多分、彼女が見える。でもそれは祓い屋だからなんだ。いくら可愛い孫娘とはいえ、いやだからこそか。村長は葵くんがまだこの世を徘徊してることを許さない。見つかったら間違いなく葵くんは消されるね」

「厳しいことを言うようですけど、それはそれでいいのではないでしょうか。本来、彼女はここにいてはいけない存在なんですし」

 本人、いや本霊がいる前でこんな事を言うのも気が引けるが、これは紛れもない事実だ。

「でも」

 それまで力なく俯いていた葵がはっきりと意志のこもった目付きでこちらを見据えた。

「それでも私にはまだ生きなきゃいけない理由があるんです。もし、この世に未練が無くなったら、その地点で私は自ら消えるつもりです。だから!もう少しだけ私に時間を下さい!」

 なんだなんだ?もしかしてこの子の死因は他殺で、自分を殺した犯人を突き止めるまで死ねないとかそういうことか?だとしたらそれはなかなかに興味深い話だ。いや、本当にそうなのかは知らんが。

「まぁ、もう良いよ。分かった。うちでよければ好きにしろ。ただし今日みたいな真似は二度とするなよ」

 さっきみたいな怖い思いは二度とゴメンだからな。まぁこの町に住んでる以上、これは避けて通れない道なのかもしれないけど。

「はいっ!約束します!」

 葵がぱあっと笑顔の花を咲かせて頷いた。

 と思ったら体の左端から彼女の身体がサラサラと細かい粒子になって消えていく。

「では、また」

 そう言い残すとパタリと姿を消してしまった。

「えっ!?何これ!?どうしたの?もう未練が無くなったの?」

 早かったねぇ〜。実に1分くらいの出来事だ。

「いや、普通に消えただけだよ。多分、君の家に帰ったんじゃないかな」

「早くも住み着かれた!?まぁいいや。それよりまず、さっき置いといた案件なんですけど与那嶺校長が学校に住んでるってどういうことなんですか」

「朝は言ってなかったけど私は教師とは別に研究職も兼ねててね。体育館の横にある研究室に住み込みしてるんだ。あそこは良いよ。トイレやらシャワーやら必要なものは全て揃ってるからね」

「あのそこまで大きくない小屋サイズの施設にそんなものまであるんですか・・・。あと与那嶺さんって研究者だったんですね。はっ!まさかとは思いますけど自分の研究の為にあの子達を巻き込もうとしてないでしょうね」

「言ったじゃないか。あの部活はもう既に研究の終わった題材を使うって。決して子供たちを危険な目に合わせるつもりはないよ」

「うーん、ならいいですけど。あとさっきの話に出てこなかったんですけど葵って今までどこに住んでたんですか?」

 これからは俺の家に住むとしても、これまではどうしていたのだろうか。自分の家もダメ、学校もダメ・・・となると野宿でもしてたのかな?

「それは・・・」

 初めて与那嶺さんが言い淀んだ。なんだ?そんなやばいところに住んでたのか?

「君んちだよ」

「怖っ!もうとっくに住んでたなら俺の許可なんていらないじゃないですか」

「今までは空き家だったから良かったけど今はそういう訳にもいくまい。君という正式な住人がいるのだからね」

「なんだ、そういうことですか。」

 なるほどな。住み慣れてるから俺んちがよかったのか。

「どちからかと言うとお世話されるのは君の方かもしれないけど葵くんをよろしく頼むよ。今日なんであんな事をしたのか分からないくらい、普段は本当に良い子だから」

 そう言い終わると「ささっ。時間も遅いし早く帰りなさいと」と俺の背中を押して帰宅を促してきた。

 まだまだ聞きたい事はあったのだが、まぁいいか。

 俺は与那嶺さんに別れの挨拶してから帰宅の途についた。


 ーーーーーーーーーーー

 道中見てはいけないものを何度が見てしまった俺だがなんとか家にたどり着いた。うん、明日からは暗くなる前に帰ろう。

「おかえりなさいませー」

「お、おう。ただいま」

 家に帰ると玄関先でさっきの幽霊がちょこんと正座をして俺を出迎えた。あの人の言う通りさっきのは成仏したわけでは無かったんだな。

「お風呂と晩御飯どちらにします?」

「そうだなぁ〜。じゃあ飯にするわ」

 異性とこんなテンプレートのやり取りをするのは夢だったのだが、まさか異種とやることになるとは。

「上着かけておきますね」

「あぁ頼む」

 でもまぁこんなのも悪くはないかな。俺は上着を脱ぐと葵にホイと手渡しした。ついでにネクタイを緩めリビングへと足を向ける。

 葵という通り食卓の上には既に晩御飯が用意されていた。ご飯とハンバーグ、唐揚げにサラダ。なんとも豪華なメニューだ。でもこんな食材、冷蔵庫に入れといたっけ?

「あぁこれは元から冷蔵庫に入ってたものに加え校長先生から頂いた食材で作りました。」

「うぉっ!びっくりしたぁ〜」

 いつも間にか背後に姿を現していた彼女が俺の心を読んで質問に応えた。

「でも明日からはちゃんと買っといて下さいね。お金を持たない私に買い物はできないので。」

「金があったら出来るのか?」

「一応、この町の商店の店主さんは私の姿が見えるので、そこでなら・・・」

「マジかよ!お前万能すぎるだろ!」

 これはアレだ。人をダメにする幽霊だ。多分この先ずっと彼女に頼ってたら、ぶくぶくに肥えて醜い豚の姿になってしまうだろう。どこかのジブリ映画のワンシーンみたいに。

「それほどでも〜。さぁさぁ!冷めてしまう前にどうぞお食べ下さい」

 一瞬、目の前から消えたかと思うと、今度は後から声がして振り返る。すると彼女はと食卓の椅子を引いてどうぞどうぞと席を勧めていた。瞬間移動はホント心臓に悪いからやめて欲しい

 椅子に腰掛けて箸を持って手を合わせるとハンバーグを一口頬張った。

「んおっ!うめっ!」

 1回1回、咀嚼する度に肉汁がジュワッと溢れだしてきて、口の中に肉の旨みが広がる。これは実家で出てくる焦げた肉の塊とはレベルが違う、一流レストランで出てくるようなやつだ。

「でしょう。お料理には自信があるんです」

 腕をポンポンと2回叩いてふんすと勝ち誇った笑みを浮かべる葵。やっぱり霊という事を省くとただの可愛い女の子だ。さぞかし生前は引く手あまただったのだろうな、とか考えながら一口、また一口とおかずやご飯を頬張っていく。うん、どれも美味い。

「お前は?食わなくていいのか?」

「はい、私は何も食べなくても生きていけるので」

 そんな低燃費でこんだけ働けるのかよ。とか心の中で突っ込んでる間に彼女は向いの席に座っていた。しばらくそんな調子で会話しながら食事をしていると話題は学校の話に移った。

「まだ一日目ですけど学校はどうでした?上手くやっていけそうですか?」

「やっていけんじゃねぇかな。少し問題もあるけどいい子達ばっかりだし」

「ですよね〜。3人とも妹として欲しいくらいですよ」

「ん?お前あの3人の事知ってんの?」

「そりゃあもう。よく知ってますよ。だって私あの子達の家庭教師ですもの」

「マジか!」

「マジですよ」

 ハイスペックにも程があるだろ。なんだよこの完璧超人、いや完璧超霊は。

「時々ですが香苗ちゃん、波菜子ちゃん、抄織ちゃん同時に3件の家を行き来して宿題やテスト勉強を見てあげてるんです」

 スマホやパソコンの画面を通じずに1人(1体)で3人の家庭教師。今、世間で話題になってるAIも真っ青な能力だ。

「いえいえ〜それがそうでもないんですよ〜」

「勝手に思考を読むな」

 ポコっと軽く空手チョップを葵の頭に落とす。本当に軽く落とした筈なのに彼女は「痛てっ」と頭を抑えて大仰なリアクションを見せた。

「うぅ~。私だって読みたくて読んでるわけじゃないんですよ?なんか勝手に頭に入ってくるから仕方なく・・・」

「あぁ分かった。もういい。で?何がそうでもないんだ?」

「いえ〜。それがですね。いくら教えても分かってもらえない子がいるんですよ〜。やっぱり私も家庭教師としてまだまだですね」

 しゅんと肩を落とす葵。いや、別に教師みたいにそれで飯食ってるわけじゃないんだから落ち込まなくてもいいと思うが。

「分かったぞ!香苗ちゃんか。元気があってスポーツの出来る子って漫画だと大概、勉強ができなかったりするんだよなぁ〜」

「違います。教師たる人が偏見で生徒を見ちゃダメですよ。彼女は寧ろ成績トップです」

「お、おう、そうだな。スマン・・・」

 確かに、これは教師としてしてはいけなかった事だと思う。以後気をつけよう。

 それにしてもそうかぁ〜。香苗ちゃんもエリートタイプの人間か。でも彼女じゃないとなるとどっちだ?

「波菜子ちゃん、はちょっと変わってはいるけど賢いよなぁ~」

「はい。彼女もまた小学3年とは思えないくらいの学力がありますね」

 という事はつまり・・・。

「まさかの抄織ちゃん!?」

 えっ!?あのクラス委員長みたいなしっかりした風貌の彼女が?まさかの?

「えぇ。抄織ちゃんだけはもうなんか・・・ね」

 葵の目がまるで死んだ人間のような目に。いや死んでたなコイツ。

「私からのお願いです。彼女がここに在学してるうちに何とか社会に出ても恥ずかしくないくらいの学力をつけてあげて下さい。それを見届けるまでは死ぬに死ねません!」

「えぇ・・・」

 お前の成仏できない理由それ?思ってたより普通だな。

 あと、あの子そんなに酷いの?社会に出ても恥ずかしくないて・・・。今日、喋ってた感じだと、もう既にそのレベルに達してると思うが。

 変な部活に加えてまた新たな試練が増えた俺なのでした。

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ゴーストタウンで教師始めました 桜人 @Directortoshi

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