第7話 夢

 酒場のテーブルに、一人の男が突っ伏していた。見覚えのない後姿だったが、ラークはそれが自分自身であることを理解していた。ついでにここは、馴染みの酒場だ。

(ああ、夢か)

 と、ラークにはすぐに分かった。昨日ワインを何杯も飲んだせいで、こんな夢を見ているのだろうか。せっかく見るなら料理とワインも再現して、あの味をもう一度体験できればいいのに。

 それにしても妙だな、とラークは思った。自分自身を遠くから見る夢なんて初めてだ。今いる映像は斜め上からのもので、まるで天井に張り付いた何者かの視界を通して見ているかのようだった。

 視界の中にあるは、先ほどからぴくりとも動かない。だいたい、これはどういう状況なのだろうか。酒場で酔いつぶれて寝ている客など珍しくもないが、ラーク自身がそんな醜態を晒したことは無い。もっとも、夢に論理を求めたところで無意味なのかもしれないが……。

(……?)

 妙に頭の中がすっきりとしていることに、今更ながら気づいた。普段なら、夢の中で論理的な思考なんてできない。

 これは、本当に夢なのだろうか?

 その問いを発した瞬間、ラークは。所々に修繕のあとがある、見慣れた安宿の天井が視界を埋めている。視線を横に向けると、武具や旅装束が雑に積まれているのが見えた。

 変な夢だったな。そう思いながら、ラークはベッドから降りた。窓から見える東の空は、端の方からゆっくりと白み始めている。そろそろ準備をする時間だ。

 今日からまた、ウィングキャット退治の仕事に行くことになっている。昨日運よく仕事の依頼が出ていたのだ。前回の遠出で二匹とも倒せればもっと良かったのだが、そこまで贅沢ぜいたくは言うまい。

 身だしなみを整え、そろそろ部屋を出るかと思ったその時、扉を開こうとする自分の姿が見えた。ラークは眉を寄せながらも、その虚像の後を追うように、扉を開けて外に出る。

 宿の廊下を歩きながら、ラークの頭の中に一つの疑問が浮かんだ。見えた虚像と違う行動を取ったら、いったいどうなるんだろうか。虚像が他人や魔物の場合はともかく、自分が見えた場合はことも可能なはずだ。もしそうなら、未来視は未来視でないことになる。

 まあ、その通りなのかもしれない。腕輪の見せる未来が、百パーセント正しいという保証は無い。どちらにしろ、自分たちの役に立つなら問題ないだろう。精々、外れるかもしれないことを意識しておくぐらいだ。

「よお」

 振り返ると、すぐ後ろにアシュレイが居た。彼は、高く上げた手の平をこちらに向けてきていた。ラークは微妙な表情をしながらも、ぱちんと音を立てて自分の手の平を合わせた。今日は殊更ことさら上機嫌のようだ。

「稼いでるみたいだな?」

 にやにやと笑いながら、アシュレイが言った。その言い回しに違和感を覚えて、ラークは眉を寄せた。

「まあ、少しはな」

「少しってこたあないだろ。昨日は街の女の子と二人で豪華なディナーを楽しんでたんだろ?」

「……」

 ラークは思わず黙り込んだ。なんとなくは合っているような気がしなくはないが、致命的に間違っている。

「そっちだって稼いでるんだろ」

「いんや。まだ新しい遺跡の攻略中だ。そんなすぐに成果は出んよ」

「まあ、そうか」

 宿を出たところで、不意にアシュレイが言った。

「そういや、あそこって登れるのか?」

 彼が指さしていたのは、北にそびえる城壁だった。唐突なその質問に、ラークは少し考えてから答えた。

「塔から登れるみたいだが、見張り以外は立ち入り禁止だ。登り口は鍵がかかって入れない」

「よく知ってるな」

「壁沿いを歩けば、一定の間隔で見張り塔があるだろ。そこの扉を見ただけだ」

「ほう。じゃあ壁を直接登るのはどうだ? 結構でこぼこしてるだろ、あの壁」

「……まあ、頑張れば登れるんじゃないか。見張りの兵士も、内側から登ろうとするやつのことなんて気にしてないだろう」

 ラークは困惑したように言った。質問の意図が分からない。

「あんなところに登ってどうするんだ?」

「いやな。あそこに登る夢を見たんだよ。まあそれだけだ」

「そうか」

 と、曖昧に返事した。兵士になりたいという願望でもあるんだろうか。

 南に向かったアシュレイと別れ、ラークは壁沿いを歩いていった。


 いつもと同じく、街の北門でミーファたちと合流し、エルフの森へ向かった。西のスラム街を抜ける方が少しだけ近いのだが、わざわざ厄介ごとに巻き込まれるような真似をする必要もない。

 門からは、西に向かう城壁沿いの道と、北に向かう立派な街道の二本の道が伸びている。門から出たほとんどの者が進むのは、街道の方だ。王都を経由して国の北端まで繋がっていて、大陸西部の中では利用する者が最も多い道だとも言われている。

 西へ進んだ先にあるのはエルフの森だけで、従って必然的に、道を通るのは冒険者ばかりとなる。それ以外だと、森のごく浅い地域で薬草採取をする者を稀に見かけるぐらいだ。

 森に入り、その冒険者たちも散り散りになっていく。ゴブリンに会うこともなく、ラークたちは真っ直ぐに西へと進んだ。

 何度目かの休憩のあと、ラークは木々の間から見える曇り空を見上げた。流れの速い雲の色は、白から黒へと徐々に変わってきているようだった。ラークは少し大きめの声で言った。

「雨が降ると厄介だな」

 だが、期待したような返事の声はない。

 ラークは後ろのミーファにちらりと目をやった。背負った荷物の肩紐を手で掴み、顔を伏せ気味にして黙々と歩いている。今日は、いつもより口数が少ない気がする。

「調子でも悪いのか?」

「え」

 声をかけると、少女はばっと顔を上げた。ぽかんと開かれた口は、やがて笑みの形に歪められた。

「いえ、大丈夫ですよ!」

「そうか」

 ラークはほっとして前を向く。今日の仕事のターゲットは、前の奴よりもっと東の方で発見されたらしい。そろそろ遭遇してもおかしくない。

「未来が見える魔道具なんて、すごいですよね! 売ったら金貨何枚ぐらいになるんでしょう?」

「そうだな……」

 唐突なミーファの質問を、ラークは少し真面目に考えてみた。こんな魔道具、大陸中探しても他に無いかもしれない。自分たちより遥かに実力のある冒険者でも欲しがるだろうし、値段は天井知らずだろう。

「最低でも金貨千枚ってところか」

「えっ、そんなにですか? 売りたくなっちゃいますね」

「外せればな」

 ラークは服の下の腕輪を触りながら言った。腕を切る覚悟があれば外せるのだろうが、金貨千枚という値段が見合っているかどうかは、意見が分かれるところだろう。

 それに、他の人がどうやって腕にめるのかという問題がある。仮に何とかしたとして、ちゃんと効果を発揮するのかも定かではない。

 不意に、ミーファが鋭い悲鳴を上げた。ラークが慌てて振り返ると、少女は目をぎゅっとつむり、体を縮こまらせていた。両手は顔をかばうように掲げられている。

 まるで、飛んできたから咄嗟とっさに身を守ったかのようだ。その考えが頭に浮かんだ瞬間、ラークははっと息を詰めた。

 手を伸ばし、ミーファを乱暴に突き飛ばす。後ろのサラを巻き込んで地面に倒れたが、そんなことには構っていられない。反動を利用して、自分も後ろに跳ぶ。

 その直後、灰色の影が三人のちょうど中間に降り立ち、そしてそして即座に跳び上がって姿を消した。まるで、地面にぶつかって跳ね返ったようだった。姿はほとんど見えなかったが、ウィングキャットだとラークは判断した

「離れろ!」

 ラークは叫んだ。先に立ち上がったサラが、焦りの表情でミーファを助け起こしている。

 頭上を見上げると、木の枝の上にうずくまる灰色の魔物と目が合った。剣を抜き、殺意を込めて睨み付ける。今二人の方へ行かせるわけにはいかない。

 幸いにも、魔物は様子を見ることを選んだようだった。隙を見せることを恐れたのか、ラークに視線を固定したままぴくりとも動かない。ミーファたちは、なんとか魔物の攻撃圏内から離れたようだ。

(よし、後は倒すだけだ)

 早くこっちに来てくれよ、と歯噛みしながら祈る。降りてこないと手が出せない。それとも、投げナイフでも試してみるか。

 ふと思いついて、魔物から視線を外した。ミーファたちの方へと行く素振りを見せた瞬間、視界の端で敵の姿が二重になった。

(よし!)

 はラークの進路を妨害するように降りてきた。さっきと全く同じように、地面に跳ね返って樹上に戻る。立ち止まって軌道をじっと見つめたあと、ラークはタイミングを計って剣を閃かせた。

 その時ふと、頭の中に疑問が浮かんだ。もしこの一撃が当たるとするなら、魔物はその場で倒れるか、少なくとも体勢を崩すぐらいはするはずだ。それなら何故、の魔物はそうならなかったのか?

 雑念が手元を狂わせたのか、ラークの剣は、高速で落下してきた魔物の額をかすめるだけに終わった。刃は毛皮の上を滑り、傷をつけることすらできない。

「くそっ!」

 腹立たしげに剣を跳ね上げたが、その時には既に魔物は元の場所に戻っていた。と思うと、再び跳び上がって視界から消えた。木の葉の陰に隠れるようにして、別の木に移ってしまったのだろう。

 ラークは落胆して腕を下ろした。今の攻防で、魔物はこちらを強敵と見なしただろう。警戒して、もう襲ってこないかもしれない。逃げるウィングキャットを追いかけて倒すだなんて、不可能に近い。

「大丈夫か?」

 剣を仕舞い、ミーファの方へと目を向けた。真っ青な顔で、地面に座り込んでいる。その隣では、サラが気づかわしげに見守っていた。

「だいじょぶ、です……」

 震える声で、ミーファは言った。

 さっきウィングキャットが降りてきた位置を考えて、ラークは苦い表情になった。恐らく、自分が切り裂かれるほどの距離で魔物の爪が振るわれるのを、彼女はしまったのだろう。そういうこともあり得ると事前に話し合ってはいたが、実際に遭遇した時の恐怖がどの程度かまでは、予測がつかなかった。

 ラークは深く息を吐くと、言った。

「落ち着いたら街に戻ろう」

「え、でも、お仕事は……」

「失敗だ。どうしようもない」

 不安げにこちらを見やるミーファに、苦々しげに言った。


 すぐに引き返したおかげで、暗くなる前には街に辿り着くことができた。ちょうどギルドに着いたころに、ぽつりぽつりと雨が降り出す。運が良かったな、と皮肉気に呟いた言葉は、誰の耳にも入らなかったようだった。

 仕事に失敗するなんて久しぶりのことで、ラークは暗澹あんたんたる思いでギルドに報告した。一日で帰れたのと、魔物退治は失敗しても違約金が無いのがまだ救いだ。これが期限付きの荷運びの仕事だったりすると、報酬の何倍もの金を取られたりする。

「ごめんなさい、私のせいで……」

 もう何度目か分からない謝罪の言葉を聞いて、ラークはため息をついた。

「ミーファのせいじゃないと言ってるだろ。俺が仕留めそこなったのが悪い」

 本心からそう思っているのだが、ミーファはまだ申し訳なさそうにしている。横を歩くサラが袖を引っ張って、何事か話しかけていた。

(まだ慣れてないんだ、仕方ない)

 ラークは腕輪に目をやりながら思った。そもそも、多分ウィングキャットは獲物として適切ではなかったのだ。あの非常に素早い攻撃を読めたところで、避けるのも反撃するのも容易ではない。ゴーレムのように、一撃は重いが、上手く避ければ隙が大きい魔物を狙っていくべきだろう。

(選択肢が少ないな、この街では)

 他の街に移るか。いずれ仲間たちと相談すべきかもしれない。

 落ち込んだ様子のミーファは早々に宿に戻り、ラークは一人で時間を潰すことになった。こういう時にすることと言えば、剣の鍛錬か酒を飲むかぐらいしか無い。仕事の後にまた体を動かす気にはなれなかったので、馴染みの酒場に行くことにする。

 店の中は、普段よりも空いているようだった。少し早い時間だからか、と壁掛け時計にちらりと目をやりながら思った。

 端のカウンター席に腰掛けると、エールといつものつまみを注文する。そろそろ頼まなくても勝手に出てきてもいいんじゃないかとも思ったが、いつもの店員は、いつも通り律儀にメニューを渡してきた。

 少々明かりの強い店内を見回すと、騒ぐ顔見知りの常連客や、泥酔した中年男性が目に入った。変わり映えのしない光景だ。ラークはそれに安心しているとも、うんざりしているともつかない曖昧な感情を抱いた。

 すぐに注文の品が運ばれてきて、早速エールを飲み始めた。

 店の奥から、歌と弦楽器の演奏が聞こえてきた。奏者は、ラークより年下に見える少年だ。旅の吟遊詩人だろうか。

 おどろおどろしい曲調に乗せて、ある冒険者の破滅が歌われていた。強力な魔道具を手に入れ、高い報酬目当てに実力に見合わない魔物と戦い、それが原因で両腕を失う男の話。

 実話なのか、それとも訓戒的な意味合いを込めた創作なのかは分からないが、酒のさかなとして適切な曲かは微妙なところだ。客の中には、眉を寄せて少年に視線を送っている者も居る。

 演奏を見るともなしに見ていると、とんとん、と指先で肩を叩かれた。ラークは振り返った。そこに立っていたのは、顔は見たことがあっても名前は知らない、女性冒険者の一人だった。

「ちょっといい?」

「どうぞ」

「ありがと」

 エールのジョッキを持ったその女性は、空いた隣の席に浅く腰掛けた。彼女の顔は、疲労と苦悩の薄いまくで覆われているかのようだった。

「ラークって、アシュレイと仲良かったよね?」

「……まあ、それなりには」

 いきなり名前を呼ばれて、ラークは少し動揺した。そんな彼の様子に構うことなく、相手の方は言葉を続ける。

「あいつが今どこに居るか知らない?」

「いや」

「そっかあ……」

 彼女はあからさまに落胆したようだった。ラークは少し考えてから言った。

「朝早くに宿を出るのを見たよ。今頃遺跡にでも行ってるんじゃないか?」

「ううん、今日は街に居るって言ってたんだよね。昼に会う約束してたんだけど、来なくて」

「宿は?」

「居なかった」

 沈痛な面持ちで首を振る。

 ラークは何も言わずにエールをあおった。冒険者が急に居なくなるなんて、決して珍しいことではない。それほど危険な仕事だ。

「何か分かったら教えてくれない? あたし、しばらく毎日ここに来るから」

 そう言って、彼女は肩を落として去っていった。

(腕輪の能力を過信したか?)

 それでをやらかしたのか。ちょうど、さっきの歌に出てきた冒険者のように。

 だがアシュレイは、今までずっと一人で遺跡にこもってきたのだ。新しい力を手に入れたからと言って、そう簡単に油断するとも思えなかった。

 それに、昼に約束があったのなら、街の外の危険な場所に行ったりはしないだろう。ゴブリン退治ならぎりぎり間に合うかもしれないが、アシュレイはそういう仕事をやりたがるタイプではない。

 考えても分かることじゃないか、とすぐに諦めた。もしかすると、永遠に分からないかもしれない。

「暗い顔してるねー、お兄さん」

 顔を上げると、テーブルのすぐそばに、先ほどの吟遊詩人が立っていた。手に持った弦楽器をじゃらんと鳴らす。

「気分が晴れる曲はどう? リクエストがあれば応えちゃうよ」

 口元に営業スマイルを浮かべながら、右手の親指と人差し指で丸を作った。ラークは肩をすくめて返す。

「いらない? ……おっと、ご指名みたい。またねえ」

 少年は、別のテーブルへといそいそと移動していった。冒険者らしき人物が、銀貨を持った手を振っている。

 エールをぐいっと飲み干し、ラークはお代わりを頼んだ。


 いつもより深酒をしたせいか、その日の夜は眠りが浅かった。仕事の夢や、今までに出会った人々の夢、故郷の村の夢まで、ありとあらゆる夢を見た。

 いくつかのとりとめもない夢のあと、また例の奇妙な夢を見た。馴染みの酒場で、が突っ伏して眠っている。昨日見た時と全く同じシーンだ。

 ふと思い立って、ラークは視線を移動させようと意識してみた。すると、何の障害もなく辺りを見回すことができた。店内には、それほど客が入っていない。

 夢の中にしては気持ち悪いほど、映像はくっきりとしている。客の顔まで見分けられたが、見覚えのある物は無い。これは自分が想像で作り上げたものなのだろうかと不思議に思った。

 ラークのは、店の入り口の辺りで止まった。扉の上にあるはずの、壁掛け時計が無い。自分の知る限り、あれが外されたことなどないはずだ。

 どういうことだ、と思ったときには、もう眼が覚めていた。ベッドから身を起こし、頭を振る。

 窓から差し込む日の光を見る限り、既に昼前になっているようだった。特に用事はないとは言え、ずいぶん遅くまで寝てしまった。

 次の仕事を探すため、ラークはギルドへと向かった。謎の夢のことは気になるが、考えても分かるようなことでは無いだろう。昨日も同じようなことを思ったな、とラークは嘆息した。

(ん?)

 ギルド前に見知った人物の顔を見つけ、ラークは首を捻った。棒立ちのミーファが、建物の中をちらちらと見ている。いったい何をしているのだろう。

「ミーファ」

「あ、ラークさん……」

 声をかけると、少女は少しほっとしたようだった。

「どうしたんだ」

「えと……」

 答える代わりに、ミーファはギルドの中を指さした。そちらに目を向けると、奥の方に人だかりができているのが分かる。この街にこんなに冒険者がいたのか、と驚いてしまうほどの数だ。ざわめき声が、ここまで聞こえてきている。

 ミーファは不安げに言った。

「何かあったんでしょうか」

「いや」

 ラークは首を振る。あの辺りには、仕事の依頼を貼り出す掲示板がある。人が集まっている理由に、ラークは心当たりがあった。

「美味しい仕事が出てるんだよ。見に行こう」

「は、はい」

 ミーファを連れて、早足で掲示板に向かう。

 案の定、スコットから聞いたコボルト退治の依頼が貼り出されていた。真っ先に報酬額を確認したラークは、目を見張った。隣のミーファも、口元に手をやって驚いていた。

 三日で一人金貨二十五枚。一日あたりに換算すると、この前のウィングキャット退治の三倍近い。スコットが『かなりいい』と言うだけあって、破格の報酬だ。その上この仕事には失敗が無い、つまり参加するだけで報酬が払われるようだ。

 参加を希望する冒険者パーティとは、事前に面接をすると書かれていた。実力のある冒険者だけを厳選して連れていくようだ。この報酬なら当然だろう。

(出発は……三日後の朝か)

 依頼の規模を考えると、ずいぶんと急だ。もうほとんどのメンバーは決まってるんだろうな、とラークは直感した。スコットのパーティのように、事前に声をかけているのだろう。

 仮に参加を希望したとして、自分たちが選ばれるかどうかははなはだ疑問だ。いくらザイルの街に冒険者が少ないとは言っても、ベテランだって居ないわけじゃない。こんな美味しい仕事、みな飛びつくだろう。腕輪の力を見せる機会があれば、可能性はあるかもしれないが……。

「やあ」

 スコットが、横から顔を覗き込んできた。ラークは少しだけ驚いたあと、後方を指さした。スコットはちらりとそちらを向いてから、こくこくと頷く。

 三人で、人の少ない壁際へ向かう。ラークは友人に小声で尋ねた。

「お前も来てたのか。内容は知ってるんじゃないのか?」

「一応、確認のためにね。まあ、聞いてた通りだったけど」

「なるほど」

 ラークは頷いたあと、最も気になっていたことを聞いた。

「面接って、何をするんだ?」

「うーん、うちは受けないと思うから、知らないなあ。リーダーが指名されているからね」

「そうか……」

 小さく唸る。スコットなら何か知っているかと思ったが、甘かったか。

「あ、そうだ」

 だが彼は、ふと思いついたように言った。

「もし受けるつもりなら、リーダーから推薦してもらおうか?」

「そんなことできるのか?」

「うん、できると思うよ。前の遺跡で先を越されたパーティだって言ったら、多分納得すると思うし。ゴーレムも結構倒してたでしょ?」

「まあな」

「どうする?」

 そう聞かれて、ラークは考え込んでしまった。確かに危険は大きい。多数の敵と戦うという状況で、腕輪がどう働くのかもよく分からない。

 だが、今度こそ大きく稼ぐチャンスなのだ。遺跡では未来視の腕輪という強力な魔道具を手に入れたものの、金銭的な稼ぎはゼロだった。金貨二十五枚あれば、腕輪に合わせた装備だって買い揃えられる。

「あの」

 ミーファがおずおずと手を挙げた。

「コボルトって、強いんですか?」

「ううん、そんなことないよ。ゴブリンと同じぐらいかな」

 スコットが、安心させるように微笑ほほえむ。コボルトに会ったことがないというミーファに、その特徴について説明した。

「ただ、東の山岳地帯はコボルトだらけらしいからね。数には気をつけないと危ないと思う」

「どれくらい危険なんでしょうか?」

「うーん、どうだろう。『王国』とまともに戦ったことがある人って、ほとんど居ないと思うんだよね。国軍が出るぐらいだから、十分勝てると見込んではいるんだと思うけど」

 スコットが頬をきながら言った。彼らの会話を腕を組みながら聞いていたラークは、唐突に尋ねた。

「ミーファはやりたくないのか?」

「そういうわけでは……」

 と言って、少女は俯いてしまった。スコットが、助け舟を出すように言う。

「すぐに決めなくても大丈夫だよ。どうしよう、明日また聞こうか?」

「そうしてくれると助かる」

「分かった。じゃあ、またね」

 明日またギルドで会うことを決めると、彼は小さく手を振ってその場を離れていった。二人で話し合えるよう、気を使ってくれたのかもしれない。

「ミーファ」

 少女の方へと向き直って、ラークは言った。まだ俯いたままのミーファは、わずかに体を固くしたようだった。

「確かに危険は大きいかもしれないが、稼ぎはそれ以上だ」

「……はい」

「それに、前回の遺跡と違って今度は報酬が確定してる。仕事の内容も、いつもの魔物退治だ。そうだろ?」

 少女はしばらくの間黙っていたが、やがて、こくりと小さく頷いた。

「分かりました。ラークさんがそう言うなら」

「ありがとう」

 ラークはほっとして口元を緩めた。

「じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日買い物に行こう。今度は鉱山だ、遺跡とはまた別の装備が必要になるかもしれない」

「はい」

 再び頷くミーファを連れて、ギルドを出た。明日の朝に店の前で待ち合わせをして、別れを告げた。少女は、最後まで俯いたままだった。

(もう少し慣れておくか)

 服に隠した腕輪を掴みながら、ラークは思った。今から準備をしてゴブリン退治に向かっても、夜までにはなんとか帰ってこれるだろう。

 ラークは意気揚々と、宿への道を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る